Roland Daugareil Interview

ロラン・ドガレイユ

インタヴュー

祖父は高級家具職人

 
船越
ドガレイユさんとヴァイオリンとの出会いについてお聞かせください。
 
ドガレイユ
私は18世紀からの伝統を持つ、フランス南西部の高級家具職人(アンティーク家具などの修復)の家庭に生まれました。
 
私の祖父は戦後、パリ・オペラ座(ガルニエ宮)内部の木の装飾彫刻の修復を任されたこともありました。祖父は音楽愛好家でしたから、私の音楽との出会いは彼のお陰と言ってもよいかもしれません。
 
息子は家業を引き継ぐという慣習から、私も一時は同じ職業を目指そうと考えました。一方で、弦楽器製作家——同じく『木』の芸術ですね——になろうと思った時期もあり、これがヴァイオリンへ向かうきっかけとなったのです。
 
このように、若い頃はいくつかの職業の間で揺れ動きましたが、22歳で私はパリ・オペラ座管弦楽団のコンサートマスターに就任しました。
 
当時、祖父はまだ元気でしたから、自分が修復作業を行なったオペラ座——すばらしいシャガールの天井画も有名です——で、孫の私がコンサートマスターとして演奏することを非常に喜び、感激してくれました。背景にはこのような家族のストーリーもあったのです。
 
 

最大の喜びとは

 
船越
ドガレイユさんは、現在のパリ管弦楽団以前にも、オペラ座、フランス放送フィルと、パリの主要オーケストラ4楽団のうち、実に3ヶ所においてコンサートマスターを歴任されていますね。
 
ドガレイユ
フランスだけでなく、スイス・ロマンドなど、国外でのオーケストラでもゲスト・コンサートマスターとして頻繁に演奏し、これらの経験は、アメリカやヨーロッパ各国のオーケストラの状況を学ぶことにつながりました。
 
ジュリーニの依頼で彼の演奏旅行に同行したこともあります。今では考えられないことですが、当時はシュトラウスの作品など重要なヴァイオリンソロがあるような場合、指揮者が招聘先に自分の信頼するコンサートマスターを連れて行くといったことも、よく行なわれていましたから。
 
船越
オペラとシンフォニーでは、コンサートマスターの役目としてどのような違いがあるのでしょうか。
 
ドガレイユ
私にとっては、それぞれの仕事の特性がもたらしてくれるものが大切なのであって、どのように違うかとか、そういう風に考えたことはありませんし、重要なことだとも思いません。
 
私が若かった当時は、ソリストとしてのキャリアはひとつのレッテルであり、他の分野での活動は限られてしまいました。しかし、協奏曲、交響曲、オペラ、室内オーケストラ、カルテット、レコーディング、指導……音楽活動は多彩で、どれをとっても人生を豊かにする経験ばかりです。限られた分野にとどまることはあまりにも残念だと思います。
 
それぞれ個人の選択ともいえますが、私にとっての『喜び』とは、最大限に幅広く音楽と共存することなのです。そのために、意識的に数年ごとにポジションや国を変えながら、いろいろな国の音楽界、オーケストラや教育現場に関わるようにしてきました。
 
 

巨匠達との共演から

 
船越
コンサートマスターとしての思い出の中で、特に心に残っていることは?
 
ドガレイユ
1983年、パリ・オペラ座で行なわれたメシアンのオペラ『アッシジの聖フランチェスコ』の初演でしょうか。このとき、私にとって最も偉大な指揮者のひとりであるセイジ・オザワと出会いました。
 
私の幸運は、コンサートマスターというポジションのお陰で、若い頃から数々の世界的指揮者と共に演奏できたことです。オーケストラのリハーサルの合間に、カラヤンやショルティにコンチェルトを聴いていただいたりもしました。
 
スターン、メニューインといったヴァイオリンの巨匠にもレッスンを受けましたが、それよりも指揮者から音楽的なアドヴァイスを受けた経験の方がずっと多いのです。ここから得たものは計り知れません。
 
