昨日から市立劇場で始まった予選第1ラウンドのセッション、「実質1週間ちょっとで3つのコンクールを一気に行なう」世界一過酷な大阪大会を抜け出した身には、随分とノンビリしているように感じられる。
 
開催地も古代ローマ城壁都市の旧市街隅の劇場。出演者からスタッフ、審査員まで、全員が徒歩でやってきて、移動には公共交通機関どころか、専用車もタクシーも不必要。広場のレストランに行けば参加者が大きなピザを頬張っているし、ホテルの前では審査員の先生が小さなエスプレッソカップを前に日傘の下で坐っている。
 
前回までは、グィド・ボルチアーニ大会運営委員長の所有だった「イタリア・クァルテット生誕の地」のプレートが掲げられる家も参加団体宿舎になっており、下を通れば練習するクァルテットの音が漏れ聞こえたものだ。体制が変わった今回からはどうなっていることやら。
 
大阪での最大の問題は、会場となるいずみホールでの練習時間が一切取れなかったことだった。無論、プロの室内楽団として世界をツアーしようというのなら、現地に午後5時に到着し本番まで会場練習もできない、などという状況は珍しくない。それを何とかするのがプロなのだ、と言えばそれまで。
 
とはいえ、長年研鑽を積んできた音楽を審査員の前で披露する会場なのだ、自分らで納得できる響きを作りたい。その意味では、レッジョは有り難い。市立劇場には部屋が沢山あるから、参加10団体はそれぞれが会場に部屋を持て、練習もできる。
 
なにより、1次予選でもセッションが始まるのが昼前なので、本番の日の午前中や、日暮れ前には終わる予選セッション終了後に、本番の舞台での練習時間が与えられるのだ。そんな自由に市立劇場が使えるのは、中小都市で開催される大会の最大の利点だろう。
 
「国際大会は適度な規模の地方都市でやるべし」という経験則には意味があるのだ。
 
さて、第1ラウンドが終わった。さっさと結果を発表してしまおう。結論から言えば、1次予選参加10団体全てが2次予選でも演奏できることになった。全団体1次突破である。
 
隠しても仕方ないことだろうから記してしまうと、そももそ今回のコンクール、主催者側とすれば1次予選に12団体が顔を揃える想定で日程配分をしていた。ところが、棄権団体があり(2月にザルツブルクで始まった新しい国際モーツァルト室内楽コンクールで優勝した時点で、ノーヴスQがもうコンクールは上がりと決断、レッジョの大会への参加を棄権している)、日曜日の抽選会に参加したのは10団体となった。
 
池田審査委員長に拠れば、当初は2次予選は最大10団体で行う予定だったとのこと。ならば、余程の問題が無い限り、北イタリアまで遙々来て貰った若者達には一度でも多く演奏するチャンスを与えたい。かくて、「全団体2次予選進出」という結果になった次第。
 
それにしても、これだけのことを決めるのに30分以上かかるなど、気の短い日本国民とすれば今ひとつ理解しがたいところだけれど…それがイタリア、なのかしら。
 
 
というわけで、水曜日も午前11時から、1次予選と同じ演奏順で2日間の2次予選が行なわれる。演目と時間は右(モバイル版は下)に記す。以下、現場で接した参加10団体の紹介をしておこう。既にストリーミングをお聴きになった方は音楽のキャラクターや実力はある程度お判りだろうから、経歴を軽く触れる程度に。
 
筆者個人の印象では、今回のレッジョ大会の参加団体には「ヨーロッパの中堅所」が顔を揃えた感が強い。背景は様々なれど、既に何度か国際コンクールの舞台を踏み、この大会で良い結果を出して、可能ならばキャリアの次のステージに行きたいと考えている若者達ばかりだ。
 
筆者とすれば10団体中7団体を他の大会やオーディションで聴いたことがあり、初めて出会う3団体も本当に若いグループではなく、結成5年以上は経過しヨーロッパで室内楽教育の王道を経験してきた連中ばかりである。この大会は参加年齢制限が4人の合計年齢になっているため、参加者の平均年齢もかなり高い。かくてバックステージには極めて大人の空気が漂っている。コンクールらしい華やかな熱狂というより、静かに真剣に淡々と就職オーディションが進んでいる、という感じかしら。
 
