ゴールデンウィークの喧騒が嘘のように、街が静かだ。
子供が大きくなり、連休に家族で出掛けることも少なくなった。
人混みが苦手なので、助かると言えばそうなのだが、
若干、寂しい気持ちがあるのも否めない。
 
そう言えば、『鉄ちゃん』の小学生のお弟子さんが、
連休中、家族で大井川鉄道のSLに乗りに行くのだと、
嬉しそうに話していた。楽しんできたかなぁ。
 
ピアノもヴァイオリンも勉強している彼は、
そのせいなのか、元々そうなのか、“音鉄”要素が強い。
先日のレッスンでも、フィオッコのアレグロの冒頭のモチーフ、
「(レ)ソレドレシ」の音の並びが、どこだかで使われている、
車内放送だか何だかのメロディの一部に似ていて、
だから、「この曲が好きなんだ」と言っていた。
マニアックな楽しみ方だが、それで練習が捗るなら万々歳である。
 
レッスンが終わると、電車の車両ごとの発車音の違いなどを、
ヴァイオリンで弾いて聴かせてくれたりもする。
心の師は“スギテツ”のお二人らしいが、彼自身の耳も、
それを彼なりに再現できる力にも、いつも感心する。
 
たまたま、京王線に乗るタイミングがあったので、
「一日音鉄」をやってみる。ホームで電車を待ちながら、
じっと、耳を澄ます。駅ホームの自動アナウンスが、
上り下りを男性女性で使い分けていることは知っていたが、
ドアの開閉チャイムにも区別があるし、加速音減速音も様々、
車掌さんのアナウンスも演奏家のそれのように個性豊かで、
その気になって聞けば、実に楽しく、面白い。
 
『絶対音感』習得の過程で生まれることのある弊害の一つ、
「いろいろな音が音名と共に襲ってくる病」も、耳に余裕があれば、
病ではなくなる、それどころか、だからこその楽しみを得られる。
なんでも心の持ちようということか。
なかなか達観できないけれど。
 
 
ということで、今回は“クラシックと鉄道”。
 
「ムリあるんじゃない?」…う~ん、そうかもしれない。でも、
ドヴォルザークやオネゲル、ヒンデミットは有名な『鉄ちゃん』だし、
指揮者の朝比奈隆氏は、運転士&車掌の経験がある鉄道マン、
柴田南雄氏も鉄道ファンで、鉄道模型の収集をしていたらしいし、
秋山和慶先生に至っては相当な鉄道マニア、逸話は事欠かない。
 
考えてみれば、旅先の風景やその異国情緒に心打たれて、
それを楽曲にしている作曲家は少なくない。だとしたら…。
 
ロンビ(1810-1874)の《コペンハーゲンの蒸気機関車のギャロップ》
「北のヨハン・シュトラウス」の異名を持つ、デンマークの作曲家ロンビ。
1847年に作曲されたこの曲は、停車していた汽車が発車の鐘と共に走り出し、
次の駅に停まるまでの様子を見事に表現している。
 
いわゆる“鉄道賛美”の音楽といえば、この辺りも。
ヨハン・シュトラウス2世(1825-1899)の《観光列車》op.281 。
1864年、オーストリア南部鉄道の開通式に霊感を受け、
同年開催された産業協会舞踏会のために作曲された曲。
 
ヨハン・シュトラウスⅠ世も、オーストリア蒸気鉄道の開通式を称えて、
1837年にワルツ《鉄道の愉しみ》op.89を書いているし、
その三男で、ヨハン・シュトラウスⅡ世の弟エドゥアルト(1835-1916)にも、
1869年オーストリア北部鉄道会社開業30周年記念舞踏会のために作曲した
《テープは切られた!》op.45という曲がある。
 
どれも聞いていて、何だかワクワクする。元気になる。
演奏する方もノリノリだ。(打楽器か笛、担当してみたいなぁ)
 
このシュトラウス兄弟だが、旅行好きだった訳ではないらしい。
ヨハン・シュトラウスⅡ世に至っては鉄道が嫌いで、
「もう一度列車に乗ってアメリカ旅行をする位なら殺された方がましだ」
と言ったとか言わないとか。
 