楽器奏者の演奏は『独り言』になりがちですが、音楽は最低限でも常に『対話』から成り立っているはずです。
 
指揮者の音響に対する感性は、色彩感覚の豊かな画家のようです。彼らは楽器演奏家とは異なった視点、すなわち楽器の演奏技術でなく、音楽そのものを尊重する耳を持っているのです。 
 
 

画一化の原因と対策

 
船越
近年オーケストラの音色の国際色が薄くなり、画一化してきたと言われますが。
 
ドガレイユ
そのように言われ始めて久しいですが、それは同じことがソリストにも当てはまるからではないでしょうか。
 
スペインのカザルス、ロンドンのメニューイン、ロシアのオイストラフ……往年の巨匠たちの音色には、すぐに誰が演奏しているか聴き取れるほどの個性がありました。
 
スターンがキャリアをスタートさせたのは、彼が30歳の頃です。当時のソリストはもっと尊重され、自分を成長させるために年月を費やすことが許されていましたが、今となっては消費時代です。現代では、18歳から25歳までに完成していなければ遅すぎる……という風潮になってしまいました。
 
しかし、この年代では経験も浅く、また精神的にも成熟していません。国際コンクールの受賞者レヴェルの人でさえも、プログラムを練習し始めるとき、速く仕上げるためにいくつか録音を聴いてそれを真似する……という手段を取ってしまうのです。出来上がるのは既存の演奏のきれいなコピー……。
 
これが、ソリストの演奏も画一化している原因のひとつでしょう。そして、個性的な演奏を目指そうとすれば、カリカチュア的なものになってしまうのです。
 
船越
そのような傾向と戦うために、指導者は何をすればよいのでしょうか?
 
ドガレイユ
一般的なクラシック音楽の技術レヴェルは非常に高くなりましたし、またCD録音の完成度の高さも、聴衆の耳を『完璧』な演奏に慣らしてしまいました。ですから、ライヴ演奏でも、聴衆はその完璧さを当然のように求めてしまいます。そこで演奏家は、まず整った正確な演奏を自分に課し、そこをクリアして初めて音楽のことを考えるようになってしまいました。自由さ、大胆さ、ファンタジーからこそ生まれる『感動』以前に、技術的な確実さを優先するという、デフォルメが起きてしまったのです。  
 
まず、オリジナル楽譜(原典版)を使うことが大切です。私のレッスンでは、最初は指示無しで、録音も聴かず、まず生徒に演奏で自分の考えを表現してもらいます。それから、私自身が生徒の個性に適応しつつ、よい点を伝え、また問題点に関しては、その理由を説明します。このように時間をかけて、基盤となる音楽への考えを生徒から引き出していきます。
 
また生徒に実際に楽譜を歌わせ——声は楽器として最も自然ですね——どこで呼吸をし、どのようにフレーズをオーガニゼーションするかを考えさせています。弦楽器では、ボーイングのせいでフレーズが細切れにされることがありますが、歌うことでレガートやフレーズの大きなラインが理解できますから。
 
そして、理想的な音楽にふさわしい奏法を、ヴァイオリンという楽器を通して模索する、という順序で進めます。まずテクニックの問題の解決、その次にテクニックが及ぶ範囲で音楽的探求……これでは本末転倒です。音楽家は『音楽』のために存在するのであって、決してその優先順序が逆になってはなりません。
 
私の学んでいた時代は、皆がもっと謙虚に音楽と対峙していたと感じます。私自身、往年の巨匠に教えを受けてきました。そこから得たものを生徒たちに伝えたいと思っています。    
 
 

教育システム・留学について

 
船越
パリ国立高等音楽院でも多くの若いヴァイオリニストを育てられていますね。
 
ドガレイユ
日本も含め、現在では音楽学生のレヴェルは非常に高いものですが、それだけでなく、教育者のレヴェルも非常に高くなりました。
 
パリ音楽院で、私は、アシスタント教授として、スザンヌ・ゲスネールとクリストフ・ポワジェという二人のすばらしいヴァイオリニストに恵まれています。
 
彼らは子供たちの指導も行なっています。パリ音楽院の私のクラスに入学するフランス人の生徒の大半は、彼らの指導を受けてきた人たちです。私は準備期間にどのようなレッスンが行なわれてきたかを把握しているわけです。
 
