久し振りに、友人と数時間しゃべり倒してきた。すっきりした。
音楽関係の友人だが、互いに自他とも認める『カープ女子』だ。
会って話をすると、一度は広島カープの話で盛り上がる。
え? ええ、カープ「女子」ですが、何か?
 
黒田の話題で涙と共に始まり、いざ優勝!と迎えたシーズンだが、
残念なことに、いつもと変わらず黒星が点々とする戦績、
これもいつものように、ここだけは頑張った“鯉のぼり”の季節。
いや、いいんです。どん底を知っていますから今さら黒星の一つや二つ。
 
ところで、『カープCarp』の名の由来をご存知?
そんなことはどうでもいい、なんて言わずお付き合い下さいませ。
「1949年リーグ拡張方針を受け、原爆(1945.8.6)による壊滅的被害からの復興を目指
し、親会社のない市民球団として結成された」カープ。
広島は養殖鯉の産地。原爆で焼け落ちた広島城は“鯉城”という名を持つ。
また、流れの急な龍門という河を登り切った鯉は龍になるという伝説=「鯉の滝登
り」「登竜門」に想いを込めて、球団名を『広島カープ』と決定。
(カープのマスコット『スライリー』はそこはかとなく竜の姿だ)。
 
“KOI”は芸術品として海外からも注目され、愛好家も多いのだとか。
錦鯉の養殖は、19世紀初頭に新潟県の旧山古志村で始まり、
1914年に東京で開催された博覧会を期に、一挙に全国区に。
ただ、海外輸出には輸送方法の確立を待たねばならず、実質、
海外の愛好家が増え始めたのは1970年代後半から。それまで海外では、
鑑賞魚としての錦鯉は、美術品の中で美しく身をくねらせていただけ。
 
「ははぁ、またクラシック音楽と無理矢理繋げようとしてるでしょう?」
「さすがに鯉とクラシックは…、ねえ?」「ね〜え」
いえいえ、そこのお二人。“鯉”の曲、あります。
 
ドビュッシーの《映像 第2集》第3曲『金色の魚Poissons d'or』(1907)
日本美術の熱心な蒐集家でもあったドビュッシー、その収集品には、
北斎や歌麿の浮世絵、鍋島のインク壺や竹製の矢立て、鯉の模様の煙草入れに仏像
も。
そんな彼の収集品の一つ=日本の蒔絵の箱、これに金で描かれた錦鯉が優雅に泳ぐ姿
にインスパイアされて、この曲が書かれたと言われている。
 
 
大見得切ったものの、「鯉」はもちろん「魚の曲」はこれ以上広がらない。
 
シューベルトのピアノ五重奏曲《鱒》(1819)は? この曲は第4楽章が、
自身の作、歌曲《鱒》の旋律による変奏曲になっているのでこの副題を持つ。
時には優雅に、時には跳ねるように、水の中を泳ぎ回る鱒の姿がそこにあるから、
「魚の曲」だと言えば、それに違いはない。しかし。もとになった歌曲が…
 
その歌詞の内容は、実はピンクレディの《S・O・S》とほぼ同じだ。(笑)
漁師はずる賢い男、鱒は可憐な乙女。男は狼なのよ、気を付けなさい的な。
これじゃ素直に「魚の曲」とは言えない、そう思う自分もいて。
 
サティ《夢見る魚The Dreamy Fish》は結構それっぽくて、
個人的には好きな曲なのだが、知名度は今ひとつ?
そうだ! サン=サーンスの《動物の謝肉祭》(1886)はどうだろう?
第7曲の『水族館』。これは、いけそうだ。
 
ほかの生き物に比べ、“魚”の曲は圧倒的に少ない。
ヴァイオリンは、鳥など動物の鳴き真似もできる楽器だから、
その要素が組み込まれた楽曲は、かなり古くからそれなりに存在する。
なのに。ああ、そうか、魚は鳴かないから? それだけなのかなぁ。
 
