博多名物屋台が並ぶ中洲の方から天神方面を眺めると、巨大なガラス壁面のビルが聳えている。20年前に竣工した総合文化施設、アクロス福岡である。

アクロス福岡の三角形の高い壁面の内側に、福岡シンフォニーホールが収まる。

高いロビーの天井から、20周年を祝う巨大な垂れ幕が。

ホール正面前の待合室からも、9月に来演したヴィーンフィルとデュダメルの巨大なポートレートが眺められる。

このホール、所謂「小ホール」や「室内楽ホール」と呼ばれる空間は備わっていない。オペラから室内楽まで、様々に対応するホールである。本日のコダーイQ公演はFM放送局とホールの共催だ。

舞台はピットが上げられ、普段は九響などが演奏する空間の前に反響板が下ろされる。完全なシューボックス空間で、響きは悪くない筈なのだが、いかんせん巨大であることは否めない。

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日本列島の上に公共文化施設がいくつ存在するか、ご存知だろうか。市や区、町レベルの公民館やコミセン、文化センターまで勘定すれば、もの凄い数になることは容易に想像されよう。ちなみに、平成20年の文部科学省発表のデータに拠れば、日本全国に大小含め公共の文化会館は1700館以上。公立図書館は3000以上とのことだから、その半分くらいの区民文化センター、市民会館、県民ホールが存在していることになる。 http://www.bunka.go.jp/bunkashingikai/kondankaitou/engeki/01/pdf/shiryo_5.pdf
 
次々と来日する弦楽四重奏団を追いかけ、この秋は日本各地の公立文化施設をいくつも訪れることになった。とはいえ、4人の演奏家と譜面台、それに椅子さえあれば演奏が可能な究極のエコノミカルなアンサンブル。会場は様々だ。2000人近い聴衆の収容が可能な大空間から、サロンと呼んでも構わない100席以下の空間まで、多種多様な音楽空間を経験することになったわけである。
 
あちこちの地方公共ホールを訪ね歩くなかで、「オープン20周年」という大段幕を盛んに眼にした。長岡リリックホール、岐阜サラマンカホール、福岡シンフォニーホールと、10日程の間に3箇所も「20周年記念」に行き当たるとなれば、単なる偶然とばかりも思えまい。今から20年前の1994年に、これらのホールが生まれてくる理由があったのだろう。そう、言うまでもない。「バブル景気」である。
 
経済学の指標では、所謂「バブル景気」と呼ばれる状況が日本で起きたのは1980年代終わりから1990年代初めの数年とされる。税収が大きく伸びた地方自治体とすれば、税金をどう用いるかが大きな課題となった。どういう議論があったかはともかく、結果として、図書館、美術館、劇場、コンサートホールなどの公共文化施設が日本全土に次々に設置されることになる。
 
日本の行政システムは、複数年度の予算プランを作るのが難しい。とはいえ建築物の場合、議会で予算措置が成り、執行され、施設として完成し、本来の目的で稼働するようになるまでには、数年のタイムラグが出来るものだ。1994年とは、バブル経済で潤う地方自治体が計画し、設置した大規模文化施設が形となって次々と完成するオープン・ラッシュの真っ最中だった。
 
今でこそデータから「1991年にバブル崩壊」とあっさり断言出来るが、筆者自身が生きた記憶や時代の感覚からすれば、1994年頃はバブルの余韻や勢いがまだまだ色濃く残っていたように思える。読者諸氏もそんな風にお感じなのではなかろうか。
 
長岡にしたところで、更に信濃川を下った新潟市内での巨大文化施設建設(現在のりゅーとぴあ)が地域を巻き込んだ騒動となっていたのが正にこの頃。バブル初期に名鉄がメルサホールという小規模ホールを完成させ活発に活動していた岐阜にしても、名古屋やびわ湖の巨大公共ホールが立ち上がった勢いの中にある、大規模な公共文化施設計画。福岡の巨大音楽ホールも、その直前に中規模の響ホールを竣工したライバル北九州や、バブル景気前に巨大総合文化施設を建てて話題となった熊本に負けじと建てられた豪華施設であることは、誰の目にも明かだ。
 
それから20年、出来上がった各施設がどのように使用され、どのように「20周年記念事業」を迎えるに至ったのか、それぞれにそれぞれのストーリーがあるのだろう。人間ならば成人を迎えることなく潰えた夢もまた、日本のあちこちに数多ある筈だ。
 
 
結成20周年ツアーのヘンシェル弦楽四重奏団と共に長岡から岐阜と、共に700席程の音楽ホールを訪れ、それぞれの館の20周年記念展示や催しを眺めた。その翌週、筆者は福岡に向かった。
 
中洲の東、福岡市役所の隣に、今時のガラス壁面建築でピラミッドを半分に切り取ったように聳える福岡アクロスも、今シーズンで20年の記念年を迎えようとしている。空間の大半を占める福岡シンフォニーホールの1階正面入口「開館20周年記念」垂れ幕は、ひときわ華々しい。デュダメル指揮ヴィーンフィル、ゲルギエフ指揮マリンスキー劇場管、メータ指揮イスラエルフィル、ユンディ・リ、バロックオペラ《ポッペアの戴冠》、等々。堂々たるメイジャー・コンサートホールのラインナップである。
 
