チャイコフスキーを弾き終え、熱狂するファンの長いサインの列に応えるダネルQ。 いちばん奥が唯一の創設メンバーとなってしまった第1ヴァイオリンのマーク・ダネル。
ワインベルク作曲第2クァルテット冒頭部分の作曲者手書き楽譜のコピー。未だ未出版で、録音はダネルQのワインベルク全集第6巻に納められている。
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幻の作曲家
今、ミロ・カルテットが本拠テキサス州立大学オースティン校で行なうベートーヴェン全曲演奏会の後半を聴くため、カナディアン・ロッキー上空を飛び越えているところだ。窓の外はまだ夜明け前だが、フライト経路を示すモニター画面にはカルガリという地名も見えている。なんともおかしな生活である。ま、これはこれ、と思うしかあるまいけど。
成田を発つ前の晩、ダネル弦楽四重奏団(以下Q)に会った。『ストリング』誌2009年11月号に、このベルギーの団体が作曲家ワインベルクについて語るインタヴューを掲載させていただいたことがある。恐らく今に至るまで、この作曲家に関して日本語で提供された情報の中で最も量の大きなもののひとつであろう。
ショスタコーヴィチの親友として知られるワインベルクは、とりわけ大戦後の創作に大きな影響を与えたとされるものの、様々な事情で音楽も伝記的な事実も殆ど世に知られないままにいた。所謂「幻の作曲家」である。
4年前の秋、東京公演のないダネルQが帰国前の短い時間に筆者をサントリーホール前のカフェに呼び出し、ショスタコーヴィチ評伝の中にチラチラと姿を見せるこの作曲家について熱く語ったのには、理由があった。その数ヶ月後、レジデンシィを務めるマンチェスター大学で、ダネルQは全17曲が遺されたこの作曲家の弦楽四重奏の全曲演奏会を行うことになっていたからである。史上初の試みだ。それも当然、なにしろ楽譜が全部は出版されていないのだから、やりたくてもやれるはずがないのである。
どうしてそんな演奏会が可能となったのか?ダネルQの話を手短に纏めると以下。結成直後の90年代半ば頃から、ダネルQはボロディンQとショスタコーヴィチを勉強し、それから何度もショスタコーヴィチ全曲演奏会を重ねてきた。ショスタコーヴィチを学ぶ過程で知遇を得たショスタコーヴィチ未亡人から、是非ともワインベルクを弾いてみるように言われる。手に入る楽譜で勉強してみると、両者にはまるでベートーヴェンとシューベルトほども違いがありとても面白い。
それから10数年、あれやこれや人脈を駆使して未出版楽譜にもアクセス、とにもかくにも全17曲の譜面を手に入れることが出来た。長い準備期間を経て、ワインベルクの弦楽四重奏はようやくその全容を世に顕したわけである。それだけ手間をかけた仕事なのだ、知り合いのジャーナリストを捉まえて喋りたくなる気持ちも分かる。
あれから4年の時間が経った。総理大臣は何人も替わり、東京スカイツリーが建ち、大地震と原発事故があり、政権が逆戻りし、どうやらオリンピックが東京に来ることになったらしい。ダネルQも変わった。創設以来チェロを務めていたダネル兄弟のもうひとりが退団し、新しいチェロが加わった。昨晩の演奏会では、当然ながら、音も変わっていた。
そうこうする間にも、ワインベルクの音楽は着実に世に広がっていった。マンチェスターでの全曲演奏会の翌年、シュヴェツィンゲン音楽祭でこの作曲家が集中的に取り上げられ(ダネルQも室内楽の晩を担当した)、8作あるオペラのひとつ《パサジェルカ》が上演された。この上演はハイヴィジョンで収録され、日本語字幕付きでNHKBSで放送された。
翌シーズンにはフランスで別のオペラも上演された。ダネルQのCPOレーベルへの弦楽四重奏全曲録音も完了し、ナクソス・ミュージック・ライブラリーにも納められ、世界のどこでもワインベルクの音が簡単に聴けるようになった(アクセス可能な方は、まずは傑作と評価が高い6番辺りからお聴きあれ)。