私のクラスを例にとりますが、日本、韓国をはじめベネズエラ、アメリカ、そしてヨーロッパ各国からの留学生も多く、学ぶ環境としてとても国際的です。いろいろな国籍の若いヴァイオリニストたちと出会い交流することも、貴重な経験であると思います。
 
数年前、ヨーロッパ内の大学システム統一への改革(学士・修士・博士)が実施されました。そのために、パリ音楽院入学のためにもある程度のフランス語のレヴェルが要求され、外国人留学生にとっての壁になった時期もありますが、これも緩和される傾向にあります。
 
しかし、せっかく留学してきても、最初の一年が語学のせいで成果が上がらないようでは、あまりに残念です。留学を考え始めるころから、語学面でもしっかりと勉強されることをお勧めします。そうすれば、留学先でもスムーズに馴染めるでしょう。私の日本人の生徒さん方は、留学前にきちんと準備をなさっており、こちらに来られてからも皆さんが迅速に進歩しました。    
 
船越
日本にいながら、マスタークラスで欧米の著名教授のレッスンが頻繁に受けられる時代になりました。やはり、留学をお勧めになりますか?
 
ドガレイユ
マスタークラスでのレッスンは、単発であっても音楽への考え方において常に得るものがあり、また興味を感じる分野や、自分にあったレッスンアプローチを発見する機会にもなります。
 
また留学を考える方にとっては、マスタークラスの経験が決断のきっかけとなる可能性もあるでしょう。ヨーロッパに実際に留学し、クラシック音楽が生まれた地の空気を実際に吸うことは、音楽家にとって全く異次元の体験ではないでしょうか。
 
余談ですが、私の故郷バスク地方には、ラヴェルの生家があるのですよ。勿論フランスに限らず、作曲家が生きた地をぜひ自分の目で見てほしいと思います。異文化の多彩さに触れることは、豊かな精神や人間性を育てます。
 
日本では、ドイツを留学先に選ぶ学生さんが多いように思います。これは私の個人的な見解ですが、日本の緻密で几帳面な音楽教育は、ドイツのそれと共通点が多いと感じます。ですから、日本の方は、ドイツでの研鑽からそれほど電気ショック的な刺激を受けないのではないかと思うのですね。一方、フランスやイタリアといったラテンの国の雰囲気からは、違ったものが得られるのではないかと思うのですが……。
 
日本のすばらしい先生方にアドヴァイスを受けてください。先生は常に、どのように生徒を導くことがベストかを考えていますから。でも最終的には自分で考え、自分で決断することが大事です。
 
船越
今、東京藝術大学では、世界最高水準レヴェルでの教育活動を充実させるべく、世界での日本人学生の活躍を促進するプロジェクトが進められています。その一環として海外の教授をより頻繁に招聘することになったそうですが、ドガレイユさんは「海外一線級アーティストユニット」の世界トッププレイヤー教授陣のひとりとして、これから藝大に定期的に来られますね。
 
ドガレイユ
これは学生にとってすばらしいプロジェクトです。
 
2、3日の単発のマスタークラスでは短すぎますが、数ヶ月に一度のペースでレッスンができるのであれば、生徒と継続した関係を築くことができ、教授側としてもより実りのある指導ができます。まだ留学するには早い生徒さんにとっても、マスタークラスでヨーロッパの音楽界を垣間見ることが、将来設計にもつながるのではと思います。
 
世界中を容易に移動できる時代となりました。これほど優秀な日本の若い音楽家が多いのですから、臆することなく、もっと世界を股にかけて活動することを考えられてもいいのではないでしょうか。」
 
船越
今日はご多忙にもかかわらず沢山のお話をありがとうございました。
ソリストとしての名声だけでなく、パリ管弦楽団のコンサートマスター、
そしてパリ国立高等音楽院の教授としても著名なロラン・ドガレイユ氏の独占インタヴュー。
 