この場所を訪れた目的は、ハンガリーの重鎮コダーイ弦楽四重奏団の演奏を聴くため。なんでわざわざ博多まで、と思われるかもしれないけれど、秋の弦楽四重奏来日ラッシュの中でも異色なことに、この団体は首都圏や関西圏での公演が一切ないのである。事情通の話に拠れば、招聘が広島の音楽事務所で、広島市内各地での演奏会が複数、それ以外はここ福岡だけ。歴史が長くレコード時代から録音も多数ある老舗団体にして、秋のクァルテット目白押し状態の中では、事務所として無理出来ないのが現実なのだろう。
 
21世紀の今、東京に居ながら福岡のチケットを買うなど容易だ。だが、手配したチケットをあらためてつらつら眺め、ちょっと不思議に思えてきた。あれ、福岡シンフォニーホール、ってあの巨大なホールで演奏するってこと?まるでサントリーの大ホールで弦楽四重奏公演を打つようなものではないか。福岡って、そんなに室内楽の需要がある町だったのかしら。
 
どうやら本当に大ホールが会場のようだ…と開場を待っていると、福岡へようこそ、と声をかけられる。福岡郊外の直方市で「かんまーむじーくのおがた」を主催する渡辺伸治氏である。ベートーヴェンの弦楽四重奏が何よりも好きで、それを実現するために自ら室内楽協会を結成、直方の美術館で年に4回の室内楽演奏会を主催している快男児だ。なにせ本日の演目はベートーヴェンの作品131、直方から車で1時間ほどの福岡まで渡辺氏が足を運ばぬ筈がない。
 
かくて、福岡きっての室内楽愛好家としばしの雑談となった次第。以下、とりとめないロビーの会話から。きちんとしたインタビューではない、記憶違いなどがあれば責任は全て筆者にある。
 
渡辺氏曰く…今日の演奏会は大ホールの1階のみを使用するのでしょう。このホールは室内楽はあまりやりません。前にピアノ四重奏をやったときも、やっぱりちょっと遠かったですね。この公演は、民間が招聘して、地元の主催者とホールが共催です。ホールも少しは室内楽をやらないといけないと思ってるのでしょう(笑)。なにしろ今月は、福岡に弦楽四重奏が3団体来るんですよ。でも、何故か福岡・博多地区にはコダーイQの公演に最適な400席から500席規模の音楽ホールが存在しないんです。先頃のヘンシェルQは200席程のあいれふホール、やっぱり少し小さかったですね…
 
渡辺氏が主催する「かんまーむじーくのおがた」は、2010年から直方谷尾美術館で年4回の室内楽定期演奏会を行っている、日本では貴重な民間地方室内楽協会である。まだ始まって4シーズン目の若い団体に思えるが、実は根っこは深い。
 
福岡モーツァルト・アンサンブルという団体があった。九州交響楽団コンサートマスターに赴任したばかりの岸邉百百雄によって1975年に結成され、1994年に活動を終えるまでの19年間、九州各地で活発に室内楽を演奏した。団体名にクァルテットと名告らないものの、弦楽四重奏にピアニストの小林道夫が加わった常設の室内楽団だ。九州以外では一切活動しなかったため他地域では殆ど知られていないが、1979年の巌本真理Q解散以降の10数年、孤軍奮闘で日本での常設弦楽四重奏団の灯をともし続けた、歴史的に重要な存在なのである。
 
福岡モーツァルト・アンサンブルは、直方でも定期的に演奏会を開催していた。若き渡辺氏はその演奏会に通い、室内楽への愛を育て、やがて裏方も手伝うようになった。そんな若者が、今、再び願いが叶い、自分の故郷に室内楽の種を蒔いている。
 
全くの偶然だが、福岡モーツァルト・アンサンブルが解散して直ぐに、福岡シンフォニーホールがオープンした。九州交響楽団は超一流の音響空間を本拠地とし、大発展を遂げる。その20年は福岡にオーケストラを発展させはしたかもしれない。だが、こと室内楽に関する限り、「失われた20年」と言われても仕方ないかも。
 
 
そんなことを思いながら、巨大なシューボックスの福岡シンフォニーホール平土間に坐る。聴衆は300人くらいだろうか。流石に広大に過ぎる空間だ。正直、中津川端に今も戦後レトロの佇まいを見せる大洋映画劇場の大映写室に場を移した方が、よりしっくりするかもしれない。
 
コダーイQの老巨匠たちの奏でる音楽そのものが、大ホールを音で埋め尽くさんとする20世紀後半以降のスター弦楽四重奏団のパワーやら、大柄な表現とは些か異なるものだった。ベートーヴェン後期作品の演奏でポイントとされる部分はきちんとクリアーしつつも、楽聖の譜面に対面しねじ伏せようとしたり、強引に自分らの個性や解釈を叫ぶつもりなど毛頭ない。淡々と、あるがままに流れていく、自然体の音楽。そんな派手さのない楽興の時を堪能するには、もう少しインティメイトな空間であって欲しかったことは確かである。
 
今、福岡には立派な大オーケストラがある。様々な経緯から、リコーダーや合唱などをベースに、古楽演奏も盛んな地域だ。室内楽だって、福岡モーツァルト・アンサンブルの後を継ぐように活動している福岡ハイドンQというちょっと独特の団体もある。
 
それぞれの町には、それぞれの音楽の歴史や環境がある。福岡のコンサートホールがこのような姿で存在することは、それはそれで良しとすべきなのだろう。あれやこれやの20年。

オープン20年を祝う岐阜サラマンカホールでは、オープニングからの主要公演のポスター展が行なわれ、歴史を回顧していた。

第69回

20年あれこれ

電網庵からの眺望

音楽ジャーナリスト渡辺 和

© 2014 by アッコルド出版