クラシックCDのジャケットデザインも、昨今、
洗練さ&お洒落度が増し、目を引く素敵な感じのものが多い。
(特に「ソリストこっち向いてド~ン」的パターンのものは。)
かといってCDを選ぶときは、やはり演者優先、
「このジャケットいいな」と思っても、それで選んだりはしない。
 
しかし。コレクションに一枚だけ「ジャケ買い」したCDがある。
一目惚れの勢いでポチッとした後、知る。まさかのピアノ(笑)。
いや、まあそうだろう。アレクサンドル・タロー のクープラン集。
このジャケット、見ようによっては少し不気味?
でも。美しい。人の手って、美しい。
 
そう言えば、ごく稀にピアニストやヴァイオリニストの手指を、
「白魚のような」と表現しているのを見聞きすることがある。
この言葉に触れる度、若干の引っ掛かりを感じていたのだが、
突っ込むほどのことでもないと右から左へ受け流していた。
 
白魚って「あれ」だよね…、頭に浮かぶ絵は“生シラス丼”(笑)。
あ、でも、生シラスと白魚は違ったような?
気になり始めると寝られない。ええい、調べてしまえ。
 
―シラス(白子)はイワシ・イカナゴ・ウナギ・アユ・ニシンなどの(半)透明の稚魚
の総称。よく口にするのはイワシ類の稚仔魚。シラウオやシロウオとよく混同され
る。
 
―シラウオ(白魚)はシラウオ科に分類される魚の総称。成魚は全長10㎝ほどにな
る。体は半透明で細長いが後ろに向かって太くなり尾ビレの前で再び細くなる楔形の
体形。早春の味覚で、天ぷらや卵とじなどにする。
 
―シロウオ(素魚)はハゼ科に分類される魚の一種。透明な体の小魚で日本や朝鮮に
分布。成魚は全長5cmほど。細長い円筒形の体形。これも早春の味覚として知られ、
寿司種や踊り食いなどで食す。
 
とにかく、白魚君のお仲間はみな「細長くて半透明」だと。
だから、“白魚のような指”=女性の白くてほっそりした指。
 
どうしてだろう、どこかで勝手に、
「しなやか」というイメージを足している自分がいた。
そうありたいという願望かなぁ。
 
 
自分の中では、ピアニストの手の方がより「白魚感」があるのだが、
それはきっと演奏中の、グッと開いたときの指のスッとした見た目や、
しなやかで伸びやかな動きが、そう見せているのではないかと思う。
 
ヴァイオリン弾きの手は、右手は比較的指が長く見える持ち方だが、
左手は手を握った状態に近い見目だから、若干「白魚感」が薄い。
 
それでも、女流ヴァイオリニストの手は、男性のそれより、
指も細く長く見え、十分に「白魚」である。じゃあ、
男性の左手はどうかと言えば、…かなり個人差がある。
魔法の杖で宙に呪文を書いているかのように見える人もあれば、
子ネズミが地面を駆け回っているように見える人もいて。
 
ヴァイオリン弾きとして、褒めてもらいたいのは、
実のところ、「細くて長い」指ではない。
どうせ褒めるなら、ここを褒めてほしい。どこ?
それはやはり、「しなやかさ」。
 
「ヴァイオリニストになるために、一番必要なものは何か?」
そう尋ねられたら、その答えも同じだ。
 
柔軟性は何より大切だ。心にも体にも。
 
ヴァイオリニストは一人では生きていけない。
人に育てられ、人に支えられ、人と関わって生きていく。 
そうして人と共に生きるためには、何より心の柔軟性が必要だ。
 
それは、社会的な意味でもだが、より必要なのは、
音楽的な部分での関わりにおいて、かもしれない。
 
音楽はその人の心の、感情の、思想のコアにあるもの、
そういった深い部分で、人と(思い切り他人だ!)折り合い、
ときには譲り譲られ、ときには多少の我慢も必要で、
好きでもない人と、心の密な関係を築かねばならないこともある。
 
だから、必要なのだ。
折れない心が。
 
 
そして、「しなやかな手」「しなやかな指」。
 
手指がしなやかに自由に動く、それは、
30もの細かい関節と50以上の筋肉がタイアップして、初めて可能になる。
柔軟性、独立性、可動域、俊敏性、瞬発性、結果としての運動能力。
 