飛行機が嫌いな自分は、それを笑えない。
昔々の鉄道の姿を想えば、その気持ちは十分理解できる。
 
 
忘れもしない。中学生の時だ。仲のよかった同級生が、
新幹線【広島‐岡山間】開業記念のチケットがあるから乗ろうと誘ってくれた。
トンネルも多いし、これといって見せ場のない景色が続くし、
それでも興奮した、初めての新幹線。
 
高校時代、東京の師の自宅へレッスンに通えたのも、
新幹線(&寝台特急あさかぜ)があったからこそ。だから、
今でも、新幹線は大好きだ。W7系、カッコいいよねっ。
でも、私にとっての新幹線は、やはり“O系”。
クリクリお目々のデカ鼻新幹線。ホント、かわいい。
 
当時は、ゲームやケータイのような暇つぶしの道具なんてなかったから、
駅弁(‼)を食べ、本を読み、後はおやつ片手にずっと景色を眺めていた。
広島-東京間6時間近くかかっていた気がするが、全く苦ではなかった。
その新幹線も、今や単なる移動手段。味気なくしているのは自分か。
 
18世紀後半、産業革命で蒸気機関の動力が発明され、
19世紀初頭から蒸気機関を用いた鉄道の研究・開発が始まり、
イギリスで初めて登場した鉄道は、急速に欧米各地へと広がる。
 
延々続く鉄の線路。圧迫感すら感じるごつい汽車。
それが轟音を立てて疾走する姿を見ようものなら、
『鉄ちゃん』じゃなくても興奮したに違いない。
そうして生まれる、鉄道LOVE💛の楽曲。
ただ、その機動力の増強は、戦争の拡大にも繋がって…。
 
 
こちらは、ピアノ演奏の技術力拡大に繋がった?
アルカン(1813-1888):(ピアノのための)練習曲《鉄道》 op.27b
「アルカンは『機械のスピードと詩情への賛美を表明した最初の作曲家』である」
 
ダンディ(1851-1931):交響組曲《海辺の詩》から『緑の水平線,ファルコナーラ』(1921)
「そのリズムからはアドリア海に沿って走る蒸気機関車のドラフト音が確かに聞こえてくる 」
 
ヴィラ=ロボス(1887-1959):ブラジル風バッハ第2番(1933) 第4曲『カイピラの小さな汽車』
「走行中の客車の中でインスピレーションを得て書き上げた」
 
オネゲル(1892-1955)の《パシフィック231》(1923)
「231」は車軸配置を示す数字だそうだ。さすが「鉄オタ」オネゲル。
「私は常に蒸気機関車を熱愛してきた。私にとって機関車は生き物なのであり、他人が女や馬を愛するように、私は機関車を愛するのだ」
 
ライヒ(1936-)の《ディファレント・トレインズ》(1988)
アメリカ生まれのユダヤ人作曲家スティーヴ・ライヒが書いた曲。
「もし、ユダヤ人である自分があの時代にヨーロッパにいたらどうなっていただろうか?おそらく、強制収容所行きの全く違う汽車(Different Trains)に乗ることになっていたのではないか?」
 
鉄道模型にはまっていたというヒンデミット(1895-1963)、
夫人のために書いた《Stuecke fuer Kontrabass solo》の楽譜には、
「5番線、12時13分発」「3分間停車」「12月25日と2月29日は運休」といった書き込みが沢山ある。
語りを入れての演奏? 一度聴いてみたい。
 
イベール(1890-1962):交響組曲《パリ》の第1曲『地下鉄』
グローフェ(1892-1972):《デス・ヴァレー組曲》の第2曲『1849er. Emigrant Train』
プーランク(1899-1963):《散歩》の第8曲『鉄道で』
それから、それから。
 
どれも鉄道描写を基本にしているから、曲想は似ていると言えば似ている。
でも、よく聴くと、作曲家の感動ポイントが見えてきて。
面白い。お好きな方はぜひ、さらなる掘り出しを!
 
