本日は、ようこそ、当院にお越し下さいました。
ヴァイオリン弾きの怪我や病気についてお知りになりたい、
ということでしたね。了解致しました。
 
まず、怪我についてですが、
ヴァイオリンを弾いている最中に大怪我をしたという話は、
今のところ、まだ聞いたことがありません。
あるようでは困りますが。(笑)
 
小さな外傷でしたら、そうですね、
「首や鎖骨の上にできる擦過傷」でしょうか。
ヴァイオリン弾きの首によく見られる、あの“痣”です。
できる・できない、濃い・薄いといった個人差があります。
顎当ての形状(首に当たる部分)に因ることもあるようです。
 
「指先(左手)が硬くなる」という症例もあります。
硬化の度合いは、これも、かなり個人差があって、
ガチガチに硬くなり、弦の当たる所だけ溝になってしまうような方も。
そういう場合、音色に影響が及ぶこともありますから、
刃物で削ったり、やすりを掛けたり、軟化させるクリームを塗ったり。
 
え? 練習時間が関係あるのかって? 全然関係ないとは言いませんが、
どれだけ練習しても、そうならない方もいらっしゃいます。
首に痣もできず、指先もフニャフニャ、「『練習足りないんじゃないの?』
そう、いつもからかわれる」と訴える方もいらっしゃいますね。(笑)
 
後は、ピチカートが多用されている曲の練習中に、
「指先(or爪の横辺り)に血豆ができた」という症例でしょうか。
擦り傷になって出血という例もあります。数少ないヴァイオリン出血例?
残念ながら、ピチカートは普段練習してもらえていないようで。
 
こういった外傷は、“ヴァイオリン弾きの勲章”なのかもしれませんが、
首の痣も、化膿して、ずっとグジュグジュしている方もいますし、
まあ、ならないに越したことはないか、と。
 
 
グジュグジュで思い出しました。
アレルギーに悩む方も、いらっしゃいます。
一つは、顎当ての金属部品で起きる「金属アレルギー」。
もう一つは、「松脂アレルギー」。そのせいで、
目や胸に痛みを感じる方もいらっしゃいますから、侮れません。
 
そうそう、弦の張り替え中に、「E線の先が指に刺さった」
という話を聞いたことがあります。痛そうですね。
E線と言えば、弦が錆びた状態のままで弾いていたら、
「シフティングで指を滑らせたら切れた」という嘘のような例も見ました。
 
身体的な問題として訴えが多いのは、やはり、
「腰痛」「首こり」「肩こり」、それに伴う「頭痛」「眼痛」「吐き気」、
「筋肉痛」や「腱鞘炎」といったものでしょうか。
元々、不自然な演奏姿勢を強いられる楽器ですから、
当然といえば、当然かもしれません。
 
ウォーミングアップの意識は高まっているようで、嬉しい限りですが、
ストレッチも、いきなり過度なものを行うと危険です。
「ストレッチで筋を痛めた」という、ちょっと情けない例もありました。
まずは、伸ばすことより、身体を温めることを考えて頂ければと。
 
痛みを訴えられたとき、我々はまず、原因がどこにあるのかを探ります。
起きるべくして起きている結果なら、仕方がありませんが、
根本的な部分で、解決できるものもあります。例えば、楽器とか。
 
楽器の能力が低いために、それをカバーするべく奏者が無理をし、
挙句、身体を痛めてしまうという例が、意外に多いのです。特に弓。
それが原因ならば、もしかすると買い換えで解決することもできる。
いえ、理由が分かるだけでもいいのです。対応策も見えてきますから。
 
気付かず無理をして障害が出る例が多いのは、“弓”の方ですが、
“ヴァイオリン”も、「音が出ない」「鳴りが悪い」といって、
力任せにゴリゴリ弾いていると、身体の調子が悪くなります。
ええ、調整などの楽器の維持管理も、大切な予防策なんです。
 
 
姿勢や構え方、持ち方などに問題がある場合。
これについては、関係各所で多く語られていますね。
“脱力”は、人によっては、相当な難題のようですが、
身体全体に空気を溜めこむように、深くゆっくり呼吸をすることで、
力んでいる場所を発見することもできます。お試し下さい。
 
