エンリコ・オノフリの

バロックの正体

世界の古楽界を牽引してきた
イタリアのバロック・ヴァイオリニスト、
また昨今では指揮者としても活躍する
エンリコ・オノフリさんに、
バロック・ヴァイオリンの詳細な奏法、
そして彼の音楽哲学等を語っていただいく。
 
バロック奏法に関して、
従来の考え方やイメージとは、
大きく異なる部分があって、
改めて考えさせられる話を展開。
(取材協力:杉田せつ子さん)

第1回

ヴァイオリン音楽は

声楽からの独立

伴奏からの独立
 
ヴァイオリンは、当初は一般的に
モテットやマドリガルの
メロディラインのヴァリエーションを主として、
歌のパートと一緒に演奏されていました。
 
また16世紀初頭からは
ダンスなどの伴奏《バンド》楽器として認識され、
17世紀初頭には
名手たちが器楽用に書いた楽譜のおかげで
声楽曲から独立し始めました。
 
しかしながら、
器楽のための演奏言語が
構築されようとしていたのにもかかわらず、
バロック時代全般において、
それらの作品は人間の声や声楽曲と
密接に関わりを持ち続けていました。
その証拠に、
バロック・ソナタには声楽曲と非常によく似た曲が
たくさんあります。
 
さらに
『声』は弦楽器(特にヴァイオリン)にとって、
19世紀に至っても『お手本』であり続けました。
実際にバロック初期からロマン派に至るまでの
全ての専門書において、
人間の声はヴァイオリン演奏の
完璧なお手本であるとされています。
 
以上のことから、
20世紀以前の声とヴァイオリンの関係、
特にメロディという面に関しては
歴史的演奏を的確に行なう上で
考慮すべき点の一つだと思います。
 
音楽は深いところへ到達する手段
 
コンサートで演奏するときの最初のステップとして、
まず私は聴衆の心や気持ちに
可能な限り近づこうとしています。
…私は、人のこころ(ソウル)の病に対する
『くすり』のような役割を担うことが
音楽の主たる目的であると考えます。
それは、バロック音楽の中核となった哲学の原則
『teoria degli affetti』(『感覚』の理論)
に従ったものです。
 
さらに、
音楽は私の非常に深いところにあるものに
到達するための手段でもあります。
 
それは何でしょう?
実際のところわかりません。
精神、知識…いろいろに呼ばれていますが、
それを正確に表わす言葉はないのです。
 
音楽は、実は以下のような
非常に複雑な工程を必要としています。
 
●演奏する曲についての非常に豊富な知識。
●心を透明にすること。
●身体と息とを正確に使うこと、
これは心の使い方に密接に関係しています。
 
最後に、演奏が始まったら、以上のことすべてを忘れる必要があります。音楽のスピリットのみで満たされるよう自分を『無』にするのです。
 
楽器の持ち方の重要な問題
歴史的観点からみた
顎あてと肩あての使用
 
『顎あて』についてですが、
ご存知の通り、
指板の上で左手の指がより素早く動きやすくするように
19世紀初めに考案されたものなので、
それ以前の時代には使われていませんでした。
 
また、『チン・オフ』奏法
(ヴァイオリンを顎で挟まない奏法で、左手の親指でネックを支える奏法)
に関しては、
現代でも多くのバロック・ヴァイオリン奏者たちが
これをバロック・ヴァイオリンの
主たる奏法だと考えていますが、
実際には、
ほとんどの歴史的な理論書がヴァイオリンの右側、
もしくは左側の上に顎を置くよう示しています。
 
レオポルト・モーツァルトの
『ヴァイオリン教本』という理論書のみが
『チン・オフ』奏法を
“可能”な演奏法として示していますが、
この奏法は非常に難しく危険であるため、
あくまでもう一つの『顎で挟む奏法』を
第一に推奨しています。
 