 
初日の最初に登場したノガ・クァルテット(以後クァルテットはQで略します)は、前回の大阪に来た団体なのでご記憶の方もいらっしゃろう。メンバーのパスポート国籍がズラリと表記されるここレッジョの団体紹介では「フランス―イスラエル」ということになるが、プロフィル写真は明らかにベルリン・フィルハーモニー室内楽ホールの客席で撮影されたもの。ベルリンで結成され、アルテミスQに学び、今やヨーロッパで一大勢力を成すピヒラー系団体である。
 
流石にラズモフスキーはしっかり勉強した音楽で、大きな破綻はない。バルトーク第4番でも、例えば第4楽章などもっとピチカートの質を多彩にして面白くやろうと思えばできるのだろうが、大真面目に徹し妙なことはしない。チェロなど相当に個性的な奏者に思えるも、まずはしっかり制服を着こなせるところを見せる、ということだろうか。
 
ピアッティQも随分とコンクールの舞台で出会って来た団体だ。ラズモフスキーでは充分に出来上がった響きを聴かせてくれ、既にキャリアを積んでいる団体としての安定感は充分。恐らくは彼らの勝負曲なのだろう、ブリテン第2番でも弾き慣れた音楽が奏でられる。響きの和声感が古典とはまるで異なる楽譜で、それなりの説得力を以て聴かせたのは立派。弦楽器の音程テストみたいな猛烈に「上手」な演奏もコンクールではときおり聴く曲だが、そういう方向に行かなかったのはひとつの見識か。
 
どういう訳か知らないが、コンクールで出会うより随分と前、筆者の東京のオフィスにほど近いティアラこうとう小ホールで、筆者はヴァレーズQを聴いている。友人の招きで半分学生として来日し、ついでだからその辺で演奏もしてみた、という感じの公演だったようだ。それ以来、何度かコンクールでも出会い、去る1月のシテ・ド・ラ・ムジークのオーディションでも聴いている。
 
なにせ圧倒的なエベーヌQが大成功、その後もモディリアーニQなどアグレッシブ系イケメン人気団体まで出てきているフランスは若手クァルテット激戦地。どうやって自分らの個性を出して行くか、いろいろ模索している様子は手に取るように分かる。近くに住んでいれば、うちのオフィスに来て酒飲んでいろいろ話そうぜ、と言ってやりたいような気がする連中だ。今回はベートーヴェンで確実に成長を感じさせてくれた。シューマンは、彼らの関心を音にするのはまだまだ難しいかな、というのが正直なところ。
 
さて、いよいよクァルテット・ベルリン=東京だ。武生音楽祭をきっかけに結成されたというのだから、名称はどうあれ、今大会の日本代表である。第1ヴァイオリンを務める守屋剛志の名は、関西在住「アッコルド」読者ならご存じの方も多い筈。留学先のベルリンで結成され、ホームベースはベルリン。
 
メンバーの3名がとても弾ける日本の若者であることは当然として、筆者にとって興味深いのは、レッジョで名を挙げた出クスQのオリバー・ウィレが教師として手掛けた最初の団体のひとつである事実だ。審査員席に座るアルテミスQ創設メンバーのミューラーや、その師匠ピヒラーの系列とはまた違う、旧東独系のフェルツ仕込みのクァルテット演奏スタイルの流派ができるのか、大いに関心がある。
 
ともかく個々人は弾ける人達ばかりなので、昨日のラズモフスキーでも所謂「上手さ」のレベルでは、それまでの室内楽経験の長い団体とはちょっと質が違う。室内楽であろうがスターであることは大事で、ある種の突き抜け感がないと巨大なホールで大喝采を浴びるのは不可能。その意味で、スターたる基本的力量は備えた団体である。それでもブラームスでは響きの作りにまだまだ手数不足と感じさせてしまうのだから、室内楽とは奥の深いものである。
 
初日の最後に登場したカヴァレッリQについては、当稿読者諸氏にいまさらどうこう言う必要などあるまい。大阪の勢いを引っ張るヤナーチェックは、無料で誰でも入れる劇場平土間後ろ半分を埋めた地元聴衆にも大受けだった。
 
筆者とすれば、音響の贅を尽くしたいずみホールと、響きなど何も考えずに作られながら、それなりに格好が付いている北イタリアのローカル劇場の音響の在り方の違いにばかり関心が行ってしまい、気が付くと演奏そのものは「いつもと同じに上手くいって良かったね」としか言えない程度の集中力になってしまったのは情けない限り。それにしても、この曲の冒頭、ヴィオラのポンティチェロの奇っ怪な音色を手に取るように伝えてくれたいずみホールって、ホントに良いホールだったのだなぁ。
 
