質疑応答の場面

池田菊衛&エリック・フリーゼン対話(3)

2013年8月28日バンフ・センターにて

 

 写真・翻訳:渡辺 和

 

第11回バンフ国際弦楽四重奏コンクール

11th Banff International String Quartet Competition

バンフ便り

エリック・フリーゼン

Eric Friesen


NPRやCBCラジオプロデューサーを経て、現在、クラシック音楽解説者として多くのコンサートシリーズや音楽祭のホスト役をつとめる。地元聴衆の反応は「Wow(わ、有名人)」。コンクール開催期間中は、朝のレクチャータイムの進行役、途中休憩での参加者インタビューを担当。

取材協力:第11回バンフ国際弦楽四重奏コンクール事務局/CBC Radio 2 & CBC Music

フリーゼン:皆さんの個々人の間の関係はどんなものでしたか。とても長い時間を一緒に過ごしたわけですが。


池田:それぞれの時代で少しずつ違っていました。ピーターがいちばん長く弾いたのですが、あの頃はお互いの心がある程度読めるようになっていて、コンサートの後に会場を出て夕食を取ったりビールを飲んだりして楽しんだりすることもあれば、ひとことも言わずにみんなバラバラな方向に帰ることもありました。それが自然なことだったのです。マーティンとクライブの時代は、随分と一緒におりました。簡単な理由で、彼らに私たちが必要だったからです。私たちはとても沢山話をしました。音楽のこと、コンサートで起きたこと、時には政治談義も。


フリーゼン:野球についても。


池田:いや、それは彼らとの話題ではありませんでしたね(笑)。ピーターとは野球の話をしましたけど。彼は実はクリケットをかなりやったのですよ。だから初めから、投げたり、捕球したり、打ったりは問題なく出来たのに、ヒットを打ったあとにどっちに走れば良いか知らなかった(笑)。(会場爆笑)あっちあっち、と教えなきゃなりませんでした。ですが、彼はちゃんと学んでソフトボールを楽しめるようになりましたよ。


フリーゼン:音楽の楽しさという要素はとても重要だと思うのです。39年間、同じレパートリーを何度も演奏し続けるのは、それが素晴らしいレパートリーだとしても、常に高い水準を保ち続けるのは大変だと思います。


池田:ええ、自分達がそうありたいと思い続けねばなりませんから。

 

フリーゼン:池田さんは教育活動にも非常に積極的ですね。セント・ローレンスQやインQも教えてらっしゃる。とても忙しいスケジュールの中で、若いクァルテットに向き合うのは大変だと思うのですが、どうして教えるのですか。


池田:信じられないかもしれませんが、私はここに審査員として居るわけですけど、同時に学んでもいるのです。沢山のシューベルトの素晴らしい演奏があり、みなそれぞれ全く違った風に再現している。それぞれの違いに、私は「へえ、なるほど、これは良いな」と思っています。そういう風に感じ、新しい発見をする瞬間が沢山あるのですよ。音楽家というものは、決して学ぶことを止めません。勿論、私もそうです。


フリーゼン:参加者から学んでいる、ということですか。


池田:そうですよ。


フリーゼン:ホントですか。


池田:ええ。


フリーゼン:では、セント・ローレンスのジェフやバリーがニキビ顔でやって来たときも、その彼らから学んでいた。


池田:はい、勿論です。私の教え方は、「こうやりなさい、ああやりなさい」というのではありません。私は生徒達に自分らのやり方を発見して欲しいのです。非常に屡々、私は生徒達に、ここはどういう風に感じてるの、ここはどういうことを考えてるの、と質問します。返答の中には、私を「なるほど、そうなんだ」と思わせてくれるものがいくつもあります。


フリーゼン:あなたが何かを発見しているんですか。


 

池田:ええ。

 

フリーゼン:へえ、つまり、あなたは教えているだけではない。


池田:生徒達が私を教えているのです。


フリーゼン:とはいえ、ここでは審査員として10の団体を聴いているわけですけど、坐って厳格にノートを取って、厳しく全ての失敗を見逃さず、彼らを判断し点数を付けねばならないわけですよね。


池田:微妙な一線があります。これらの若い団体を聴いているときには、批評家のようであらねばならない。ここはマズい、音程が悪い、揃ってない、ってメモも取ります。ですが、彼らがどうすればもっと良くなるか考えている。ですから、私のノートは殆どが疑問文なんですよ。彼らはどうしてこうやったのだろう、とか。ですから、クァルテットが私の考えを聞いてきたら、「これはダメです」とかじゃなくて、彼らの行なった選択とは別の考え方が出来るんじゃないかと言うでしょう。全ては選択の問題なのです。そして、間違った選択はないのです。ですが、屡々彼らは他の選択肢があることを知らず、私はそんな別の選択肢を示すことが出来る。


