幼い時から時々、思っていたことがあります。
どうして人は、悲しい曲を聴くのだろうと。
音楽療法というものがあるように、音楽には人を癒す力があると言われています。
私は癒すというと、リラクゼーション、マッサージ、スパ、森林浴、などなど、ホッと心休まるような、柔らかなあたたかさの中で、安心できるようなイメージを抱きます。
ですから、悲しい曲を弾いて、聴く人が癒されるということを理解できず、
どうして悲しい曲も弾かなきゃいけないのだろうかと、心が縮むような気持ちになったこともありました。
やはり、私自身、悲しい曲を弾く時は、悲しい気持ちになるからです。
それは、出来るだけいつも明るく幸せな気持ちを持っていたいと思う、個人的な願いに反していたのです。
ですが、年齢を重ねていくうちに、悲しい曲を弾く意義を、聴く楽しみ方を分かってきたような気がします。
おそらく私は、自分の心の中の悲しみの部分に触れることを、無意識のうちに避けていたのだと思います。
自分の心の声を、静かに受け止め、受け入れてあげることを覚えてから、それが少し変わってきたように思います。
悲しいからといって、悲しさを表にぶち撒ける訳ではありません。
ただ、その悲しみという感情が自分の中から生まれていることを、ただ自分だけは静かに認めてあげる、そんな作業をするようになってきたのです。
これは何も、悲しみの感情に限ったことではないのですが。
自分の中で、知らず知らずのうちに湧いては消え湧いては消えていく感情に、今までは無理やり、大雑把にニコニコマークのシールを上から貼って見えないようにしていたものを、段々、そのひとつひとつの感情そのものの色や温度を、あるがままの姿で、愛おしむように、感じるようになったのです。
話が音楽から少し逸れてしまいましたが、こういった作業ののち、楽しめる音楽の幅が広がったように思います。
楽しい曲、リズミカルな曲は、やはり私も動物。そういう本能的な部分が、素直に体を揺り動かしたくなるような衝動に駆られ、高揚感を覚えます。
悲しい曲は、まず自分を解放し、自分でも訳の分からない涙が出ても、心がキュウキュウいっても、そんな自分を優しく眺めてあげる。そうすることで、フワッと、何かが昇華するような感覚になったりします。これが、癒しなのかもしれません。
音楽って結局、人々の心をそのまま裸の姿で包み込んでくれるような、そんな力があるのではないかと思います。
人々の心も体も、刻一刻と変容していく。
そのひとつひとつを、大事に感じられる空間。
そんな風に感じていただける場所のひとつに、我々クラシック音楽家の演奏する空間も含まれていたとしたら、とても幸せに感じます。
次回は、「手放した嫉妬心と得た優しさ」というテーマで、今回とはまた違った視点で書いてみようと思います。お楽しみに。
"Follow The Light"
ヴィオラ奏者 安達真理
第2回 楽しい曲と悲しい曲
Mari Adachi,Vla
東京生まれ。4歳よりヴァイオリンを始める.
桐朋学園大学在学中にヴィオラに転向。卒業後、同大学研究生修了。
2009年よりオーストリア、ウィーンに渡る。
ウィーン国立音楽大学室内楽科を経て、2013年スイス、ローザンヌ高等音楽院修士課程を最高点で修了。
2015年、同音楽院ソリスト修士課程を修了。
2013年よりオーストリアの古都インスブルックのインスブルック交響楽団にて2年間副首席ヴィオラ奏者を務める。2015年夏、6年間の海外生活にピリオドを打ち、日本人として改めて日本の役に立ちたいと決意を新たにし、完全帰国。
2005年霧島国際音楽祭にて特別奨励賞、優秀演奏賞受賞。
第6回大阪国際音楽コンクールアンサンブル部門第1位およびラヴェル賞受賞。
2006、2007年ヴィオラスペースに出演。『サイトウ・キネン若い人のための室内楽勉強会』に参加。
2007~2009年N響オーケストラアカデミー生として著名な指揮者、演奏家と共演、研修を積む。
2009年小澤征爾音楽塾オペラ・オーケストラ両プロジェクトにてヴィオラ首席奏者を務め、日本と中国にて公演。
2010、2011、2013年とオーストリアのセンメリンクでの国際アカデミーに参加する度、全弦楽器を対象とするコンクールにてソリスト賞を受賞。
2011年バーデンバーデンのカール・フレッシュアカデミーにて、バーデンバーデン管弦楽交響楽団とバルトークのヴィオラ協奏曲を共演、特別賞を受賞。
2011年よりカメラータ・デ・ローザンヌのメンバーとして、ピエール・アモイヤル氏と共に、スイス、フランス、トルコ、ロシアの各地で多数の公演を行なう。またこれまでにアライアンス・カルテット、ルーキス・カルテットのメンバーとしてオーストリア、ハンガリーを中心に公演を行なう。
2014年、バンベルク交響楽団にて首席ヴィオラ奏者として客演。
2015年、ローザンヌ室内管弦楽団とマルティヌーのラプソディー協奏曲を共演。
同年夏、モントルージャズフェスティバルに出演。クラシック音楽のみならず、幅広いジャンルで活躍。
世界的なヴェルビエ国際音楽祭にて、アマチュアの人たちの室内楽のレッスンにあたるなど、指導者としても活動を始めている。
ヴァイオリンを篠崎功子氏、ヴィオラを店村眞積氏、ジークフリード・フューリンガー氏、今井信子氏、ギラッド・カルニ氏、室内楽を、東京カルテット、ヨハネス・マイスル氏に師事。その他国内外にて多数のマスタークラスを受講。
http://www.mariadachi.com
聡明な解釈と美しい音による豊かな表現。彼女はアーティスティックな才能を持っている。』
——ギラッド・カルニ(ローザンヌ高等音楽院教授、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団首席ヴィオラ奏者)
太陽の光に、願いを込めて。