プログラミングに

こだわる理由

 
『ぞうのババール』vs『タンタン』
(ぞうのパバールは、プーランクが1945年に作曲した
ピアノと語り手のための音楽物語。
タンタンの冒険は、ベルギーの漫画家・エルジェによって描かれた漫画)
という言葉をフライヤーに書きましたが、
フランスとベルギーを真っ向から
対比してるわけじゃないのですが、
その違いというのは面白いと思います。
白ワインと黒ビールの比較みたいなもので。
本当はそんな単純なものでなく
比較文化論的な話になると思いますが。
 
プーランクが
無人島に持っていきたい作曲家というと
モーツァルト、ドビュッシー、ショパン、
ストラヴィンスキーらしいのですが、
その流れに則ったプログラム、
つまりプーランクとドビュッシーに、
イザイとフランクの関係性を踏まえた
プログラムを持ってきました。
 
私の中ではドビュッシー&プーランクの流れと
イザイ&フランクの流れというのは、
全く別物ですけども、
カップリングする上で、
ドイツものとのカップリングではなくて、
このような微妙なものを組み合わせたかったんです。
 
現代のプログラミングは、
本当に自由だなと、しみじみ思います。
先日偶然ですが
アンサンブルのプログラミングのことに関して、
ニューヨークのジュリアードの名物教授で、
80いくつの方とお話ししていて、
昔はこういうプログラミングの仕方はしなかったね、
という話をされていました。
 
私の子供の頃は
バロックを弾き、古典を弾き、
そしてロマンティックなものを弾き、
そしてその中にちょっと20世紀のものが入るかな、
という感じでしたね。
すごく盛りだくさん。
 
例えばバッハを弾き、
ボッケリーニを弾き、
ベートーヴェンを弾き、
ブラームスを弾き、
どういうわけかそこにショスタコーヴィチがあり
とにかくごった煮状態で、
古いものから弾いていく
というスタイルがほとんどでした。
 
日本ではそういうふうな形でしたが、留学して、
私はテーマに沿ってプログラミングする
という方法を学びました。
先生方が実際にそうやってコンサートをしていたので
凄く興味を覚えました。
 
それ以来プログラミングに関しては
何年もずっと慎重に考えています。
ですからこれはやってはいけないというものが
どんどんなくなってきました。
プログラミングする時は次のコンサートで何を弾くか、
というところまでいつも考えています。
 
徳永二男先生が
十年分のプログラミングを決めて、
しかもその予定を印刷しているのには
本当に恐れ入りました。
今回のリサイタルは
番号をつけ始めてから7回目ですが、
番号を付ける前のリサイタルでは、
まず自分のコンサートでは自分のやりたいものを
いつも形にしようと考えてきました。
自分らしさを出していたのですが、
リサイタル・シリーズとして番号がついてからは、
今度は、なんとなく今演奏すべきもの、
が見えてきて、今はこれしかない
というのがよく見えるようになってきました。
 
 ──ご自身がやりたいもので、
なおかつテーマを持つということですね。
 
 そうですね。
オールフランス×ベルギープログラム
ということでやるのは初めてなので、
過去に同じ曲を弾いていても、
私の中で意識が全然違います。
シェフが今日はどんな料理にしようかな
と考える事と一緒だと思います
 
例えば自分の旬のものを出したい、
ということがあると思いますから、
私も旬の演奏を出したいということがあります。
ただ残念ながら、舞台の上で決める
ということができませんから、
前もって想定して決めている
というところがあります。
気分を料理するシェフのようなものですね。
 
 ──プログラミングに相当力を。
 
私は、あまり知られていない曲を紹介したい
という気持ちも毎回あって、
例えば以前ブゾーニの作品を弾きました。
イザイの無伴奏チェロ・ソナタというのは、
彼のヴァイオリンの無伴奏作品から見れば、
あまり弾かれていない。
作品番号は一つしか変わらないのに、
チェロの方は少し地味な感じがするのかもしれない。
 