フリーゼン:世界を広げるわけですね。


池田:そうです、ちょっと違った方向に。

 

フリーゼン:世界といえば、池田さんがクァルテットを始めた頃と今とでは、世界は大きく変化しています。今、あちこちで教えていらっしゃるクァルテットを眺めて、彼らがやっていこうとする世界はどう違っていると思いますか。皆さんが経験しなかったことで、彼らが直面していかねばならないものはなんなのでしょうか。


池田:チャンスをどう作るかが大きな違いでしょう。まず、芸術家であるクァルテット奏者は、演奏家であると同時にマネージャーでもなければなりません。私たちが若い頃、私達にはマネージメントの感覚など全くありませんでした。


フリーゼン:マネージャーはおりましたよね。


池田:ええ、ですが、マネージャーには私たちが可能な限り上手に演奏することしか期待しませんでした。ところが今は、マネージャーは私たち演奏家が自分で主催者とコンタクトを取ったり、また呼んでくれるよう働きかけたりすることを期待しています。私たちはそんなことしたことありませんでした。そんなことが必要だと感じたこともありませんでした。

 

フリーゼン:クラシック音楽の世界は聴衆が高齢化し、市場が縮小していると言われますが、池田さんは将来には楽観的ですか、それとも悲観的ですか。


池田:私は楽観的ですね。恐らくパーセンテージは変わっていくのでしょうが、私は室内楽やクァルテットはなくなることはないと思っています。


フリーゼン:なくなるには偉大すぎる。


池田:それだけでなく、例えば日本では、聴衆の年齢層は全く違います。人々がある年齢になると時間が出来て、コンサートに足を運ぶようになる。新しい世代が常に入って来ているのです。最も重要なのは、子供達がコンサートに来ることに馴れることだと思います。コンサートに行き、経験し、そんなに酷いもんじゃないと感じること。(聴衆爆笑)その世代を育てるのは私たちの責任です。経済が悪くなると、芸術セクションは真っ先になくなりますね。カットは簡単ですから。この予算をカットしようと決定するのにかかる時間は10秒でも、そこで失われたものを取り返すのには10年かかる。政治家の皆さんは、決断にもう少し時間をかけていただきたいですね。


フリーゼン:今や池田さんは時間があるのだから、是非ともロビイスト活動を行なって下さい(笑)。

 

フリーゼン:審査員の皆さんに尋ねたいとずっと思っていたことがあります。昨日はロブ・キャペローのレクチャーで聴衆の重要さを語っておりましたが、審査員として座っていて、聴衆の反応が感じられますね。そういうものは審査に影響するのでしょうか。


池田:実は、さほどはありません。聴衆の反応で突然周りの状況に気付くことはありますが、参加者が演奏している間は集中していて、演奏が終わった瞬間に私の意見はほぼ決まっているのです。聴衆の反応がどうあれ、私の印象や評価のメモはもう書き終わっています。もう遅いんです。(聴衆爆笑)

 

フリーゼン:もう変わらないのですね(笑)。私に興味があるのは、コンクールで審査員と聴衆の意見が分かれることです。ここでも何度もそういうことがありました。日曜日の午後には、またそれが再現されるかもしれない。「審査員は何を考えているのだ」って思う人もいるでしょう。どうしてそういうことが起きるんでしょうか。


池田:そう、面白い問題ですねぇ…私は聴衆に同意するとかしないとかは考えていません。私には私の聴き方があります。恐らく、私の聴き方はちょっと違っているのでしょう。私のような音楽家は、学生であれプロの演奏家であれ、極めて聴き方が厳しくなります。

先日、私はマドリッドでベルリンフィルの演奏会に行きました。第9交響曲で、大喝采でした。ですが、ここだけの話、私はあの演奏がそれほど優れていたとは思えませんでした。技術的にみて、ということです。

その後に友人でもあるコンサートマスターやオーケストラのメンバーと夕食を取ったのですけど、彼らも私の意見と同じでした。ベストではなかった、と。

言い換えれば、私の耳にとって音楽を聴く上で最も重要な事の一つは音程なのです。本当に細部の音程を私は聴こうとしています。そして、「あ、これはちょっとマズいな」と思う。恐らく、聴衆の殆どはそれが聞こえないでしょう。要は訓練の問題なのです。私たちは訓練を受けている。勿論、聴衆が聴衆としての聴き方があり、その意見を演奏家に表明するのは良いことだと思いますよ。