柔軟性は主に筋肉の、独立性は主に神経の、可動域は主に関節の、
運動能力は総合的な能力の問題だ。ヴァイオリン演奏においては、
相当なスピードでの作業も要求されるから、効率も考えねばならない。
 
柔軟性。これは大きく二つに分けることができる。
 
―『静的柔軟性』=動きを伴わない柔軟性で、一般に「身体の柔らかさ」と言われる
もの。
 関節または関節群の運動可能範囲、最大可動域などが焦点となる。
 一般的なストレッチは、この静的柔軟性を高めるために行なう。
 
―『動的柔軟性』=静的柔軟性の可動域内での「動きやすさ」をいう。
 身体の関節や筋肉が自由自在に伸び縮みする、いわゆる「動きのしなやかさ」が焦
点。
 
身体の柔らかさに関係する骨格筋(=運動に関与する筋肉)、
この骨格筋は、筋束が一つの筋肉を形成している。
この筋束は更に細かい筋繊維に分けられ、入れ子状態になった筋繊維が
互いにスライドすることによって、全体で伸びたり縮んだりする。
 
これをあまり使わないでいると、癒着したような感じになるらしい。
曰く、「湿気た素麺の束が麺同士でべったり貼り付いてほぐれなくなったような感じ」…分かりやすいが、あまり想像したくはない。
しかも人は、「使えなくなった筋肉をカバーして他の筋肉を代用する」のだと。
 
これは、関節の使い方にも繋がるところがあって、例えば、
指の硬い人は手首を、指も手首も硬い人は肘を使って、といった具合に、
今ある何か、今できる方法だけで解決しようというきらいが、人にはある。
実際、何とかはなる。でも、効率的ではない。使えるものは使いたい。
 
また、考えるべきは、可動域である。
とかく、左手は上下動に意識が集中しがちだが、
拡張といった「線」上での可動域拡大はもちろんのこと、
「面」としての可動域も十分に考えるべきである。
 
上げる・下げる、広げる・狭める、そして、伸ばす・縮める。
可動域の拡大は、身体的な(手が小さいといった)問題の解決に繋がることもある。
大きく動けるようになれば、それは演奏の伸びやかさにも繋がる。
 
弾性もまた重要である。注目すべきは腱。
筋肉の両端には腱があり、その腱を介して骨と繋がる。
「腱は硬いゴムのような材質で出来ている弾性体で、腱自体は筋肉のように能動的に
収縮して力を発揮することはできないが、伸ばされると弾性力を使って縮むという受
動的な力を発揮する」
 
パワーとしての力は筋肉が生み出すが、
骨を引っ張る力や速度は、「筋―腱複合体」のそれと一致するのだと。
この弾性力を上手に使えば、「バネのある動き」を得られる。
 
ちなみに、指の腱の弾性を実感できるのが『でこピン』。
力の溜まる感じ、そのエネルギー、バネ感、生まれるスピード、
加減の違いで感覚も結果も異なり、なかなか楽しく面白い。
 
『速い運指』には「指を上げるスピード」が不可欠だが、
下ろす動作よりも鈍くなりがちで、苦手に感じる人も多い。
日常的に「速く指を上げる」場面があまりないからかもしれない。
仕組みは違うが、そのスピード感は『でこピン』で体感できる。
 
上手くいかないと、つい力で問題を解決しようとしてしまうが、
その行為が、音や音楽を壊す危険性が大であることは明白だ。
俊敏性や瞬発力の獲得ということを考えると、こういった、
「溜める」→「解放する」という作業もマスターしたいものだ。
 
 
ピアノには『鍵盤の重さ』という、生まれながらの縛りがある。
それは、上手く使えば武器にもなるのだろうが、失敗例も多々聞く。
きっと両刃の剣なのだろう。聞けば、鍵盤の重さは、
ダウンウエイト(鍵盤の手前におもりをのせてゆっくり沈み始めるときの重さ)が軽く
ても50g前後、アップウエイト(おもりを鍵盤手前に静かに置いて鍵盤を下げ手を離し
たときに静かに鍵盤が上がってくるときのおもりの重さ)も19g+と書いてある。
 