イザイは実はチェロが弾けたらしいのですが、
この作品は彼の弦楽四重奏団のメンバーでもある
チェロの名手モーリス・ダンボアのために
書かれた作品ですから、
私達チェリストにとっては
ずっと何かが繋がってるような感じがします。
 
私は姉と夫がヴァイオリニストなのですが、
いつも小さい頃から、
ヴァイオリンがまずあって、
チェロという存在がある、と思っていました。
ですから、イザイのヴァイオリンの無伴奏にも
私なりのイメージがあって、
私ならこう弾くというものがあるのですが、
こんどそのイメージを
チェロの作品にもってきて演奏するのですね。
 
フランクのソナタは、ヴァイオリン・ソナタですが、
チェリストはチェロ・ソナタだと思っています。
だからヴァイオリン・ソナタを
チェロに代えて弾いているという意識は
まったくないですね。 
 
私がなぜフランクの作品を弾きたいかというと、
ヴァイオリンで表現できない世界を
チェロで表現できるからなんです。
やはりテンポが全然違うんですね。
 
私に言わせたら3楽章のあの世界というのは、
チェロはレンジが広いので
チェロのお腹の底から響くような低音で、
もっともっと深い世界になるのではないかな
と思っています。
 
3楽章のドロドロした世界から
4楽章の浄化された世界をチェロだったら
レンジ広く表現しないといけないと思っているんです。
そしてそこを目指さないといけないと思う。
ヴァイオリンとは、あり方が全然違うので、
比較できないと思っているんです。
 
 ──別の曲のようなものですね。
 
 私の主人が生徒に教えている時のことを見ていると、
例えばイザイには独特な指使いがあって、
それに託されるグリサンドの表現があるのですが、
もしそれがチェロだったらどのような表現になるのかな、
ということもチェロに合わせて昇華しています。
 
 ──特にフランクの作品は
ピアノの比重が大きいと思いますが、
その辺も意識してピアニストを選ばれたのでしょうか?
 
 そうですね。
山本さんありきでこの作品を選びました。
山本さんはやはりレンジの広い方で、
ドビュッシー、プーランク、フランクを
一緒に一晩で弾ける方です
彼はフランクは初めてだそうですが、
大きな世界を共有できるのではないかなと
私は思っているんです。
 
彼の世界のフランクもあると思いますし、
私の世界のフランクもあるわけですから、
さらに大きなフランクの世界に
到達できるのではないかなと思ったんです。
 
俳優が共演の俳優さんによって演技が変わるように、
演奏家にもそういう部分があると思います。
やはり共演者と一緒に演奏することによって
私自身も世界も広がって行きます。
こういう世界もあるのかなと
つくづく思うんですね。
 
ピアニストから見た世界と
チェリストから見た世界の融合ですね。
違う見方ですけども
同じ世界を見ていることに違いないです。
 
 勿論、共演者に合わせる部分はありますが、
逆に融合しすぎないようにしなければいけない。
似ているところもあるので、
そういう意味でそれぞれがスコアを見ながら、
それぞれのパート理解するということが大切ですし、
違いというものを際立たせないといけない部分もあります。
 

アンサンブル、濃厚な会話

 
──アンサンブルといっても
あまりに融合し過ぎるのも良し悪しでしょうね。
 
そうですね。
特にベートーヴェン全曲を演奏したときに、
角を丸めないように気を付けました。
フランクもそんなところがあると思います。
こっちの世界に来てほしくないところもあるし、
私も彼の世界に行けないところもあると思う。
 
この作品は本当に濃厚な会話があります。
イザイの結婚式にこれを贈ったというのも凄いですね。
フランク自身は結婚を反対されて
いろいろ思うところがあったかと思うんですが、
人の結婚式に差し上げる曲にしては、
男女間の愛憎というものは、
きれいなだけではないでしょう。
結構ドロドロしているところもあると思いますが、
結婚式にこういう曲って
どういうことなのかだと思うんですが(笑)
でも4楽章があるから救われますよね。
 
