ちょっとは秋の気配になったのか、と思わせる成田を日曜夕方に発ち、アリューシャン列島からアラスカ南へと北太平洋を飛び越え、カナディアンロッキーを跨いで9時間と少し、エアカナダの期間限定直行便はカナディアン・ロッキーの東の入口カルガリー空港に滑り込む。
 
 カナダが世界に誇る山岳リゾート&観光地のバンフへは、リムジンバスと言うにはちょっと無骨な完全予約制「バンフ・エアポーター」で100キロほど 西に向かわねばならぬ。大昔には恐竜が闊歩し、今はカウボーイが牛を追い立てる広大なアルバータ平原の彼方に、壁のようにロッキー山脈が聳えている。あの入りっ端にバンフがあるのだ。
 2時間ほどのバス旅行は平原から川に沿って峨々たる山の間に入っていく壮大なパノラマなのだが、なにせ時差15時間の東洋からの旅行者の体内時間は真夜中だ。風景に寝るなと言われても、いつの間にか眠りに落ちているうちに、バンフの市内に到着していた。
 レイバーディの9月の最初の月曜日が夏の休暇シーズンの終わりとなるアメリカ大陸では、今日からの1週間は山岳リゾートで過ごす最後の夏休み。バンフの街は世界からやって来た観光客や大陸横断旅行の途上の自転車で溢れているが、我らが「バンフ・エアポーター」はそんな市内中心には入らずに、町の東外れのトンネル山を目指すのだ。明日から1週間、第11回バンフ国際弦楽四重奏コンクールが開催され、センターは弦楽四重奏一色に染め上がる。このバスが運んでいる一行は、全員がこのコンクールの「レジデント聴衆」なのである。
 バンフ・センターがどんな場所なのかは、おいおい話をするとしよう。ともかく、ボウ川と市街を見下ろすトンネル山の斜面、杉林の中に施設が点在するセンターの事務棟前に到着したバスを下車した2ダースほどの客は、ゾロゾロとカウンターに向かいチェックイン。部屋のキーと首から下げる名札を受け取る。名札には席番号も記され、裏にはバーコードがあり、これから1週間のセンターへのパスポートになっている。何を隠そう、バスでやってきた連中の殆どはレジデント聴衆リピーターで、みんな顔見知り。3年ぶりの再開なのに、まるで昨日サヨナラしたようだ。待ち受ける表方スタッフのチーフは、文字通り執事頭だ。坂の多いセンター内の敷地をゆっくり歩く熟年達をにこやかに迎えてくれる。「お久しぶり」と声をかけられると、そこにいたのはヴィオラ奏者のガース・ノックスだ。90年代のアルディッティQ黄金時代を支えた現代音楽専門家は、今回は審査員でバンフセンターに来ているのだ。
 余りの眠さにうとうとし、慌ててレストラン棟に向かおうとすると、トンネル山の上に低く虹がかかっている。澄み切った大気に、こんなに分離が良く発色の素晴らしい虹は見たことないと驚いているうちに、瞬く間に消えた。東京の暑さにやられた眠い頭が見た、夢の続きなのかしら。
 会食中の審査員諸氏に遠くから手を振り、わずか半日ちょっとで自分の周りに起きている環境の激変についていけないままアルバータ州子牛の肩肉煮込みと豆とベーコンのスープを喰らっていると、前をパリの弦楽四重奏教育機関プロカルテット総裁、ジョージ・ザイゼル氏がてんこ盛りのサラダを手に歩いている。これまたご無沙汰です、と声をかけると、ここに坐って良いか、と仰る。断る理由もない。動かない頭でいきなり弦楽四重奏教育談義になってしまった(正確には、お話を伺う、状態である)。では今週も宜しく、と席を立てば、今度は向こうから楽器を背負ってやってくるのはエリック・シューマン君ではないか。無論、シューマンQの面々が一緒。ボルドー以来の再会を喜び、「ゴハンデモタベマショ」と日本語で囁いてくれるのであった。
 緯度の高いカナダ、聴衆ブリーフィングが始まる午後8時になっても、まだまだ日は高い。コンクールディレクターで元セント・ローレンスQ第2ヴァイオリンのバリー・シフマンが明日から始まるセッションの参加団体の水準の高さを「文字通りの弦楽四重奏の山の天辺」と喩え、そして数百人の滞在し一緒の空気を吸う聴衆がいかにこのコンクールを特別のものにしているかを語る。勿論、世界有数のメディア芸術センターでもあるバンフ・センター、全ての活動はヴィデオ収録され毎日ヴィデオ・クリップを作成しインターネット上に公開される。セッションの全てはライブ・ストリーミングされるばかりか(カナダ放送協会が放送もする)、アーカイブされ、無料で世界中の音楽好きの公開されるとのこと。