「モーツァルトの時代の鍵盤の重さは28g」なんて記述が。
ピアノの前身である楽器から考えれば、ピアノの形態変化は、
ヴァイオリンのそれとは比べ物にならない。同時に、
奏法が大きく変わったであろうことは想像に難くない。
 
それやこれやで、ピアノの方が指を痛めやすい。
などと他人事のように考えがちだが、実は、
ヴァイオリンの弦の張力、侮れない。また、
弦を「(常に)しっかり押さえなければいけない」という
間違った認識も侮れない。誤った練習で、
手を痛めるヴァイオリン弾きは少なくないのだ。
 
ピアノは、打鍵のスピードが音色を変えるのだと、そして、
クリアな音を出すためには「勢いよく」指を下ろすことが必要で、
そのためには『距離』が必要なのではないかと勝手に思い込んでいた。
 
が、「指を伸ばして弾く」ことで有名なホロヴィッの映像を見ても、
伸ばした指を高いところから叩き下ろす、などということはしていない。
その距離、概ね2㎝ほど。指を鍵盤に乗せたまま弾くことも少なくない。
それでもクリアな音が出ている。単純に『距離』という訳ではない、と。
 
ピアノですら、そうなのだ。ましてや。
ヴァイオリンの運指、必要以上に指を高く上げる必要はない。
 
ただし、「高く上げてはいけない」ということではない。
指を高く上げることで、タイミングを計ったり、
指の独立意識を高めたり、指をリラックスさせたり。
他の指の邪魔にならないように上げることもある。
 
何事も“使い方”である。
 
 
ヴァイオリン弾きの指に必要なのは、決して“パワー”ではない。
では、筋力が要らないのかと言えば、そうではない。
 
―「技は力の中にあり」大山倍達
 
動きを生み出すための「力」。
動きを支えるための「力」。
 
華奢な女流ヴァイオリニスト、手指は「白魚のよう」でも、
腕に触れれば、そこには太く、生きた筋肉がある。
 
「筋肉や腱というエンジンのハード面の能力」
「それを使いこなす神経制御というソフト面の能力」
 
柔軟性を作るためのストレッチ。
筋肉を鍛えるためのトレーニング。
運動能力を高めるためのエクササイズ。
 
シュラディックやセヴィシックを使って練習をするとしよう。
何を目的として、どういう練習をするのか。
・筋肉を温め解す(=ウォームアップ)ために練習しているのか。
・可動域を広げるために練習しているのか。
・必要な筋肉を作り、鍛えるために練習しているのか。
・独立性を高め、運動能力をあげるために練習しているのか。
 
どの課題を、どの量、どの速さで、どの位の時間、練習するか。
パーソナルトレーナーがいないのなら、自分で考えるしかない。
 
日常の運動で、関節や筋肉の柔軟性や可動性は維持されている。
しかし、ヴァイオリンの演奏には、日常的でない動作が多い。
練習時間が十分に確保できれば、「ヴァイオリン弾きの身体」を作ることができる。
だが、多くの人は時間に制約がある。だとすると、
楽器を持てない時間の、楽器のためのストレッチは有効だろう。
 
ところで。
自身の身体の柔軟性を知るには、「円運動」を行なうのがいいそうだ。
指だけで小さな円を描く、次に手首を使って少し大きな円を描く、次に…。
右手で。左手で。右回りに。左回りに。
ぎくしゃくしたり、楕円になったり、思う大きさで描けなかったら。
 
そのときはぜひ、柔軟性を追求して頂きたい。
それが技術の向上に繋がること、そして音楽も豊かになること、
これは、確実に保証できる。
 

 

ヴァイオリン弾きの手帖

ヴァイオリニスト、ヴァイオリン教師 森元志乃

第111回

しなやかに、たおやかに、

なんだ!この左手は!

(音が気になる方はサウンドオフで)

Heifetz in slow motion (with added sound)

なんだ!この右手は!

Gypsy violinist Roby Lakatos

これだけの動きでクリアな音が出るんだ…

Vladimir Horowitz

なんだ!この指は!

THE ART OF FINGER DANCING | PNUT

参考に(無理はしないで!)

Essential Hand Stretches for Guitarists

© 2014 by アッコルド出版