過度な身体的負担によって起きる障害、特に「腱鞘炎」は怖いですね。
手腕の筋肉痛は、適切に対処すれば、ある程度の期間で治まりますが、
腱鞘炎は治癒に三か月以上掛かることも少なくありません。さらに、
完治しない場合もある上に、再発・慢性化し易く、大変危険なものです。
なってしまった方はしっかり治るまで、十分に身体を休め、
その後の練習の仕方や練習量を検討して頂きたく。
 
多くのヴァイオリン弾きが、左手指の鍛錬に集中する傾向があります。
それも必要なことですから、ぜひ続けて頂きたいとは思いますが、
間違った練習で痛めることが多いのもまた、左手。
 
指の器用さ(スピード&独立性)を求める場合は、
指の“上下(縦軸)運動”のみを、不必要に繰り返すよりは、
水平(横軸)運動=“ずらし”“弦の移行”などの練習を加えると、
より、効果的で、早く結果が出るのですが…。はい、そうなんです、
『半音階』や『重音』などが近道だったりするのですが、
案外、忘れられがち、避けられがち。少し、残念ですね。
 
楽器から離れた形のトレーニングは、気を付けてください。
無意味な“筋トレ”で、不必要な筋肉を作ってしまい、
かえって、身体の動きが悪くなったという笑えない例もあります。
体力を付けるトレーニング、体幹トレーニングなどは、ぜひ、続けて下さい。
 
効率を考えると、練習をシステム化することは重要ですが、
練習量(時間)に関しては、その日その日の体調で微調整が必要です。
疲れも痛みも全く何もない「楽勝」状態の練習はトレーニングにはなりませんが、
異常なだるさや(部分的)発熱、強い痛みが出るようでは、やり過ぎです。
時間や回数はあくまでも目安。身体と相談しながら練習を。
 
 
実は、心的な疾病の方が問題ではないかと思っています。
怪我などの場合は、痛みや見た目など自覚症状がありますが、
こちらの方は、本人が気付いていらっしゃらない場合もあって、
重症化するケースもありますので、気を付けて頂きたいと。
 
本人が悩まれるものの代表は、「あがり症」でしょうか。
これは、古今東西、パフォーマー全体の問題のようですね。
各技術書にも大抵取り上げていられますから。ただ、
関連疾病ともいえる「弓が震える病」は、弦楽器奏者だけのもの。
 
これは、心的ストレスによるものであることが多いのですが、
ときに、特に緊張していなくても、この症状が出る場合があります。
この場合も、無意識の身体の力みが原因であることがほとんどです。
 
心身をリラックスさせる方法? そうですね、ありきたりですが、
取り敢えず、深呼吸をしてみるとよいと思います。
緊張しているときは、息を止めていることが多いので。
後は、意識して力を抜く。すぐにできない方もいらっしゃいますが、
一度グッと力を入れ、それから抜くという作業をすると感じが掴めるようです。
 
「暗譜が苦手病」「暗譜ができない病」も辛いですね。
本当に、覚えられない場合もありますし、
忘れることへの恐怖から来る、不安神経症的な症例もあります。
克服の努力はしてみるべきでしょうが、暗譜の義務はありませんし、
不安や恐怖でよい演奏ができなくなるのでは、本末転倒、
楽譜を置くことで解決できるなら、置いて弾けばよいのです。
 
さて、比較的自覚症状のない病気に、「楽譜依存症」があります。
「暗譜が苦手病」とは、少し違います。暗譜ができないのではなく、
楽譜を見ていたい、楽譜から目を離せない、そんな病気です。
意味なく左手を見つめるなどの「視線固定病」とも、少し違います。
 
見て、弾く=「目で弾く病」という医者もいるのですが、
一見、弾けているようで、していることは、毎回『初見』的作業。
そう、まるで楽譜再生マシンのようですね。そこに、音楽はありません。
 