 
“鉄道オタクの作曲家”認知度ナンバーワンはドヴォルザーク。
「『ユーモレスク』の楽想は汽車に揺られている時に思いついた」というのは有名な逸話。
 
「1877年以降住んだプラハのアパートは駅からほど近く、毎朝の散歩の際にはこの駅を訪れることを日課にしていた」
「作曲に行き詰まると散歩に出掛け、汽車を眺めて帰ってきた」
「列車の時刻表や番号、運転手の名前までも暗記していた」
「ある日鉄道の通過音に異常を感じ車掌に報告、その車両から故障個所が見つかった」
「鉄道が遅延した時、何故か駅員に代わってお客に陳謝していた」
 
ホント? 極め付けの逸話がこれだ。
「プラハの音楽院で教えていた頃、日課の駅見学が仕事でできない時は、自分の弟子で娘の恋人であるスーク(ヴァイオリニストのスークの孫で作曲家)に様子を見に行かせていた。ある日新しい機関車がデビューするという話を聞きつけて、そのスークに製造番号を確認させに行かせたが、彼が間違った番号を報告した為、激怒。娘に『こんな基本も分からないウスノロとお前は結婚するつもりか!』と本気で結婚を反対した」
 
二人は無事に結婚できたらしいが、それにしてもドヴォルザーク…。
「本物の機関車が手に入るのだったら、これまで自分が作った曲のすべてと取り替えてもいい」
 
『新世界』の4楽章冒頭を、汽車の発車音の再現と考える人も。
そんな風に言われると、というか、そのオタク度を知ると、
ドヴォルザークの曲のあちらこちらが「それっぽい」音に聞こえてくる。
ああ、ダメだ。16分音符の刻み全てが走行音に聞こえてきた。
いかん、いかん。耳が鉄色に染まってきたぞ。
 
 
考えてみれば、小さいときから『プチ鉄子』だったかもしれない。
旅行好きの父の影響で、時刻表は読書の対象だったし、
鮎川哲也や津村秀介、西村京太郎、もちろん松本清張、
クロフツやアガサ・クリスティの鉄道絡みの作品は大好きだった。
 
ある日、父が「この本、面白いよ」と差し出したのが、
―内田百閒 『阿房列車』
いわゆる“紀行文”かと思って読めば、少し様子が違う。
物見遊山でも観光でもなく、「汽車に乗るため」の旅行。
 
最近読んだ百閒の別な本には、こんな文章があった。
「僕のリアリズムはかうです。つまり紀行文みたいなものを書くとしても、行つて来た記憶がある内に書いてはいけない。一たん忘れてその後で今度自分で思ひ出す。それを綴り合はしたものが本当の経験であつて、覚えた儘を書いたのは真実ではない」(『百閒座談』三省堂)
 
昔、先生に言われた言葉を思い出しだ。
「勉強したばかりの曲の演奏は浅くなりがちだ。寝かせて熟成させて弾け」
 
“旅”も、“鉄道”も、“鉄道ファン”も深い。
どうやら『鉄子』も『鉄系アーティスト』も、一生名乗れそうにない。

 

ヴァイオリン弾きの手帖

ヴァイオリニスト、ヴァイオリン教師 森元志乃

第112回

ようこそ、鉄子の部屋へ。

H. C. Lumbye - Kopenhagener Eisenbahn Dampf Galopp

E. Strauss. Polka Bahn Frei Op.45. 

Alkan's "Le Chemin de Fer" (audio + sheet music)

ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」第4楽章 小澤征爾指揮ウィーン・フィル

Vincent d'Indy Poème des rivages Part III

Bachiana Brasileira Nº 2 de Villa - Lobos.

Honegger - Pacific 231

Steve Reich - Different Trains

Jacques Ibert: Suite Symphonique "Paris"

FERDE GROFE - Death Valley Suite, 

Francis Poulenc. Promenades (10:20~)

*参考

[動画]

杉ちゃん&鉄平 「ダブル・コンチェルト 寝台特急 月光」

[CD]

*スギテツ:走れ! 夢の超特急楽団~Super Express 50th Anniversary Album

東海道新幹線開業50周年(2014年時)記念して、鉄道とクラシックを融合させた音楽を奏でるデュオ“スギテツ”(ピアノ・作編曲家:杉浦哲郎、ヴァイオリン:岡田鉄平)が中心となり、JR東海の社員で構成される吹奏楽団、JR東海音楽クラブほか様々なアーティストとがコラボ。

 

*鉄オタクラシック/オーケストラ曲編

鉄道にちなんだオーケストラ曲を集めたアルバム。名だたる作曲家たちがオーケストラで機関車を描写したもので、大半が世界初録音。古くは19世紀半ばのものから新しいところではバーンスタイン作品まで多種多様。

© 2014 by アッコルド出版