友人が“読み聞かせ”を頼まれたと、焦っている。
 
― 読み聞かせ。
「主に乳幼児期から小学校年齢の子供に対して、
 話者が共に絵本などを見ながら音読する行為」
 
それほど珍しい光景でもないが、それを“読み聞かせ”と言うのだと、
子供を幼稚園に入れて、初めて知った。
“紙芝居”とも“朗読”ともまた少し違う、魅力的なパフォーマンスだ。
 
幼稚園や小学校の先生、保護者、そして、それを仕事としている方々、
これまで、たくさんの“読み聞かせ”を聞いてきた。
その中には素晴らしく上手な人もいて、思わず涙したこともある。
 
間違えず、淀まず、流暢であることも大切だろうが、
それよりも何よりも、子供たちをその世界に引き込まねばならない。
 
“読み聞かせ”“紙芝居”、そして“朗読”。
「“紙芝居”は演じるもので“絵本”は読むもの」…ふむ?
「“朗読”は文学作品を音声言語で再表現する芸術」
音楽業界においても、それぞれに当て嵌まるものがある。
パフォーマーは何を意識して、その役をこなしているのだろう?
 
かの友人は、頼まれた絵本を何度も何度も読み返し、
子供たちの反応を想定しながら、一所懸命練習をしていた。
「なかなかいいよ」「そう? 行ってくる!」
勇んで出かけた彼女は、数時間後、意気消沈して帰ってくる。
「子供のリクエストで、突然、別な絵本を読まされた」
まったく初めての絵本で上手く読めなかった…そう落ち込んでいる。
 
以前、そういうシチュエーションを見たことがある。
「これよんで~」「どれどれ、じゃあ、いくよ」、こういう状況。
そのときのパフォーマンスは最高で、聞き手はみな大満足。
思わず話者の方に、その本が“初見”なのか確認してしまった。
「そうですね、この絵本は初めてです」
 
 
初めての絵本を、人を感動させるほどに読み上げる力。
目が絵を捉え、字を読む、その時その瞬間、
彼女には何が見えているのだろう?
 
「いい絵本は、読み始めた瞬間にイメージが広がります」
「読み込んだものを聞いて頂きたいとは思いますが、
 初めての絵本は、この先どうなるんだろうと、
 子供たちと一緒にドキドキを味わえるので、好きなんです」
 
ちょっと、忘れていたかもしれない。
真新しい楽譜を手にしたときの、幸せな気持ち。
“初めての楽譜”を開くときの「ワクワク」。
“初めての曲”を弾くときの「ドキドキ」。
 
『楽譜』という異世界とのファーストコンタクト。
 
いつのまにか頭にインプットされていた曲達。
それらの楽譜を初めて手にしたとき、思えば、ひどく感動したものだ。
オーケストラのパート譜は特に。それまで触れる機会がなかったから。
 
加線の凄さに見た瞬間に頭痛がした、ショスタコーヴィチのファースト譜。
あまりに整然と並ぶ後打ちに思わず笑った、ウィンナワルツのセカンド譜。
想像以上の白玉音符に頭も白くなった、ブルックナーのヴィオラ譜。
美しい音型の大量の反復が壁紙にしか見えなかった、ワーグナーのオペラ。
ただただ茫然、ただただ絶句、クセナキスの管弦楽曲。
 
ああ、思い出した。いろいろな『初めて』。
バッハの無伴奏は、眼が逃げ出しそうになった。
パガニーニのカプリスは、弾いてもいないのに手がひきつった。
 
記憶を辿り、楽譜棚から、大昔に両親に買ってもらった、
270円の値札が付いたボロボロのセヴィシックを引っ張り出す。
ページをめくった瞬間、「こんなの嫌だ。弾きたくない」って思ったんだ…。
その楽譜との「初めて」は、たった一度しかないのに。
セヴィシックさん、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。
 
 
学生時代、「初見大会しよう」なんて先輩から声を掛けて貰い、
嬉しい気持ちに負け、できないとも言えず、無謀な挑戦をすることに。
次から次へと譜面台に乗せられる楽譜に、頷いたことをすぐ後悔する。
 
それはもう、弾くことは楽しい。
大好きな先輩と弾くのだから、楽しくない訳がない。
でも、目はギンギン、心臓バクバク、汗ダラダラ。
終わる頃には、気力体力すべてを使い果たしてボロ雑巾。
 
散々弾かせておいて、口の悪い先輩は言う。
「技術的問題っていうより、楽譜に対する感性が鈍いよな」
「直観力がないっていうか」「………」
「もちろん技術ベースも知識も足りない」「………」
「『初見』はそいつの能力が出るぞ」「………」
 
