エンリコ・オノフリの

バロックの正体

世界の古楽界を牽引してきた
イタリアのバロック・ヴァイオリニスト、
また昨今では指揮者としても活躍する
エンリコ・オノフリさんに、
バロック・ヴァイオリンの詳細な奏法、
そして彼の音楽哲学等を語っていただいく。
 
バロック奏法に関して、
従来の考え方やイメージとは、
大きく異なる部分があって、
改めて考えさせられる話を展開。
(取材協力:ヴァイオリニスト杉田せつ子さん)

第3回

バロックを

歴史的に見ると

バロックの流派はたくさんある
 
ヨーロッパでは、
古楽というのは、
いろいろな流派に分かれて発展したわけです。
日本では、
その中から幾つかしか知られていないようです。
 
例えば、
イタリアの古楽の流れの一派というのは、
ヨーロッパではよく知られているのですが、
日本ではオランダの一派ほど知られていないようです。
 
古楽に対する意見、
アイディアといったものは、
非常にお互いに違っていました。
古楽だけでなく、
音楽全般に関して、
国それぞれによって違います。
これは最近のことではなく、
ずっと前からの話です。
 
1600年代や1700年代、
イタリア人演奏家はヨーロッパ中で有名でした。
なぜなら、
楽器でもって「歌う」ことに長けていたからです。
楽器の奏法、表現に関して、
イタリア人ならではのものがありました。
それは歌からインスピレーションが得られました。
 
私たちは、地中海文化の中にいるわけですが、
それは、北ヨーロッパとは随分と異なった環境です。
それはどちらが良いとか良くない
といった話ではないのですが、
大変な違いがあるわけです。
例えば、イタリア人というのは、
非常に情熱的で、
芝居がかったところがあるわけですが、
そういう生き様というものが
音楽に影響しています。
従って、
過去の音楽も現代の音楽も
私たちの生き様と非常に繋がっています。
 
音楽の歴史観=進化とは限らない
 
歴史観というのは、難しいものです。
例えば、
平均律に関してですが、
これはバロックの時代にも使われていました。
私たちは、
いつも進化論的に平均律を考えますが、
実際には、
進化したということではなく、
変化してきたということです。
 
現代に近づけば近づくほど、
全ては良くなってきている、
と考えがちですが、
実際には、一時期忘れられていただけで、
過去にも存在していた、
というものもあるわけです。
それはヨーロッパだけでなく、
世界中であることだと思いますが、
私たちは、どうしても、
一つの時代が常に繋がって、
世界中が一緒になって、
混ざって、統一されたものになっている、
と考えがちです。
しかし実際は違います。
 
古典派は1720年、30年代のナポリの音楽様式から発展
 
様式的な例として、
古典派の音楽と言えば、
ハイドンやモーツァルトといった
偉大な音楽家を思い浮かべるわけですが、
ある面、古典派の様式というのは、
もっと以前、ナポリにあったものなんです。
 
1720年代、30年代のナポリの音楽は、
1780年代の古典派の音楽に
非常に近いものがありました。
つまり、1720年代、30年代のナポリの音楽が
オーストリアへ行って
花開いたということなのですが、
一方で、ナポリは違う道を歩んだわけです。
 
これは、
イタリア人が発展を諦めたということではなくて
違う道を選んだ、ということです。
これは、
音楽が発展、進化したということではなく、
それぞれが違う道を歩んだ、ということです。
 
古典派とロマン派は並行
 
ロマン派というものに関して、
これは一八〇〇年代に始まったと
私たちは考えていますが、
実際には、
ロマン派の旗揚げをしたゲーテの
『若きウェルテルの悩み』は、
一七七〇年代に出版されています。
 
モーツァルトの作品の中には、
『疾風怒濤』のように、
非常にロマン派的な音楽があり、
同時に一方で
いわばバロック的な古い様式で
書かれたものもあります。
モーツァルトに限っても、
そのように様々な様式があります。
 
従って、ロマン派と古典派というのは、
ほぼ同時期にあったということです。
決して、
時代毎にはっきり分かれているものではなくて、
交じり合って変化してきたわけです。
 
バロック・ヴァイオリンは
様々な種類が
 
楽器の変化ということに関しても、
同じことが言えます。
 
例えば、
いわゆる『バロック・ヴァイオリン』
という統一された楽器は、
実際には存在しないです。
 
何故ならバロックといっても、
1590年から1750年まで幅広い。
1600年代の初めのバロック・ヴァイオリンと
1740年代のバロック・ヴァイオリンとは違うものです。
 
時代による変化だけではなくて、
場所によっても、
つまり、どこで作られたかということによっても、
全然違う楽器になります。
 
話をヴァイオリンに限ると、
どういう目的で作られたか、
つまり、
オーケストラ用に作られたのか、
それとも、
ソリスト用に作られたのか、
それによっても随分違った楽器になります。
 
第二次世界大戦後に、
古楽を復活させようとしたときに、
多くの製作者達は、
オーケストラ用に作られた楽器を再現する、
ということをしました。
 
これが一つの原因となって、
バロック・ヴァイオリンは、
モダン・ヴァイオリンよりも
あまり開発されたものではなかった
と思われてしまったわけです。
 
現実は勿論違って、
洗練されたバロック・ヴァイオリン
というものが存在していました。
 
その時代のそれぞれの楽器は、
それぞれの目的に合わせて、
どの楽器もある意味完璧な楽器だったわけです。
目的が違ったということです。
 
今日の音楽家が気をつけるべきことというのは、
進化論的な歴史観というものを
一度は見直してみる、
ということだと思います。

Enrico Onofri    エンリコ・オノフリ

イタリアの ヴァイオリニスト、指揮者。

オノフリは画家の父、アンティークに造詣が深い母を持ち、リコーダー、合唱などに幼い頃から接する。14歳でヴァイオリンを始めて直ぐにバロック・ヴァイオリンと出会い、その後ミラノの音楽院にて学ぶ。

 

在学中より、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス等に参加し、古楽に関する知識を深めた。その後、彼の類い稀なる音楽性と、高度な技術力がたちまちの内に話題になり、22歳の時にJ.サヴァールにコンサート・マスターとして招聘される。

 

1987年(当時20歳)より、イル・ジャルディーノ・アルモニコ(以下IGA)のコンサートマスターを務めており、その後のバロック音楽シーンに多大な影響を与えた名盤として名高いIGAとの「ヴィヴァルディの四季」の録音は、彼が26歳の時に録音されている。

 

2005年よりポルトガルの古楽団体「ディヴィーノ・ソスピーロ」の首席指揮者となる。近年、指揮者、ヴァイオリニストとしての客演のオファーが多数あり、ラ・カペラ・レイアル(スペイン)、ベルリン古楽アカデミー(ドイツ)など、欧州各国の主要団体に頻繁に客演している。 また多数のCD録音に参加しており、前述の「四季」では欧州の多数の主要な賞を獲得し、C.バルトリと共演したアルバムではIGAとしてグラミー賞も獲得している。自身のアンサンブル「イマジナリウム」のCDでは、欧州の主要音楽雑誌において絶賛された。

 

2006年、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン来日以降、日本での公演もたびたび行なっている。

 

エンリコ・オノフリ バロック・ヴァイオリン・リサイタル

6月7日(土)17時 上野学園・石橋メモリアルホール

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