私がこの作品をチェロで弾く前、
中学生位のころから私の頭の中で
いろんなストーリーを考えていた曲なんです。
聴くたびに宗教観であったり男女のことであったり。
例えばシェーンベルクの浄夜くらいの
ドロドロしたものがあるんじゃないかと。
当時中学生は恋に恋する年代ですから
よく分からないところもあったと思いますが、
そういうものも感じました。
 
 今になってみると、
わざわざドロドロする必要もなくて
書いてあるそのものを弾けばいい。
変なルバートなど一切いらないと思う。
 
フランクの交響曲のコラールに近いように感じます。
私は高校生の時に
フランクのシンフォニーを
弾かせていただいたことがあって、
これがフランクの初体験なのですが、
端的に言って
ドイツ的な柱がしっかりしているものの中にこそ、
彼のフランス的な和音が生きるのだな、と思う。 
 
──アンサンブルというのは、
すべてに交通整理されたものが理想的だ
という価値観がずっとあったのですが、
そういうものとは別の世界があると
最近つくづく思います。
 
だから同じ曲を
いろんな人が長い間弾いていても
古びないのだな、と思います。
 

予定調和では弾けない

 
 ──グルーヴという言葉があります。ノリですね。
グルーヴは人それぞれで、
違うグルーヴの者同士が演奏すると
新たなグルーヴを生むらしいです。
この場合、交通整理はむしろ弊害ですよね。
 
 何が面白いかといったら、
やっぱり私たちがリハーサルするときは
予定調和のために
リハーサルすることはしないんです。
そうではなくて本当に本の読み聞かせごっこ
みたいなものです
楽譜をいかにどのように掘り下げていくか。
そして相手がどう思っているかを知る
ということですね。
地図を見て研究しているような感じですね。
 
 ですから実際にコンサートをする時は
そのグルーヴ感にすべて身を任せる
という感じだと思うんです。
 
 コンサートの時は完全に解放してしまうので、
今日はこうきたか、と思うわけです。
グルーヴ感で言えば
チェロを弾きながら波乗りをしている
ような感覚になる時があるんです。
音の波にふっとなるという感覚があって
イメージ的に体感しているものだと思います。
 
 相手が今日はこう来たかというのがあると思いますが、
その時どうするかということを考えている時間は無いので、
その波に乗っていくか
あるいはそこにぶつけていくのかということを、
たぶん無意識のうちに決めて
演奏しているのだと思うのですね。
本能的に、ある意味動物的に、
そのためにリハーサルを重ねるということがあります。
つまり自分自身を解放するためのものなんです。
 
 ──コンサートが一番の醍醐味は
そういうところなるんでしょうね。
 
そうなんです。
予定調和というのはライヴにはないですね。
山本さんと一番似ているのはライヴ感覚だと思います。
今日はこう弾いた。
でも明日違うところに行ったら
自分の感じ方も体調も違うでしょう……
ということが許せる人だから。
 
 ──グルーヴ感のある演奏だと
あっという間にそのコンサートが終わった感じがします。
 
それはよくわかります。
最近は音楽家も変わってきてると思います。
特に日本の音楽家は変わってきていると思います。
いま生きているその証を
この瞬間演奏することによって
証明しているわけですね。
それはこれからもなくてはいけない事だと思います。
予定調和で頭をで作ったものを発表する
そのことに価値はないと私は思っているんです
いかに舞台の上で生きるかということだと思います。
 
──予定調和の演奏の方が楽は楽だと思いますが。
 
私は無理です。
本番裏切りという言葉があるんですが、
でも誰もがそれをどこかしらで
やっているはずだと思います。
私たちはお客様と一緒に
その場の空気の粒子というものを感じながら
演奏しているようなところがありますから、
そこは約束事を超える何かがあるんです。
神に操られているようなものを感じることがあるんです。
そういう時は無伴奏でもアンサンブルでも
人智を超えたもののに操られている感じがします。
 