その次のレッスンで、師にすがる。
「“初見”強くなりたいんです! どうすればいいですか!」
 
― 初見=「初めて見た楽譜で演奏または歌唱すること」
 「より正確に、より音楽的に演奏することが求められる」
 
クラシック界においては、学習中はもちろん、仕事の現場でも、
「全くの初見で人前で演奏する」というシーンは、まず、ない。
多くは、一つの作品をじっくり勉強し、満を持しての披露。
急を要する場合でも、数時間~数日の猶予は与えられる。
 
趣味の世界においては、なおさらで、
オーケストラなどに所属していれば本番もあるが、
練習からそこまでの時間は、それなりにあるものだ。
まして独学ならば、何にも縛られないし、急かされることもない。
 
そんな生活をしていれば、
“初見能力強化”の必要性を感じなくても仕方ない。
必要がなければ、その技術の獲得は、つい後回し。
とすれば、『初見能力』は概ね、元々の持ち分のみということになる。
 
 
プロの世界にあっても、〈初見〉にはかなりの能力差がある。
だから、「初見が利く」ことが武器になり、売りにもなる。
それが必要な業界、それが必須項目の仕事も少なくない。
初見が利けば仕事場が広がる? 訓練で得られるものならと、
それをせずにはいられないプレーヤー本能。
 
『レパートリー』と『初見』に差がないのは悲しい。が、
『初見』が『レパートリー』に遜色ないものであるならば、
ある意味、誇らしいものでもある。
「初見能力が高い」「初見が利く」「初見ができる」…それは憧れ。
 
そして、それは、秀でれば一種の特殊能力だが、
本来、読譜能力の一つ、あるいは一部である。
 
「初見が利けば、“譜読み”の時間も短縮できる」
「見た瞬間に楽譜を読み切れれば、後はじっくり手の内に入れるだけ」
先輩、確かに。おっしゃる通りです…が。
 
大学に入って、個人レッスン以外に演奏する機会が増えれば、
当然、新曲が嵐の如く襲ってくる。
今日貰った楽譜を明日にはそれなりに仕上げなければならない。
“譜読み”に追われる日々が始まる。
 
そうそう『譜読み』に時間を掛けていられない。
楽譜そのものから「一瞬で」どれだけ多くの情報を読み取れるか?
どれだけの背景的情報を持っていて、どれだけそれらを演奏に組み込めるか。
 
「初見に強くなりたい」と訴えた情けない弟子に、師が与えた課題はこうだ。
「自分で楽に弾ける(練習)曲集を用意して、最初から順に一回ずつ弾いていきなさい」
「弾いたことのない、あるいは忘れてしまった曲がベスト」
 
初見に必要なものは? 
「まず『視野の広さ』かしら」
「『目で読む』=視覚読解のレベルアップも必要ね」
「一番大切なのは、アウトプット(プロセス)のスリム化&高速化でしょ」
 
ううむ。これは。ほぼ、脳トレ?
 
 
○書いてあること(音符や記譜記号)を瞬時に正しく再生する能力
○楽譜を一枚の絵として見て、曲想をイメージする能力
○見るだけで(曲の起承転結やフレーズなど)ある程度の分析ができる能力
○(自分が弾いて)出てくる音をベースに、次に来るメロディーや和声を想像する能力
 
そして、
○自分の手を思い通りにコントロールする能力
結局、そこか…。ならば、具体的な練習方法は?
 
初期の段階では、完成度より「読み通す」ことが重要。なので、
○「止まらない」「間違えない」を目標とする。
○指定のテンポで弾く。(それが絶対に不可能なものは取り上げない)
○弾き始めたらテンポをキープ、絶対に揺れない、止まらない。
○同じ曲を続けて二回弾かない。(あまり意味がない。逆に荒れる可能性あり)
○毎日何分と時間を決めて、その間ノンストップで次々弾く。
○演奏中はいろいろ考えない。弾きながら反省しない。
 
“頭”を使わず、ひたすら“手”と“眼”と“耳”で弾き続ける。
 
初見に慣れ、読み通せるようになり、スピードがアップしてきたら、
○弾く前に「譜を見る」時間を取り、『目で読む(読解)』。
○デュナーミク、アゴーギク、イントネーション等々を確実に表現する。
○弾きながら、全体を整えていく。
○感情を込めて、且つ、楽しんで弾く。
 
“頭”を使わず、ただただ“感覚”と“感性”で弾き続ける。
 
視覚&聴覚で音楽を読み取るためには、それなりの、
楽譜に対応した知識・情報が頭の中にインプットされていなければならない。
それには勉強も必要だが、回数や経験値も欠かせない。
 
「止まらず『通す』力」や「『イン・テンポ』をキープする力」に至っては、
真面目に練習する人ほど、弱まっている可能性がある。
内在する諦めや不安、それに打ち勝つ精神力は積み重ねの実感の上に生まれる。
「週に一度30分」or「毎日10分ずつ」で、それが得られるなら…。
 