成田から到着したエアカナダの向こうに、アルバータ州の経済中心カルガリーの市街高層ビルが見える

満員の「バンフ・エアポーター」が走り出して30分ほど、市内を抜け、カナダの大陸横断国道一号線は一路大平原からロッキー山脈へと分け入る

カナディアン・ロッキーが聳えてきた

バンフ・センターに到着、早速チェックインだ。世界中から集まったクァルテット愛好家の顔見知りたちがお久しぶりのご挨拶。

トンネル山の上に低く鮮明な虹がかかる。

お久しぶりのシューマン・クァルテット、食堂にて。

レセプションを前に、レクチャー棟入口で日程表を眺める聴衆のおばあちゃんと一匹。

カナディアン・ロッキーの雄大な日暮れ。

コンクール・ディレクターのバリー・シフマン氏。

バンフ・コンクール創設者で今はバンフの黄門様のケン・マーフィーと、プロカルテット総裁のジョージ・ザイゼルの両巨頭も聴衆の中に座る。

ブリーフィングが終わると流石に夜も暮れる。

バンフ国際弦楽四重奏コンクール

Banff International String Quartet Competition

 

カナディアン・ロッキーの観光中心地バンフのバンフ・センターで、3年に1度行なわれているアメリカ大陸で最も重要な国際弦楽四重奏コンクール。

 

今回は、8月26日〜9月1日にかけて行なわれている。

http://www.banffcentre.ca/about/

 

【ライヴストリーミング

http://www.banffcentre.ca/bisqc/

 

バンフ・コンクール放送日程表

(以下は現地時間表記なので日本での視聴の際には15時間+してください。開始時間はおおよそです。)

 

8月26日(月)

シューベルト&20世紀の日Ⅰ

 

 午前10時30分

  アニマQ

   シューベルト第8番

   ヤナーチェク第1番

 

 午前11時20分

  カヴァティーネQ

   シューベルト第9番

   デュティユー

 

 午後7時30分

  ノガQ

   シューベルト第9番

   リゲティ第1番

 

 午後8時20分

  ジュモーQ

   シューベルト第11番

   バルトーク第5番

 

 

8月27日(火)

シューベルト&20世紀の日Ⅱ

 

 午前10時30分

  カリドールQ

   シューベルト第11番

   バルトーク第4番

 

 午前11時20分

  アタッカQ

   シューベルト第10番

   バルトーク第6番

 

 午後2時

  ナヴァラQ

   シューベルト第10番

   ブリテン第3番

 

 午後2時50分

  リンデンQ

   シューベルト第10番

   バルトーク第3番

 

 午後7時30分

  シューマンQ

   シューベルト第10番

   バルトーク第3番

 

 午後8時20分

  ドーヴァーQ

   シューベルト第9番

   ショスタコーヴィチ第3番

 

 

8月28日(水)

ハイドンの日

 

 午前10時30分

  カヴァティーネQ

   作品50の1

  

  ナヴァラQ

   作品77の2

 

  アタッカQ

   作品76の3

 

 午後2時

  ノガQ

   作品33の5

 

  シューマンQ

   作品77の1

 

  ドーヴァーQ

   作品76の4

 

 午後7時30分

  アニマQ

   作品20の2

 

  リンデンQ

   作品76の5

 

  ジュモーQ

   作品20の3

 

  カリドールQ

   作品76の3

 

8月29日(木)お休み

 

8月30日(金)

委嘱新作の日

ヴィヴィアン・ハン

弦楽四重奏第3番

 

 午後2時

  ジュモーQ

  ドーヴァーQ

  リンデンQ

  アニマQ

  ナヴァラQ

  アタッカQ

  カリドールQ

  シューマンQ

  カヴァティーネQ

  ノガQ

 

 

8月31日(土)

ロマン派の日

 

 午前10時30分

  シューマンQ

   メンデルスゾーン第6番

 

  ドーヴァーQ

   ブラームス第2番

 

  カヴァティーネQ

   ドビュッシー

 

 午後2時 

  ノガQ

   ラヴェル

 

  ジュモーQ

   メンデルスゾーン第6番

 

  リンデンQ

   メンデルスゾーン第2番

 

  ナヴァラQ

   ブラームス第1番

 

 午後7時30分

  カリドールQ

   メンデルスゾーン第2番

 

  アニマQ

   シューマン第1番

 

  アタッカQ

   ドヴォルザーク第13番

 

9月1日(日)

3団体による本選

 午後2時

セッション終了後、バーにエステルハージー城が仮設され、参加者、聴衆、審査員、スタッフが飛び入りでハイドンの初見大会で盛り上がる。

到着するや…… 音楽ジャーナリスト 渡辺 和

バンフ便り(その1)

第11回バンフ国際弦楽四重奏コンクール

11th Banff International String Quartet Competition

© 2014 by アッコルド出版