クレッシェンドにしてもリタルダンドにしても、
空気の中の粒子が我々に命令している
というような感覚なんです。
予定調和ですと、
そういったものに蓋をして無視してしまう
ということだと思います。
楽譜に書いてることを
わざわざ崩すようなことはしないにしても、
どのくらい予定調和にないことをするかというのは、
やはりその場の空気の粒子によって
決めていくのではないでしょうか。
間を開けることとかもそうですね。
ですから、その時でないとどうなるか分からない
というのがホントのところだと思うのですね。
 
私といつも一緒に弾いてくださる
ピアニストの方たちは、
また来たかと思って、
でもとてもフレクシブルに対応してくださいます。
 
──作曲家によっては、演奏家が作品を育ててくれる、
と言われる方もいます。
 
自分が歳を重ねてきて一番思うのは、
作曲家によっては例えばモーツァルトのように
最初から完成された人もいると思いますが、
ラフマニノフの初期の作品は何かを本当に可愛らしくて、
やりたいことがすごくわかるんだけれども
ベートーヴェンのような
書き込みがあるわけではないですし、
だから私たちが加味して理解して
形にしてあげなければいけない、と思うことがあります。
でも人によっては何もしないで
そのまま演奏するというのがありますよね。
例えばショパンのチェロ・ソナタは
もう何もすることありません。
書かれたそのままという感じ。 
 

CD Con Anima

 
しばらく作っていなかったのですが、
やりたいことをやらせてくれる、ということで、
好きなものを羅列した感じです。
コンサートがいかに大事か、
ということが東日本大震災以降、
ますます意識するようになったのですが、
その辺りから自分が演奏してきたものが
多く収録されています。
何かに縛られたものではなくて、
やりたいことをやっちゃおうって。
だから本当に自由に収録しました。
 
──組み合わせが自由ですね。
 
そうですね。バッハあり文楽ありですから。
でも三年間が凝縮されたものです。
タイトルも自分で付けたのですが、
例えばルービンシュタインのメロディというのは、
つらい時でも弾いていると本当にほほえんでしまう。
 
ハイフェッツが
ルービンシュタインのメロディを弾いているのを
聴いた時に、ほほえんだのを覚えているのですが、
自分も弾いていると勝手にほほえんでいて、
この三年の間に、これをたくさん弾いていたので、
これは絶対に入れたいなと思いました。
 
文楽も、日本のためのチャリティ・コンサートで、
エジプトでもフィンランドでもドイツでも演奏しました。
あちこちで、有り難うの代わりに弾いていた曲です。
 
タイトルのコン・アニマは、
曲目を全部自分でディレクションして、
全部の音を聴いた結果、
共通しているものが、コンアニマ。
魂を添えて自分は弾いているんだ、
という自負で付けたタイトルですね。
 
文楽は、ショット版で出ているので、
世界的に有名で人気のある曲です。
最初から外国の方に弾かれることを想定して
書かれた曲ですね。
ですから、いろんな国で、
若い人から教えて欲しいとよく言われます。
 
日本人でなくても弾けるだろうか、とよく聞かれますが、
変な言葉はなくて、一切明確なんです。
だから、日本を知らない人でも
この楽譜を読めば必ず弾ける
ということで書かれている。
黛敏郎さんの凄いところですね。
 
ドビュッシー以上に細かいです。
 

4人の作曲家から手紙をもらったような

 
ドビュッシーと言えば、
パリのアンティークのお店で、
ドビュッシーの手紙が売られていたのですが、
とても買えないのでへばりついて見ていたのですが、
本当に細かいんです。
神経質そうな人だなと思ったんです。
でも、とてもきれいでした。
芸術作品みたいでした。
私が最初にドビュッシーのソナタを弾いたのは
高校生の頃でしたが、この人、人間不信かな、
と思ったんです。
というのは、あまりにも縛りが多くて。
それを読みほどくだけでも、
体に入るだけでも凄く時間が掛かりました。
 
いったいこの人は何を思ってこう書いているのかな、
と思ったものです。
記譜ということに関して
私が一番最初にこだわったのが
ドビュッシーのソナタでした。
だけど、大人になって何度も弾いているうちに、
その中の自由さというものも分かってくるんですね。
 