 
セッション2日目、劇場前広場には本日は衣料品マーケットが開いている。旧市街中心部の長期滞在宿から劇場まで向かうのが大変だ。11時半のセッション開始ギリギリにやってきた池田審査委員長夫妻は、何も知らなければ北イタリアの隠れた美食都市を訪れた若隠居のツーリストみたい。
 
「今回はアメリから楽器を持たずにアムステルダムに入り、そこでヴィオラを受け取って、持ってきてます。楽器を持った出入国がないと凄く楽ですね(笑)。このあとヴィオラを弾かなきゃならないんで、ここでも毎日練習してます。」(池田)
 
なお、ストリーミングでお聴きの皆様はセッション開始が5分ほど遅れたのにお気づきだろう。そう、ひとり審査員が遅刻しました。ご想像通り、マルタ・アルゲリッチ審査員であります。午後の開始は更に押して、10分遅刻。なかなか豪快に振る舞っていらっしゃる。この先、どんなことが起きるやら。
 
さて、2日目最初に登場したのは、イタリア代表のインダコQ。クァルテット・イタリアーノ以降、本当の意味で世界を制したイタリア出身の団体がいない事実は、事務局や地元の愛好家はよく判っている。このコンクールのステージに何度か登場し、今はヴィオラ奏者のシモーネ・グラマグリアが審査員席に座るクレモナQにしたところで、先輩のような輝かしい国際的キャリアを築けたわけではない。
 
といっても、インダコQにもの凄い数の応援団が来ているとか、プレッシャーがかかっているという様子はない。ベートーヴェンは、案外と癖がないきちんとした演奏。経歴を見ると、アルテミスQやハット・バイエルレ、ヨハネス・マイスル、今回の審査員に坐るアルテミスQ創設メンバーのハイメ・ミューラー、はたまたライナー・シュミットからオリバー・ヴィレまで、ヨーロッパの若手有力団体が学ぶべきあらゆる先生に学んでいるらしく、際立ってイタリア・ローカルな才能である筈もないわけだ。
 
無論、大先輩のような歌に徹した一点突破というわけでもない。後半のラヴェル、何よりもうるさくならないという美点は認めつつ、イタリアの個性をなんとか出して欲しいと思ってしまうのは異邦人の勝手な期待なのだろうか。
 
大阪では周囲の余りのレベルの高さに1次で敗退となってしまったヤナQ、本日は本領発揮である。ベートーヴェンは安定したテンポでしっかりした音楽を提示、大阪ではちょっと堅過ぎるかなとも感じた響きは、この劇場ではこれくらいでないと伝えるべきことも伝わらない、適正な在り方に感じる。
 
細部を作り過ぎないヤナーチェクでも、サウンドそのものはこれくらいの強烈さが必要と納得させてくれる。流石、原田禎夫の教えは奥が深い。天津の双子を支えるニッポン女史の底力が形になってくるのが見えて、結果がどうあれヤナQとすれば納得のいく演奏だったのではあるまいか。
 
チェコ・イギリス・スペインの多国籍女性集団で、イギリスを拠点に活動するジュビリーQも、筆者には過去に聴いた記憶がない(もしかしたらどこかで聴いているかもしれないが、正直言えば筆者はどうにもイギリス系団体は苦手で、記憶が定かではないのかも)。
 
ベートーヴェンもモーツァルトのニ短調も、もの凄く詰めて作っていくよりも、自然な盛り上がりを大事にしていくような音楽。古楽系の影響は殆ど感じられず、モーツァルト第3楽章トリオのヴァイオリン独奏など、どうにも筆者には理解できないテイストで、これが好きな人もイギリスにはいるんでしょうね、と頭で納得するしかない。悪しからず。
 
さて、いよいよケレマンQである。日本にも東フィルや紀尾井シンフォニエッタのソリストとして登場しているバーナマス・ケレマン、なにしろバルトークのヴァイオリン作品集が昨年度の雑誌『グラモフォン』大賞器楽曲部門を獲得している押しも押されぬヨーロッパで今が旬のスターなのだ。とても気さくな人柄で、音楽も娯楽ギリギリの楽しさ。その彼が、どうしてもクァルテットをやりたくて夫人やリスト音楽院の弟子らと結成した団体なのである。ある意味、ちょっとずるいじゃないか、と言いたくなるような連中だ。
 
