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かくして、渡辺和氏がコラムで書いているとおりカナダ西部の山中のバンフで、弦楽四重奏の登竜門として北米だけでなく世界中から注目を集める、バンフ国際弦楽四重奏コンクールが始まった。会場であるバンフセンターは山中といっても過言では無く、標高は1300m以上で、気温湿度ともに低く、コンクールの注意書きに「標高が高いので、しっかり水分を採ってください!」と入っているくらいだ。ちなみに、近年は熱帯のような夏の東京からくると、天国のように過ごしやすいところ。実際にバンフの街は北米大陸でも有数の避暑地として知られていて、レイクルイーズまでも車でほど近い距離にある。

 

今回のコンクールでは出場全10団体のうち、アメリカとカナダからの4団体の他は、ロシア、スイス、ドイツ、フランスなど世界各地から来ている。出場している面々を見る限り、なんとまぁ同世代の各地域を代表するクァルテットが集まったなぁという印象。バンフでのコンクールは録音審査を通過すれば、「バンフまでの飛行機代を含めた交通費」と「コンクール開催期間中の食事・宿泊」が支給されるという待遇なので、金銭的な負担が少なくどこからでも応募しやすいということだろう。
世界中から応募を呼ぶ理由はほかにもあるが、それはまた機会を改めて。

 

コンクールのスケジュールは毎日、朝・昼・夜の3セッションに分かれ進められていくが、初日の26日は演奏は昼からで、午前中はロブ・カピロウ氏によるレクチャーが行なわれた。コンクールを聴きに来ている観客は各イベントに強制されている訳でも無いが、朝から200名以上の参加が居たのではないだろうか。
内容はコンクールの冒頭にふさわしく、「コンクールの成否とは、出場者、審査員だけでは成り立たず、聴衆として参加してくれる皆さまがいて初めて成り立つのです。」という結論に導くために、あの手この手で聴き手の関心を高めていく。

 

昼食を挟んだ後、午後・夜とそれぞれ2団体ずつの演奏が行なわれた。第1次の「リサイタル・ラウンド」の課題は・シューベルトの弦楽四重奏曲第8番 D. 112-第11番D. 353から1曲・指定された20世紀の弦楽四重奏作品より1曲の2曲となっている。本日の4団体だけを聴いた印象だけで総論を導くのは危険だが、現在活躍を始めていてコンクールに出場する団体にとって、ヤナーチェクやリゲティといった20世紀の作品群は既に当たり前のレパートリーになっている一方、ベテラン団体ですら演奏機会の少ないシューベルトの中期の作品が実はトリッキーに成り得るようである。「ロザムンデ」、「死と乙女」、「断章」などの名の知れた弦楽重奏曲が書かれる前の作品で、古典的な性格も帯びる楽曲へどのようにアプローチするかで、各団体のキャラクターが浮き彫りになったように思われる。

 

午前の1団体目は中国人とロシア人からなるAnima Quartetが、シューベルトの8番(D. 112)とヤナーチェクの1番「クロイツェル・ソナタ」を演奏。トップバッターの演奏ということもあってか、少々のかたさも見受けられた。シューベルトでは長いフレーズの処理や刻みの躍動感などに迷いも感じたが、チェロの安定した運びなどで端正に形を整えてきた。クロイツェル・ソナタについては、往年の団体に聴いていたような「敢えて綺麗には作らない」という部分もスマートに綺麗に流していく。トルストイの原作を思わせるようなアクが好きな人には物足りないかもしれないが、最近ではこの曲もこのように洗練されて作られるのだなぁと実感。

 

2団体目はフランスのパリ音楽院で結成されたQuatuor Cavatineがシューベルトの9番(D. 173)とディティユーの「夜はかくの如し」を演奏。ヴィヴラートを抑制しながらも、力強い響きと骨太の構成感で、充実したシューベルトを聴かせてくれた。ディティユーはさすがにお家芸のように、ハーモニクスやグリッサンドの微妙な細部までそつが無い音楽を聴かせてくれた。

 

19:30から始まる夜セッションは、まずはNoga Quartetの登場。フランスとイスラエルの国籍を持つが、ドイツで結成されていて元アルテミスQのハイメ・ミュラーやアルバン・ベルクQのギュンター・ピヒラーに習っている。バンフは3年前の前回にも出場しているほか、2011年の大阪国際室内楽コンクールでも奨励賞を受けている。シューベルトの9番(D. 173)とリゲティの1番「夜の変容」を演奏。結成してから間もなかった3年前に比べると、アンサンブルも整ってきていて3年間の成長を感じられる演奏だった。響きの作りにくい環境で、リゲティの音量変化に難しさも感じたが、全体として充実感のある演奏を聴かせてくれた。

 

初日の最後はスイスのバーゼルで結成されて10年になるGémeaux Quartett。ヨーロッパを中心にアジアなどでも既に国際的に演奏活動を行っている団体だ。シューベルトの11番(D. 353)では音程に不安定な部分もあったが、全体の構成を綺麗に収めてくるのは既に積まれたキャリアを感じさせてくれる。バルトークの5番はメリハリのついた気持ちの良い演奏だった。もうバルトークなどの20世紀前半の作品は、若くても弦楽四重奏としてはスタンダート・レパートーになっていることを実感させてくれた。

 

ここでコンクールとしてのセッションは終了。22:00からはセンター内のバーで、コンクール世代よりもさらに若い10代のマスタークラス受講生などが、ハイドンの初見大会を行っていた。第1ラウンドの演奏を終えた団体や、審査員などがビールやワインを片手に弦楽四重奏の余興を楽しむのも、室内楽のコンクールならではの光景。

 

明日は一日かけて残りの6団体が演奏を行なう。弾く方も大変だが、一日聴き続ける審査員にも体力勝負が始まる。

 

 

(2013.8.26)

バンフ国際弦楽四重奏コンクール 1日目

 写真・文:茂工 欄

 

コンクール会場のエリック・ハーヴェイ劇場は戦前に建てられたバンフ・センターでも最も古い中核の建物。当然ながら現代のアコースティックとは異なり、参加弦楽四重奏にもうひとつの試練を課すことになる。

 

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バンフ便り(その2)

© 2014 by アッコルド出版

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