魚を鑑賞する習慣がなかったからだろうかと考えてみる。
鯉をはじめ、魚は食べ物でしかなかった、と? 
「鑑賞」といえば『水族館』、その原点は割合早くに見られるものの、
我々がイメージする『水族館』となると、その出現は1830年以降。うむ。
 
魚ではないが、「海の生き物」という括りで紹介できるのは、
クラムGeorge Crumb(1929- )の《鯨の声Vox Balaenae》(1971)
この曲は“ザトウクジラの歌”に基づいて書かれた室内楽作品で、
電気的な増幅処理を施された楽器で演奏される。
 
クラムといえば、ヴァイオリン弾き的には弦楽四重奏曲《黒い天使たち》。
その心が引き裂かれるような内容、怒涛のように押し寄せる特殊奏法に全身が粟立
つ。
一方《鯨の歌》はその特殊技法でどこまで自然に近付けるかに挑んでいるような曲。
現代曲はあまり得意ではないのだが、この曲は結構気に入っている。
 
 
「ヴァイオリンと鯨」、一件何の関わりもなさそうだが、
どうしてどうして、意外に距離が近い。というのも、
ヴァイオリンの弓の“ラッピング”(手元の人差し指の当たる部分)に、
鯨のヒゲを使用したものがあるからだ。ときに見掛ける、
半透明の白(黄)色と黒色の縞に見えるのが、鯨のヒゲである。最近は、
諸事情でイミテーションが増えたので、全部がそうではないけれど。
 
もう一つ、「ヴァイオリンと鯨」といえば、やっぱりこれだ。
ドラえもんの『もどりライト』!(大山版ドラえもん第112話)
ご記憶のある方もいらっしゃるかもしれない。 
 
身の回りのものの原料を調べるという宿題が出たのび太、
いつものようにドラえもんに相談。ドラえもんが出したのが『もどりライト』。
この道具で光を浴びせると、ノートは材木に、畳はイグサ、ビールは麦になる。
いつもの流れで、しずかちゃんにライトを見せに行ったのび太は、
ヴァイオリンを弾いていた彼女の服にライトを当てようとして、止めようとするドラ
えもんと揉み合いになる。
その時ライトがピカッとヴァイオリンの弓に。
で、出てきたのが、で〜っかい鯨。のび太が言う。
「ヴァイオリンの弓はくじらのヒゲも使われているのかぁ」
 
この台詞自体に嘘はないが、光が当たっている部分が微妙。
「ヴァイオリンの弓の毛を『鯨のヒゲ』だと思っている子がいるのはドラえもんのせ
い」なんて説があるらしいが…そういうことにしておくか。
 
ところで、このシーンでしずかちゃんが弾いていたのは、
どうも〈バッハ=グノーのアヴェ・マリア〉のようである。
こんなことは言いたくないが、あまりにも下手過ぎて、
一度聞いただけでは分からない。それにしても演奏、ひど過ぎる(笑) 。
世間曰く「初心者が出すヴァイオリンの音」 怒れ!全国の初心者たち!
 
ジャイアンの歌をあれこれ言えないであろう“しずかちゃん”だが、
本人は平然と、いや、どちらかというとうっとりとしながら弾いている。
その「ナルシー」な姿を見て、なぜか思い出すのが(ごめんなさい)、
シャーロック・ホームズである。もちろん違うジャンルだし、しかも、
彼の腕前はプロ級。この場面で思い出すこと自体、許されないのだろうが。
 
 
『緋色の研究』(1887発表、シリーズの最初の作品)の冒頭で、
同居するに当たってホームズとワトソンが互いの習慣や趣味を打ち明け合う、
そのシーンで初めて、ヴァイオリンの話が出てくる。ホームズが聞く。
「君にとって、ヴァイオリンの演奏は騒音だろうか?」 
それに対して「上手いヴァイオリンの演奏を聞くのは好きだ」と答えるワトソン。
ホームズ、に〜っこり。「だったら問題ない、決まりだ」
くぅ。だから、ホームズ、嫌いなんだ!(笑)
 