リサイタルで演奏する四人は、
それぞれ記譜法が全然違いますし、面白いです。
私達、楽譜というのは作曲家からの個人的な手紙であり、
遺言である、というふうに思っているんです。
それを個人的に書いていただいた
と思って読んでいるんです。
 
だから、四人から全然違う感性の手紙を
いただいたようなものですよね。

 

リサイタル直前インタヴュー

チェリスト

水谷川優子さん

水谷川優子

Cello Recital Series Vol.Ⅶ

フレンチ・コネクション

 Pf.山本貴志

2014年5月23日(金)19時開演

会場:紀尾井ホール

曲目:ドビュッシー/チェロ・ソナタ

   プーランク/チェロ・ソナタ

   イザイ/無伴奏チェロ・ソナタOp.28

   フランク/チェロ・ソナタ イ長調

S席¥5,000 A席¥4,000 学生席¥4,000

詳細は、コンサートイマジン03-3235-3777

http://www.concert.co.jp/

 

プロフィール

Yuko Miyagawa,Vc

6歳からチェロを始め、桐朋学園女子校等学校音楽科卒業、同大学ディプロマコースを経て、ザルツブルク・モーツァルテウム音楽院首席卒業、同大学院修士修了マギスターの称号を得る。

 

ローマのサンタ・チェチーリア国立アカデミーのソリストコースにて研鑽を積みながらヨーロッパでの演奏活動を開始。

第6回東京国際室内楽コンクール優勝、併せて齋藤秀雄賞とアサヒビール賞を受賞、イタリア・カラブリア芸術祭コンクール優勝、ピネローロ国際室内楽コンクール2位ほか多数受賞。

 

社会貢献の意識も高く、コンサートの傍ら、ライフワークとして続けている少年院、ホスピス、障害者福祉施設などにおける施設訪問コンサートの実績が認められ、2002年度より財団法人倶進会から助成を受けている。

 

ソロのCD「歌の調べのように」「ソルヴェイグの祈り」(共にビクターエンタテインメントよりリリース)は『レコード芸術』で準推薦盤と準特選盤に選出され、「勇気づけ、包んでくれるような暖かい音色」(東京新聞)「心をノックするチェロ」(毎日新聞)と、音楽家としての本質を高く評価されている。

 

現在はソロの傍ら、アルバート・ロト、マーク・ゴトーニと組んだテオフィルストリオ(2008年度バロックザール賞 受賞)やチェンバロ三重奏「アクア・トリニティ」(CD『水の薫り』をソニー・ミュージック・ダイレクトよりリリース)などでのアンサンブルでも演奏活動を展開、同時にドイツにも拠点を置いてヨーロッパ各地の音楽祭に独奏者、室内楽奏者として招聘され高い評価を獲得している。

 

いままでに勝田聡一、松波恵子、ハイディ・リチャウアー、故アルトゥーロ・ボヌッチ、室内楽を故ハンス・ライグラフ、メナヘム・プレスラー、ハーゲン弦楽四重奏団の各氏に師事。

リサイタルの毎回のテーマに相当なこだわりをもつ

チェリストの水谷川優子さんの演奏美学……

 

23日、紀尾井ホールでリサイタルシリーズの7回目を迎える。

Con Anima(コン・アニマ)〜魂をそえて〜

 

水谷川優子(チェロ) / 小柳 美奈子(ピアノ)

 

バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番

ルビンシテイン:メロディ

ポッパー:ハンガリー狂詩曲

黛敏郎:BUNRAKU

ガーシュウィン/挟間美帆 編曲:I Got Rhythm

ガーシュウィン/挟間美帆 編曲:Summertime

グラズノフ:吟遊詩人の歌

ムソルグスキー:ティアーズ

ブルッフ:コル・ニドライ

 

HERB-019 ハーブクラシックス

3,150円(税込)

photo_Josep_Molina

© 2014 by アッコルド出版