 
練習時間の取れないアマチュアの人々。(プロも!)
時間はあっても体力のない年配の方々。(若くても!)
そういう人たちに、
あれもこれもと加え、増やす、足し算の練習システムは難しい。
ならば、
必要なものだけ取り出し、減らす、引き算の練習システムを構築するしかない。
 
同じ練習の積み重ねも重要だが、たまには冒険をするのもよい。
違うシチュエーションで襲い来るトラブル…危険回避能力や危機対応能力が付く。
「無理矢理何かをする」ことも、結構、重要だ。
 
ただ、
“遊び弾き”と同じ要素を持つ“初見の訓練”、これも過ぎるとよくない。
ほどほどに。楽しく。ゲーム感覚で。
 
そう。『初見』に挑戦、これは、ちょっとしたテスト?
自分の能力を知る(計る)方法としてはよいかもしれない。
 
弾いているときは、考えている暇なんてない。
弾くときは、無心で弾きたい。
だから、やってみよう。『“頭”から離脱』ゲーム。
 
 
60歳の初心者さんが言う。
「古希のお祝いパーティで一緒に弾こうって孫が言うんです。
 今から、バッハのドッペル弾けるようになるでしょうか」
楽譜をプレゼントする。気持ちのよい、まっさらな楽譜。
 
老君は柔らかな笑みを浮かべ、「宝物にします」と頭を下げる。
人世が刻まれた武骨な手で、そぉっと優しくページをめくりながら、
「弾けるようになりたいです。孫と弾きたいんです」、そう呟く。
「弾けますよね?」
 
齢六十。はじめての曲。はじめての楽譜。はじめてのアンサンブル。

ヴァイオリン弾きの手帖

ヴァイオリニスト、ヴァイオリン教師 森元志乃

第68回 ファーストコンタクト

アッコルドよりお知らせ

 

Webアッコルド1周年を記念して、

1日限り、「リアルな場所」で

アッコルドを展開します。

空を見わたせる会場で

昼から夜への

移り変わりを眺めながら

弦楽器の響きに触れてみませんか?

尾池亜美さん率いる

アミ・クァルテットが出演します。

 

●読者の皆様と、演奏者・執筆者・編集者との交流
●私たちが考える音楽の楽しみ方を一緒に体験

●ヴァイオリニストの尾池亜美さんとアミ・クァルテットの皆さんによる演奏
イザイの無伴奏、デュオ、ドビュッシーの弦楽四重奏曲等が演奏されます。
ヴァイオリニストの長尾春花さんがヴィオラに持ち替えて演奏します!

●アッコルド執筆陣の

ヴァイオリニスト・森元志乃さんと

尾池亜美さんとの対談


●質問コーナー、試奏コーナー、

●ワン・ポイント・アドヴァイス

●尾池亜美さんによる

 ハイフェッツの音階練習のデモンストレーション
 (尾池さんは、ハイフェッツの高弟ピエール・アモイヤルに師事し、ハイフェッツの音階練習を習っています。アッコルドから出版予定)

●美味しい軽食とお酒

 

他にもいろいろなサプライズを用意しています。

 

アッコルド1周年記念イベント

 

7月21日(月・祝)海の日

 

会場 ソラハウス(渋谷)

東京都渋谷区神南1-5-14 三船ビル8F

開演 18:15(開場:17:30)

料金 ¥10,000(軽食付き)

定員 40人

(演奏、コラム執筆者・森元志乃さんとの対談など)

 

公開リハーサル

開場 15:00

料金 ¥2,000

定員 20人

 

曲目

フォーレ/パヴァーヌ

ドビュッシー/弦楽四重奏曲 ほか

 

アミ・クァルテット

1stVn  尾池亜美

2ndVn 森岡 聡

Va    長尾春花

Vc    山本直輝

 

★詳細

http://www.a-cordes-ronde.com/#!special0711/cso7

 

※モバイルからは、メニューの「アッコルド1周年記念イベント」をタップしてください。

 

★チケットはこちらから
http://eventregist.com/e/a-cordes

★メールでのお申し込みもできます。
●お名前
●種類(公開リハーサル・本番)
●枚数
●;連絡先(メールアドレス)(電話)(住所)
を明記の上、
a.cordes.editeur@gmail.com(アッコルド)へ。
メールでお申し込みを戴きましたら、おって決済方法についてご連絡差し上げます。ご連絡をお待ち下さいませ。
※なお、個人情報は、本イベントに関わること以外には使用致しません。

★モバイルからは、メニューの「アッコルド1周年記念イベント」をタップしてください。

 

皆様のお越しをお待ちしています。

 

 

 

尾池亜美さん

対談・クァルテットへの思い〈1〉

 

尾池亜美さん

対談・クァルテットへの思い〈2〉

 

尾池亜美さん

対談・クァルテットへの思い〈3〉

 

 

 

© 2014 by アッコルド出版