シャーロキアンではない。でも、ホームズは捨てられない。
だって、だって。他のすべてをさておいたとしても、
ホームズ・シリーズにはヴァイオリン弾きがマニアックに楽しめる要素がある。
何気ない一文に、その時代の音楽界の状況を垣間見ることもできて。
 
シャーロック・ホームズに出てくるヴァイオリン界の著名人、
まずは、パガニーニである。残念ながら、名前だけだが。
「私達は一緒に楽しい昼食をとった。ホームズはヴァイオリンの話ばかりしていた。と
ても嬉しそうに、少なくとも500ギニーの価値はあるストラディヴァリを、どうやっ
てユダヤ人古物商から55シリングで買ったかを話し、そして、パガニーニについて
語った。」〜『ボール箱』
 
パガニーニの方が、ホームズやドイル(1859-1930)より少し時代が早い。
すでに成功していたパガニーニ(1782-1840)が行ったロンドン・ツアーでは、
演奏会の入場料が法外な値段だったため、新聞紙上で「守銭奴」と非難され、
やむなく料金を下げて開催したという騒動が逸話として残っている。
ロンドンっ子には印象的だったに違いない。語り草になっていただろう。
ホームズにはもう少し、パガニーニついて語ってほしかったなぁ。
 
続いて出てくるのが、サラサーテ(1844-1908)である。
「セント・ジェームズ劇場で今日の午後サラサーテのコンサートがある」彼は言った。
若い頃に行ったロンドン公演では評価を得られなかったサラサーテだが、
1879年のフィルハーモニー協会のコンサートでは事情が一変、本人も驚いた満場の拍
手喝采、三度のアンコール。
さらに1883年同協会でメンデルスゾーンの協奏曲を弾いたときには、ホールは立錐の
余地もなかったという。
ときにサラサーテ39歳、ドイル24歳。
「プログラムにたくさんドイツ音楽があったが、イタリアやフランス音楽よりもずっ
と僕好みだ。ドイツ音楽は自分を見つめさせるようなところがある。そして僕はそう
したいのだ。さあ、行こう!」〜『赤毛組合』(1891)
 
 
『緋色の研究』第1部第4章に、ホームズのこんなセリフがある。
「今日の午後はノーマン・ネルダを聞きに、ハレのコンサートに行きたい」
「まずは昼食。それからノーマン・ネルダの演奏会だ。彼女のアタックとボウイング
は実に素晴らしい。彼女が華麗に演奏するあのショパンの小品は何だったかな。トゥ
ラ・ラ・ラ・リラリア〜レィ」
 
誰だ!“ノーマン・ネルダ”って?
ノーマン・ネルダ(1839‐1911)は、実在の女性ヴァイオリニストである。
ヴィルヘルミナ・ネルダとしてモラヴィアに生まれる。
やがて、スウェーデンのオペラ指揮者ノーマンLudvig Norman (1831-1885)と結婚。
その夫と死別した彼女は、サー・チャールズ・ハレ(イギリスでもっとも伝統ある
オーケストラの一つハレ管弦楽団の設立者)と結婚し、ハレ夫人となる。
 
職業ヴァイオリニスト兼オルガニストの父親から、最初のレッスンを受け、
その後、有名なボヘミアのヴァイオリニスト、レオポルト・ヤンザに学ぶ。
7歳で公のコンサートに出演。1849年、ロンドン・デビュー。
「ヴュータンの《アルペッジョ》とエルンストの《ヴェネツィアの謝肉祭》の彼女の
演奏は素晴らしく、年少の点を斟酌する必要はまったくない」
 
