レッジョ・エミリア中央駅のカフェに坐っている。昼前の在来線特急で、ミラノ中央駅へと向かうところだ。
 
熱戦が幕を閉じ、北イタリアの短い初夏の夜が数時間で朝へと変わった月曜日、イタリアは共和国記念日で祭日だそうな。宿の裏の旧市街中央広場では、F-1グランプリの表彰台くらいでしか耳にすることのないイタリア国歌を、ぽんこつブラスバンドが朝っぱらからドンガラドンガラ吹き鳴らしている。
 
この赤煉瓦の駅は、69年前と同じなのかしら。数年前に郊外にモダンな新幹線駅と新路線がやっと完成し、こっちの駅にはすっかりローカル線の臭いが漂うようになったにせよ、鉄路そのものはパオロ・ボルチアーニたちが楽器を抱えて旅立ったときと変わってはいまい。それから35年、この街出身の楽人らは、世界で弦楽四重奏を奏で続けた。そんな歴史を顕彰するコンクールが始まり、この街に再び若い弦楽四重奏弾きを集めるようになってからも、もう30年の時間が経っている。
 
そして今日も、この駅からクァルテットたちが旅立つ。ミラノ行き特急が到着するホームには、この前まで舞台の上で姿を眺めた若者達が、楽器を背負い、大きなバッグを引っ張り、到着を待っている。反対側のホームには、ヤナQのヴィオラ嬢がいる。ドイツや中国に向かう仲間と別れ、ボローニャ経由で東京に戻るそうな。次に会うのは夏の終わり。それまでクァルテットの練習はできない。
 
祭りと闘いの日々は終わり、ことによると「学生」として様々な失敗が許された日々も終わる。これからが、本当の闘い。
 
 
大阪から東京を経てここレッジョ・エミリアへと、若き弦楽四重奏弾きたちに付き合う日々は、当面のところ、終わった。この狂気の3週間の纏めをし、「大阪だより」及び「レッジョ・エミリアだより」を終わりにすべきなのだろうけれど、正直なところ、今この瞬間の筆者には、こみ上げる感慨もなにもない。あああやっと終わった…疲労感が一気に押し寄せるだけ。
 
「電網庵からの眺望」と合わせ当「アッコルド」をお読みの読者諸氏とすれば、今回の3週間で弦楽四重奏18団体、ピアノ三重奏及び四重奏12団体を並べたコンクールの日々の結果だけを眺めると、なんのことはない、予定調和のような出来過ぎの結論ではないかと思われるかもしれない。
 
大阪ではアルカディアQとトリオ・ラファール、レッジョではケレマンQが優勝、という短信ヘッドラインだけを眺めれば、室内楽業界関係者なら「そんな結果なら、やる前から見えてたぞ」と言いたくなるであろう。
 
だけれど、連日送り付ける筆者の駄文と共にコンクールのライブ・ストリーミングに耳を傾けて下さった方ならば、ここに至る道がちっとも予定調和ではなかったことはご理解いただけよう。
 
アルカディアQだってヒヤッとさせられる瞬間もあったし、トリオ・ラファールには「繊細過ぎるピアニスト」アタナソフが立ちはだかった。盤石で死角無しと思われたケレマンQだって、3次予選のベートーヴェンでは客席の聴衆を味方に付けた伏兵ムハQの追い上げにあい、一瞬不安が過ぎった(マネージャー嬢のハラハラっぷりったら、こっちまで胃が痛くなりそうだった)。
 
大阪で弾みを付け、レッジョでは当然ファイナリスト、あわよくばその先を狙ったカヴァレッリQも、まさか得意の現代作品で、その道のスペシャリストを目指すヴァレーズQに不覚を取ることになる。
 
これがコンクールというものだ。そんな過程を耳にすることで、読者諸氏はこの先、演奏家のチラシ裏に大きく書かれた「〇〇コンクール優勝!」という文字の意味を、皆様なりに感じることができよう。そんな風に思えるために、筆者の驢馬の耳っぷりと不覚を世間に晒し続けたこのレポートが少しでも役立ったなら、少しは嬉しい。
 
2014年初夏の2大会の結果にスポーツ新聞風のセンセーショナルな見出しを付けるなら、「旧オーストリア・ハンガリー帝国勢力の逆襲!!」とか「ローカル勢力大躍進!」、はたまた「アルバン・ベルク&アルテミス支配に終焉の兆し?」とか、面白可笑しく煽ることも可能だろう。ま、それはそれ。恐らくはそうでもあり、でもきっと、そうではないのだ。あと20年も経って、この2014年の初夏を振り返ったときに、初めて判ることである。
 
 
ミラノ行きローカル線特急が、ローディ駅を通過した。モーツァルト好きなら、思わず身を乗り出さずにはいられない場所だろう。初めてのイタリアの旅で、アルプスを越えロンバルディア平原に至ったアマデウスと父親は、ミラノでの就職アポを取るためにこの地で足止めされた。そしてここで、神童は「暇潰し」に最初の弦楽四重奏曲を書いた。やがて《ハイドン・セット》へと至る道へと、最初に踏み出した場所だ。ミラノまで、もう少し。
 
カヴァレッリQやピアッティQは、来年イースターのウィグモアホールの闘いに、地元の意地で勝ちに来るのだろうか。「もうコンクールはいいよ」という言葉を、この瞬間の若い弦楽四重奏弾きは、みんな口に出すだろう。仰る通り、今はそうだろうに。
 
でも、あと数ヶ月後、あと半年後、君たちがどう感じているか、君たちにも判らないでしょ。
 
ロンドン、そして遥か南半球はメルボルンへと、道は続く。次回「ロンドンだより」まで11ヶ月、暫しのお待ちを。ご愛読ありがとう御座いました。
 

エピローグ~大阪、レッジョ、そして…

第10回

パオロ・ボルチアーニ国際弦楽四重奏コンクール

レッジョ・エミリア便り 〈8〉

音楽ジャーナリスト 渡辺 和

旧市街の旧ボルチアーニ家に穿たれたプレート。曰く、「1945年8月、この家に若き4人の音楽家が集まりクァルテット・イタリアーノを結成、世界中にその声を届けるに至る。」

レッジョ・エミリア中央駅は旧市街城壁の東の外れ。駅前に昨日までの闘いを伝えるポスターがまだ貼られている。次は3年後。

ミラノ中央駅に向かう在来線特急を待つピアッティQの面々。彼らはこの街での数日に何を思うのか。それとももう、次の演奏会の準備を考えているのか。

ヤナQのヴィオラ嬢は、仲間と別れ日本に戻る。小澤アカデミーを終えつつある日中混成旅団にとって、いかに弦楽四重奏を続けるかが最大の課題となる。「手応えを感じました」と劇場前で語ったチェロ嬢の決意は、どうやって実を結ぶのか。

トレニタリア・ローカル線特急がローディの街をアレグロで駆け抜ける。モーツァルトの最初の弦楽四重奏曲を脳内で鳴らしながら、クァルテットの旅は続く。

以下の写真は、クリック(タップ)すると、

拡大され、キャプションも出ます。

INDEX

© 2014 by アッコルド出版