今日のグルーヴ〈332〉

子供達の虐めの問題が一向に無くならなくて、毎日のように報道されているが、虐めの問題は大人にもある。大人が大人を虐めているのである。子供の虐めの原因は、大人の虐めなのではないか、と思えてならない。


子供達は、見ていないようで大人を見ている。反面教師であればまだしも、大人は悪い意味で見本になっているのである。


今思えば、私は子供の頃からずっと、常に、大小いろいろ、虐められてきたというふうに考えることもできる。たいていはパワハラである。それに対してどうしたかというと、じっと我慢していたのだが、かたや助けてくれる友人がいたことで救われたこともある。反撃したこともある。


人間というのは、権力を悪用すれば、どこまでも悪くなる。また、人の勢いに乗じて、これ幸いとばかり、一緒になって攻撃したりするひともいるが、そのような人間は言うまでもなく、一人では何も出来ないから人の勢いに乗じるのである。


政治の世界では、ひとたび弱みを見せたら、かさに掛かって責められるが、これなども、一歩間違えば虐めである。大人の虐めは、知恵が付いた分、巧妙である。それでもって、過去に何人ものひとが、政治生命を失っている。


よく虐められる側にも原因がある、と言われるが、百歩譲って、たとえ何らかの理由付けがあったとしても、それがいじめを正当化する理由にはならないだろう。


子供達の虐めの問題を本当に解決したいと思うのであれば、まず、大人が大人の世界の虐めをなくすことを考えなければならない。正当に言論で攻撃するのと虐めとは全く違うものである。大人が大人を虐めるのを無くせば、子供の虐めは無くなることに繋がるということだ。子供は大人の鏡であると言われるのは、この点で正鵠を射ている。


では、もし虐められているという実感があるのであれば、どうするべきか。

私は、逃げるか、かわすか、反撃するかをケースバイケースによって判断するだろう。





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