彼女がド・ベリオの協奏曲を弾いたときの、バーソロミュー(英国の歌劇台本作者、
ヴァイオリニスト)の感想がこうだ。
「一人の年端も行かぬ幼い少女が、昨夜フィルハーモニーの聴衆のためにド・ベリオ
の協奏曲をヴァイオリンで弾いた—まるでパガニーニのミニチュアのように。彼女の
音色、弾き方、特に弓を持つ手の使い方、すべて完璧だった—ボウイングが美しかっ
た。彼女の優雅でしなやかな手首は、聞いたこともないような至極煌びやかなスタッ
カートを生み出していた」
まさに、ドイルがホームズに語らせている通りの評である。
 
ところで、彼女の才能を最初に認めたのは、ヨアヒムらしい。
彼女はヨアヒム四重奏団でも弾いたし、バッハの「ドッペル」などでも共演してい
る。
そのヨアヒムの名が、ホームズのグラナダ・テレビ版第11話『入院患者』に出てく
る。  
床屋で散髪中のワトソンの隣、空いている椅子に座ったホームズ。
目を閉じ、パタパタと左手の指を動かす。それを咎めたワトソンに、前の晩の演奏会
で聴いたベートーヴェンのコンチェルトで、ヨアヒムのフィンガリングが思っていた
ものと違っていたから、それを練習しているのだ…とホームズは言う。 
 
 
ホームズの生きている場所が、まさに、
サラサーテが、ヨアヒムが、ネルダがいた場所、
そう考えると、小説の読みようも違ってくる。
 
頭に浮かぶホームズは、本の挿絵にあった怖い顔のホームズだ。
そして、イメージのままのジェレミー・ブレット(グラナダ版)。
記憶にある彼の演奏シーンや、ヴァイオリンを語るシーンはみな、
どこか「上から」の感じが、自己陶酔の気配があって好きではなかった。
しかし、久し振りにホームズを読み直して、印象が変わる。
 
彼がヴァイオリンを手に取るときは大抵、謎が解けず苦悩するとき、
彼の心がひどく痛んでいるとき、そして、友人のワトソンを癒すときである。
「おい、ワトソン、疲れたようだな。このソファに横になるといい。僕が君を寝かし
つけてやろう」
彼は部屋の片隅からヴァイオリンを取り上げ、私がソファで手足を伸ばすと、小さな音で夢見るような美しい旋律を弾き始めた。 (…私が)夢の国にたどり着くまで。〜『四つの署名』
ワトソンは言う。
「私の我慢に対するささやかな埋め合わせとして、彼はいつも最後に私が好きな曲を
続けて演奏してくれた」
演奏する曲もメンデルスゾーンのリートやホフマンの舟歌、優しい感じの曲が多い。
 
ドイルの持つヴァイオリンのイメージ、ヴァイオリンを弾く人のイメージを想う。
彼がホームズにヴァイオリンを持たせた、そのことがなんだかとても嬉しい。
 
数年前、どこかで見た「心に残る名探偵」ランキングでは、
コロンボに1位の座を奪われ、2位に甘んじたホームズだが、
ホームズが世界最強の名探偵であることに変わりはない。
 
ところで、某自動車メーカーのCM、しずかちゃんのヴァイオリンに、
鳥はゴォッと一斉に逃げ、猿はバサバサと木から落ち、クマはバッタリ倒れていた。
しずかちゃんが世界最恐のヴァイオリニストであることも間違いない。

 

ヴァイオリン弾きの手帖

ヴァイオリニスト、ヴァイオリン教師 森元志乃

第114回

シャーロック・ホームズのヴァイオリン

Artur Rubinstein plays Debussy "Poissons d'or"

F. Schubert: Trout quintet - 4. theme and variations

Whale Song

George Crumb - Vox Balaenae

動物の謝肉祭〜水族館

作曲:サン=サーンス

ドラえもんBGM 「しずかちゃんのヴァイオリン」

ドイルも聴いた?Sarasate plays Bach - Prelude

© 2014 by アッコルド出版