演奏しているときの視線、目の動きなどで、症状の重さが分かります。
譜読みの段階を越えても、ずっと目が五線を追っているようでしたら、
気を付けなければなりません。一度、ご確認を。
 
 
「書いてある通りに弾けばいいんで症」というものもあります。 
音高や音価はもとより、ボウイング、フィンガリング、
各種用語・記号…、とにかく、ただ書いてある通りに弾けばよいと思う病気。
 
「どうして、ここを大きく弾いたの?」「フォルテって書いてあるから」
「どうして、そこはダウンで弾いたの?」「ダウンって書いてあるから」
「どうして、その音を2の指で弾いたの?」「2って書いてあるから」
 
学習過程の最初で、楽譜通り弾くことを要求され、
その要求に日々応えているうちに、それが目標になってしまう。
なぜ、そう要求されたかを考えなくなる。
誰もが掛かる可能性がある、掛かることの多い病気です。
 
楽譜関連疾患には、“書き込み依存症”もあります。
ボウイング、フィンガリング、ときにはポジションや弦番号。
書き込まないと不安だから書く、そして、書いたものに全面的に依存する、
最終的に、書いてある通りに弾かなければならないという強迫観念に陥る。
 
これらの疾病を抱えている人は、例えば、
フィンガリングを間違えたときに、指が迷うことに当惑するのではなく、
間違えたこと自体にショックを受けて弾けなくなったりします。
 
「練習依存症」、これは有名ですね。
練習の内容はどうでもいい、練習していれば安心という病気。
 
「つい最初から練習してしまう病」、文字通りです。(笑)
つい最初から弾き始め、中盤を過ぎると次第に力尽きて、後半はおざなり、
最後の方はいつも練習不足、分かっていてもまた、最初から練習してしまう。
人間の習性なんでしょうか。(笑) たまには、後ろから練習してみて下さい。
 
「あげたい病」、あがらないとガックリする、この気持ちは分かります。
ただ、あげることが目標になってしまうと、これは病気です。
あがったことで、その曲が“できた”と思ってしまうようだったら更に問題かと。
 
 
時間が無くなってきましたね。
もう少しだけ、ご紹介しましょう。
 
「加速症」=弾いていると、だんだん速くなる。
「減速症」=弾いていると、だんだん重くなる。
「速度不安定症」=様々な理由で、テンポがふらつく。
これらの原因とも考えられる、「ビート(感)欠如症」。
 
弾けないところがゆっくりになってしまうのは、まだいいんです。
三連符になると、拍が詰まったり伸びたりする。
トゥリルを掛けたり、装飾音を入れると、拍がなくなる。
タイが正しく弾けない。長い音符が短くなる。休符が適当になる。
特に問題なのは、それらに本人が気付いてない場合。
 
「バラバラにしたい病」
“部分練習”や“パーツ練習”には熱心だけれど、
それを組み立て、元の音楽に戻すことを忘れてしまう病気です。
例えば、ここに時計がある。分解したくなる。分解する。でも、組み立てない。
組み立てたとしても、ネジが一個余ろうが、元の形に戻らなかろうが、
できたものが時計でなかろうが一切気にしない、というような。
 
これに似た症例が「重箱の隅つつきたい病」
細かいことばかり気になって、全体が見えないという症例。
 
「アナライズ症候群」なんていうものもあります。
楽曲分析、演奏分析にばかり気持ちがいってしまうという偏り型症例。
 
最近、気になっているのが、「録音安心症」なんです。
録音機器が身近になって、レッスンや練習を録音できるようになり、
さぞかし、役に立っているだろうと思えば、人によっては、
録音したら安心…せっかく録音したものを聴かない。しかも、
録音しているから安心…現場で指導者が言っていることを聞き流す。
 
ああ、時間ですか。ご紹介し切れなくて、申し訳ありません。
それぞれの治療法、対処法も、詳しくお伝えできればよかったのですが。
はい、また、ぜひ、いつか。

ヴァイオリン弾きの手帖

ヴァイオリニスト、ヴァイオリン教師 森元志乃

第76回 ヴァイオリン総合診療所、開設しました。

 

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