全ての職業が時の変遷の影響を受け、音楽分野も例外ではない。このスピード時代に、自分を見失うことなくどのように音楽と向き合うか、
 
一方、国際的な移動が便利になった今だからこそ、精神を豊かにするべく世界へ羽ばたく意義など、若いヴァイオリニストにとって示唆に富むお話が展開された。(2015年9月 パリ・フィルハーモニーにおいて取材)

インタヴュアー:船越清佳

(ふなこし さやか・ピアニスト・パリ在住)

Roland DAUGAREIL ロラン・ドガレイユ

 

芸術に造詣の深い一家に生まれ、幼い頃から音楽に才能を発揮する。ジャック・ティボーの妻でヴァイオリニストのノエラ・クザンに見出され、9歳の時ボルドー・アキテーヌ国立管弦楽団との共演でデビュー。天才として各地新聞に取り上げられ、また多くのテレビ出演を果たす。

 

ピエール・ドゥーカン、ユーディ・メニューイン、シャーンドル・ヴェーグ、ジョゼフ・ギンゴールド、アイザック・スターンの各氏に師事し、パリ国立高等音楽院を首席で卒業後は、ストレーザ、ロンドン、ナポリ(Curci)、ベルグラッド、シオン(Varga)他多くの国際コンクールで優勝。国際的な活動を始める一方、22歳の若さでパリ国立歌劇場管弦楽団のコンサートマスターに就任する。

 

ソリストとして、P.ブーレーズ、Z.メータ、Sir G.ショルティ、H.Vonカラヤン、小澤征爾 C.Vonドホナーニ、W.サヴァリッシュ、C.M.ジュリーニ、L.マゼール、B.ハイティンク、C.エッシェンバッハ、P.ヤルヴィ、R.シャイーらの指揮者と世界各地で演奏。

 

室内楽ではラヴェル・カルテット、サルトリー・トリオを創設、またC.エッシェンバッハ、H.グリモー、J.M.ルイザダ、B.カニーノ、J.ルヴィエ、M.ラベック、Y.バシュメット、ランラン、 P .ドヴァイヨンらと共演。録音活動にも意欲的で、これまでにメンデルスゾーン、ブルック、ブラームス、モーツァルト、サン・サーンス、ドヴォルザーク、パガニーニのコンチェルト、ラロのスペイン交響曲、ショーソンの詩曲、ラヴェルのツィガーヌ、その他多数の室内楽曲を録音している。

 

これらの功績により、国家功労シュヴァリエ勲章、パリ市勲章、ダリウス・ミヨー賞を受賞。JLゴダールからヴェネチア国際映画祭で〈金獅子賞〉を受賞した「カルメンという名の女」の制作のために指名される。

 

フランス放送フィルなどを歴任し、現在パリ管弦楽団コンサートマスター、またパリ地方音楽院、リヨン国立高等音楽院を経て、現在パリ国立高等音楽院教授。各地国際コンクールで審査員を務めている。

 

使用楽器はサン=テクジュペリが所有していた1708年製のストラディヴァリウス“Txinka”。

船越清佳     Sayaka   Funakoshi    ピアニスト

 

岡山市生まれ。京都市立堀川高校音楽科卒業後渡仏。

リヨン国立高等音楽院卒。ヨーロッパ、日本を中心としたリサイタル、オーケストラとの共演の他、室内楽、器楽声楽伴奏、CD録音(日本ではオクタヴィアレコード〈エクストン〉より3枚リリース)等で活躍。

 

またライターとして「ムジカノーヴァ」「音楽の友」などの音楽誌への執筆や、インタヴューを定期的に行なう。フランスではパリ地方の市立音楽院にて後進の指導にも力を注いでおり、多くのコンクール受賞者を出している。

 

フランスと日本、二国の長所を融合する指導法を紹介した著書「ピアノ嫌いにさせないレッスン」(ヤマハミュージックメディア)も好評発売中。

Ph Le Jeune

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Roland DAUGAREIL-Pierre Boulez- Daniel Barenboim- Itzhac Perlman

Roland DAUGAREIL- Mstislav Rostropovitch

© 2014 by アッコルド出版