シコルスキー出版から4曲しか出ていなかった弦楽四重奏の楽譜も、未だ全曲ではないもののハンブルクのパールミュージックからポツポツと出版され始め、ダネルQの録音を耳にした他の若い弦楽四重奏団が関心を示すようになった。例えばパシフィカQは、最新のショスタコーヴィチ全曲録音の余白にワインベルクを納めている。
ちなみに、youtubeにはこんな映像があるが、果たして演奏家の承認があるのやら。
www.youtube.com/embed/Es9III3Hd40
昨晩、武蔵野市民会館でチャイコフスキーの弦楽四重奏全曲をツルリと演奏し、続く長いサイン会にも疲れた顔もなく、ファンとの交流が終わるのを待っていた筆者の首根っこを押さえたマーク・ダネル氏は、こんなことを宣った。
「お前、マンチェスターには来られなくて凄く残念がってたろ。実はね、来年の7月、ハイデルベルクで3日間でまたワインベルクの全曲を弾くことが決まったんだよ。金曜日から続けて3日間。ハイデルベルクならフランクフルトから直ぐだろ…」
というわけで、来年の初夏の日程がひとつ決まってしまったわけである。そういえば、ミュンヘンARDコンクールのピアノ三重奏部門でも、20世紀作品の課題曲リストにワインベルクのピアノ三重奏曲が入っていた。まさか選択する団体はなかろうと思ったら、なんと最高位となったトリオ・カレーニナが取り上げ、かのショスタコーヴィチの第2ピアノトリオ以上に壮絶なトッカータ楽章を聴かせてくれたっけ。ダネルQにそんな話をしたら、してやったりという顔をし、我がことのように喜んでいた。
果たしてワインベルクの時代は本当にやってきたのか、筆者にはまだ判らないけれど。いずれにせよ、この作曲家についての続報は当メディアでお伝えすることになろう。こうやって、目の前で時代がひとつ確実に動いていく。
2009年時点でのダネルQメンバー。ワインベルクの未発表楽譜を手に。
第17回
ヴァインベルクその後
電網庵からの眺望
音楽ジャーナリスト渡辺 和
アッコルドよりお知らせ
Webアッコルド1周年を記念して、
1日限り、「リアルな場所」で
アッコルドを展開します。
空を見わたせる会場で
昼から夜への
移り変わりを眺めながら
弦楽器の響きに触れてみませんか?
尾池亜美さん率いる
アミ・クァルテットが出演します。
●読者の皆様と、演奏者・執筆者・編集者との交流
●私たちが考える音楽の楽しみ方を一緒に体験
●ヴァイオリニストの尾池亜美さんとアミ・クァルテットの皆さんによる演奏
イザイの無伴奏、デュオ、ドビュッシーの弦楽四重奏曲等が演奏されます。
(ヴァイオリニストの長尾春花さんがヴィオラに持ち替えて演奏します!)
●アッコルド執筆陣の
ヴァイオリニスト・森元志乃さんと
尾池亜美さんとの対談
●質問コーナー、試奏コーナー、
●ワン・ポイント・アドヴァイス
●尾池亜美さんによる
ハイフェッツの音階練習のデモンストレーション
(尾池さんは、ハイフェッツの高弟ピエール・アモイヤルに師事し、ハイフェッツの音階練習を習っています。アッコルドから出版予定)
●美味しい軽食とお酒
他にもいろいろなサプライズを用意しています。
『アッコルド1周年記念イベント』
7月21日(月・祝)海の日
会場 ソラハウス(渋谷)
東京都渋谷区神南1-5-14 三船ビル8F
開演 18:15(開場:17:30)
料金 ¥10,000(軽食付き)
定員 40人
(演奏、コラム執筆者・森元志乃さんとの対談など)
公開リハーサル
開場 15:00
料金 ¥2,000
定員 20人
曲目
フォーレ/パヴァーヌ
ドビュッシー/弦楽四重奏曲 ほか
アミ・クァルテット
1stVn 尾池亜美
2ndVn 森岡 聡
Va 長尾春花
Vc 山本直輝
★詳細
http://www.a-cordes-ronde.com/#!special0711/cso7
※モバイルからは、メニューの「アッコルド1周年記念イベント」をタップしてください。
★チケットはこちらから
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