また、有名なジェミニアーニの
『ヴァイオリン奏法の芸術』は、
この点において矛盾しており不明瞭です。
つまり、昔のヴァイオリニストたちにとっては
『ヴァイオリンをどのように構えるか』は
重要な点ではなく、
『どのように表現をするか』
ということを最も重要視していたのでしょう。
 
さらに、1677年に
ボヘミアの音楽家プリンナー
(当時の高名なヴァイオリニストであったビーバーやシュメルツァーの友人)
の書いた『Musikalischer Schlissl』という理論書には
このように書かれています。
 
ヴァイオリンは顎でしっかりと固定しなさい。
左手のみで支えると
速いパッセージを演奏しにくくなるし
音程も悪くなります。
 
私はヴィルトゥオーゾと評判の、
ヴァイオリンを
胸(肩)に乗せるだけで演奏する者たちを知っていますが、
彼らは自分たちが優美でデコラティブに見えると
考えています。
なぜなら、
天使が演奏している過去の絵画の真似
をしているのですから。
…絵画的には美しく見えます。
 
しかし彼らは気づくべきでした。
画家は絵筆を使うのはうまいけれど
ヴァイオリンの弓を使うのはどうだったかということに』。
 
もちろん、顎あてがなかったとしても
バロック・ヴァイオリンを支える方法はいろいろあります。私が初期バロックのレパートリーを弾くときは、
例えば、16世紀イタリアのヴァイオリニストが
どうやってヴァイオリンを支えていたかについての
ジャン・デ・フェレ(Jamb de Ferre)の理論書
にある提案に従って、
スカーフを使って
ヴァイオリンを首に固定します。
 
しかし、私は好んで
ヴァイオリンの支え方を頻繁に変えています。
すべての方法が
演奏する曲の音楽的意図と技術的必要性において
意味を持つのです。
時には、非常に稀にですが、
小さな顎あてが
その曲が世に出る助けとなることさえあります。
 
つまるところ、あらゆる音楽家の目標は音楽そのものです。すべてはよい解釈に行き着くための単なる手段
でしかありません。
手段にのみ焦点を当てると音楽を見失います。」
(続く)

Enrico Onofri    エンリコ・オノフリ

イタリアの ヴァイオリニスト、指揮者。

オノフリは画家の父、アンティークに造詣が深い母を持ち、リコーダー、合唱などに幼い頃から接する。14歳でヴァイオリンを始めて直ぐにバロック・ヴァイオリンと出会い、その後ミラノの音楽院にて学ぶ。

 

在学中より、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス等に参加し、古楽に関する知識を深めた。その後、彼の類い稀なる音楽性と、高度な技術力がたちまちの内に話題になり、22歳の時にJ.サヴァールにコンサート・マスターとして招聘される。

 

1987年(当時20歳)より、イル・ジャルディーノ・アルモニコ(以下IGA)のコンサートマスターを務めており、その後のバロック音楽シーンに多大な影響を与えた名盤として名高いIGAとの「ヴィヴァルディの四季」の録音は、彼が26歳の時に録音されている。

 

2005年よりポルトガルの古楽団体「ディヴィーノ・ソスピーロ」の首席指揮者となる。近年、指揮者、ヴァイオリニストとしての客演のオファーが多数あり、ラ・カペラ・レイアル(スペイン)、ベルリン古楽アカデミー(ドイツ)など、欧州各国の主要団体に頻繁に客演している。 また多数のCD録音に参加しており、前述の「四季」では欧州の多数の主要な賞を獲得し、C.バルトリと共演したアルバムではIGAとしてグラミー賞も獲得している。自身のアンサンブル「イマジナリウム」のCDでは、欧州の主要音楽雑誌において絶賛された。

 

2006年、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン来日以降、日本での公演もたびたび行なっている。

 

エンリコ・オノフリ バロック・ヴァイオリン・リサイタル

6月7日(土)17時 上野学園・石橋メモリアルホール

INDEX

© 2014 by アッコルド出版