フリーゼン:偉大な演奏家には偉大な聴衆が必要だ、という意見は。


池田:それは正しいと思います。


フリーゼン:そうでなければ、ビジネスモデルは崩壊する。


池田:そう。いくつかの団体は聴衆の反応を意識していて、いくつかの団体は自分らの世界を極めようとしていました。聴衆の反応の違いの大きな理由はそこにあるのでしょう。


フリーゼン:聴衆に反応し、コミュニケートしようとする弦楽四重奏もある。


池田:そうです。


フリーゼン:ルビンシュタインのように、ステージから最も美しい女性を探し、彼女のために演奏した、って。(聴衆爆笑)それが皆さんかは知りませんけど(笑)。

さて、これから池田さんはどうなさるんですか。

 

池田:年に100回のコンサートをすることがない他は、基本的に同じです。1年間に7回から10回の演奏会をし、39年の間、もっと弾きたかったヴィオラを弾けます。


フリーゼン:ヴィオラはお持ちなんですか。


池田:ええ。ただ、今の楽器はちょっとばかり大きすぎるので、もう少し小さい楽器が欲しいんですけど。ボストンのパーカーQとドヴォルザークの五重奏を何回か演奏することになっています。


フリーゼン:即興はいかがですか。


池田:やりたいんですけどねぇ。でも出来ないんですよ。バークレー音楽院にジャズの即興演奏に関する本を頼んだのですが、とんでもない間違いがあって、いつから学校に来るつもりなのかとメールで毎週尋ねてくる(笑)。私が何歳か判ってない。(聴衆爆笑)

 

フリーゼン:質問のある方は。


ハリー(ウィニペッグ):質問と言うより、長年の感謝と、ひとつ言いたいことがあります。私は、東京Qは3回聴いたことがあり、一度は私の提供するステージでした。数年前、ドビュッシーのとてもつまらない演奏を聴きました。1年半前、とても小さい会場で東京Qがドビュッシーを演奏するのを聴き、素晴らしくニュアンスに富み、とても美しかった。ですから、私はあなた方の演奏を忘れないように、また聴かねばならない(笑)。


池田:ありがとう御座います(笑)。


リンダ・ムーア(トロント):私はミュージック・トロントの定期会員を41年続けてきました。その間中、東京Qはいつもやってきました。私とすれば、ディレクターのジェニファー・テイラーのあのシリーズにあれほどの誠意を以て応えて(いただいて感謝します。皆さんの最後の演奏会での演目についてお尋ねしたいのです。バルトークの3番と6番、それにハイドンでしたね。で、6番で終わった。どうしてああいう演目になったのでしょうか。


池田:私たちはいくつかの場所でシリーズをやっています。ニューヨークでは、過去2年間、バルトークの弦楽四重奏曲を中心にしてきました。それに後期ハイドン、それにもう一曲、この演目に関連性がある作品を一緒に演奏したのです。バルトークの1番とシューマンとか。両方とも愛がテーマだと考えたからです。バルトークは愛していた女性ヴァイオリン奏者のために書き、シューマンは言うまでもなくクララでそのテーマが入っている。ドビュッシーの話が出ましたが、それもそういう選択の中で弾きました。ミュージック・トロントはいつもテーマがあり、バルトークとハイドンでした。残念ながらトロントでは2年でシリーズをやらねばならず、期間が短かったのです。それでバルトークの6番が。


リンダ:とても感動的な最後でした。


池田:そうでしたね。イェールのノーフォークでの私たちの最後のコンサートも、ハイドンの作品77の1で始め、バルトークの6番、それからドビュッシーでした。最初は私たちはバルトークの6番で終わるのが良いと思っていたのです。悲しい音楽で、最後は空虚感で終わります。私たちが今感じていることが表されると思った。ですがディレクターが、余りにも哀しすぎると言った(笑)。(聴衆爆笑)そしてドビュッシーを最後にしてくれと頼んできたのです。


コリー・カントゥ(バンクーヴァー):自伝を書く予定はおありですか。


池田:あああ…判りません(笑)。日本の音楽雑誌には書いているのですが、どうも文章は簡単な作業ではありません。いずれ自分の人生を振り返るに値する瞬間になれば、自伝を書くかもしれません。ですが、今の私は前を見ています。あなたのご希望を将来叶えられるかどうか、なんとも判りません(笑)。


フリーゼン:池田さんが前を向いているという言葉はとても嬉しく感じます。さて、そろそろお仕事に行かねばなりません。長い時間ありがとう御座いました。

 

 

 

 

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