ラズモフスキー第1番とモーツァルト《不協和音》で、室内楽の枠に収まりつつ圧倒的に多彩にして微妙な音色を使い分け、全く飽きさせない。ちなみにヴァイオリンは対面配置、ベートーヴェンとモーツァルトでチェロの配置を換える。音楽は純粋の古楽志向ではないものの、ヴィブラートの使い方などでもヨーロッパの最新流行をきちんと取り入れているのだから、もう何をか言わんや。
 
今日はもうこれで充分と大喝采の聴衆を吃驚させたのは、最後に登場したミューシャQだった(日本では、同じ綴りのユーゲントシュティール人気画家の名前を「ミューシャ」と呼ぶのでそう記すが、ライブストリーミングの案内でも「ムカQ」と発音しているのではなかろうか)。ブラティスラバを拠点にもう10年以上も活動しており、今回参加した中では最も練れた、自分らの響きを持った団体である。筆者は始めて聴いたが、いやぁ、国際コンクールというのはこういう超一流のローカル団体がいきなり出て来るから面白い。
 
特に後半に演奏されたハイドン《五度》は、ハンガリー風とはちょっと違った、でも明らかにハイドンとしか言えないテンポ感とリズム感。響きは濁らず、輪郭線ははっきりし、音楽は軽快に流れていく。聴衆、大喝采で1次予選は幕を閉じる。
 
先週の大阪から本日まで、2014年初夏の旬な18団体を纏めて聴くと、このジャンル、どうも地殻変動が起きる兆しがあるかな、とも思えてくる。まだまだ予感で、来年のロンドン大会くらいまで見てみないとはっきりとは言えないが、何かが変わりつつ予感はある。
 
とにもかくにもレッジョの大会は真っ最中、2次審査へと続く。

1次予選結果と参加団体

第10回

パオロ・ボルチアーニ国際弦楽四重奏コンクール

レッジョ・エミリア便り 〈2〉

音楽ジャーナリスト 渡辺 和

火曜日は劇場前広場で衣料品市が立つようだ。劇場に辿り着くまで一苦労。

参加クァルテットは劇場の部屋で練習できる。複数の団体が錯綜するも、みんな大人で妙な緊張感はない。

池田審査委員長が審査員のタカーチュQヴィオラ奏者ジェラルディン・ヴェルサーとなにやら話をしながら広場を抜けて劇場に到着。

常に我が道を行く審査員がお一人、劇場は暗くなり、袖にクァルテットが控えているのに、まだ到着なさいません。

ヤナQもなんだか風格が出てきた。ボルチアーニの巨大ポスター前に整列。

さあいっちょいくか、とケレマンQ。ともかく飽きない音楽をする人達だ。

今大会最大の伏兵、ブラティスラヴァのミューシャQ。欺されたと思ってライブストリームをお聴きあれ。

結果発表はあっさりと表に張り出されるだけ。参加団体はてんでに数を数え、「あれ、みんな通ってる!」

以下の写真は、クリック(タップ)すると、

拡大され、キャプションも出ます。

以下は現地時間、日本時間は7時間+
 
5月28日
 
◆ノガQ
11:00~
ラヴェル
ヴェーベルン作品5&9
 
◆ピアッティQ
12:00~
シューマン第3番
バルトーク第5番
 
◆ヴァレーズQ
15:15~
ラヴェル
バルトーク第3番
 
◆クァルテット・ベルリン=東京
16:15~
シューベルト《死と乙女》
バルトーク第5番
 
◆カヴァレッリQ
17:45~
ブラームス第2番
バルトーク第3番
 
 
5月29日
 
◆インダコQ
11:00~
ブラームス第2番
ヴェーベルン作品5&9
 
◆ヤナQ
12:15~
シューマン第3番
バルトーク第3番
 
◆ジュビリーQ
15:15~
シューベルト《死と乙女》
バルトーク第3番
 
◆ケレマンQ
16:30~
シューマン第1番
バルトーク第4番
 
◆ミューシャQ
17:45~
ラヴェル
ショスタコーヴィチ第8番
 
ライヴストリーミング
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