演奏順と演目などは、入口にさりげなく記されるだけ。

なかなか練れた響きだったヴィーンのジョコーソQは、やはり結成から10年以上を経た経験のある団体だった。

地元の音楽家を中心にした審査員団は、いちばん後ろから耳を傾けている。

本選会場は旧王宮内の教会で、ARDコンクールの独奏楽器本選が行われるヘラクレス・ザールが大ホールとすれば、こちらは小ホールとして機能する場所である。

天井が高く、内装も歴史を感じさせる。だが、響きがあちこちに散ってしまう「教会っぽい音」の空間ではなく、案外と室内楽に適した場所であった。

優勝したフランクフルトのアリスQ。チェロの表現力が圧巻な団体だ。

聴衆賞を獲得したゴルドムンドQは、この地で青春を過ごし出ていった若者達。昔なじみも聴衆に多かったことだろう。

大阪でも見当したアベルQは、着実に真面目に勉強を続けていることは良く判る。

演奏を終えて審査室に向かう審査員達。審査の最中、聴衆にはワインとオードブルが振る舞われた。

以下の写真は、クリック(タップ)すると、

拡大され、キャプションも出ます。

短期間でミュンヘンを訪れた。目的は、コンクールである。
 
季節外れでは、と思われることだろう。そう、「ミュンヘン」で「コンクール」といえば、言わずと知れた「ミュンヘンARDコンクール」である。バイエルン放送が毎年秋の初めに開催するあらゆるジャンルを網羅したコンクールのデパートで、今ではドイツ中の放送局が協力する「全ドイツ放送局コンクール」のようなものだ。ドイツの放送局はオーケストラを持ち、それらのポジションへの直接の道になるばかりか、放送局繋がりで日本のNHKでもラジオ放送があったので、日本では際立った知名度を持っている。戦後のある時期、日本から次々と演奏家が輩出されていた頃、このコンクールを通過して世界に出て行った現在の長老格演奏家は数多い。
 
とはいえ、この南ドイツの音楽都市は懐が深い。規模は小さいながらも、他にも幾つものコンクールが開催されているのだ。今回、筆者が訪れたのは、正式には「アウグスト・エファーディング音楽コンクール」、主催するのは社団法人ミュンヘン・コンサート協会(Konzertgesellschaft Munchen e.V.)で、強いて言えば「日本音楽コンクール」に対して「日本演奏連盟」主催の大会(そんなものは存在していないけれど)、といったところだろうか。
 
要するに、ローカルなコンクールである。とはいえ歴史はあり、1987年に"Großer Förderpreis"としてスタート、91年にコンクールという名が付され、2008年からはミュンヘンの名演出家アウグスト・エファーディングの名前が冠された。科目を交代しながら毎年開催されるのはARD同様だが、複数のコンクールを同時期に進行させるあれほど大規模な大会ではなく、大会の規模相応に、特定のジャンルに絞って開催されている。オペラ界の偉人を顕彰するようになってからは声楽が隔年で開催され、間の年は器楽に充てられるようだ。過去にはヴァイオリン(イザベル・ファウストの名が受賞者にある)、ピアノ三重奏(トリオ・ヴァンダラー、トリオ・オンディーネ)、ハープ(メストレ)、クラリネット(ダニエル・オッテンザンマー)などがが開催されている。弦楽四重奏はどうやら過去には1998年に開催されただけのようで、そのときのファイナリストはコンテンポQ、クランケQ、カサルスQだったようである。
 
どうしてメイジャー大会でもないコンクールにわざわざ出向いたかといえば、審査員の顔ぶれゆえである。ジュネーブの国際コンクール連盟に加わらないローカルなコンクールであるとは、逆に言えば、国際コンクール連盟が規定する審査員の国籍バランスなどに気を遣う必要がないということ。
 
実際、このコンクール、猛烈にミュンヘンらしい審査員が並んでいる。審査委員長は、今世紀に入ってミュンヘンARDコンクールの「優勝者の出ない大会」という性格を変貌させたクリストフ・ポッペン。弦楽四重奏専門コースは持たないミュンヘン音楽院で、実質上室内楽指導の中心人物となっている元ケルビーニQの第1ヴァイオリン奏者である。同じく元ケルビーニQでミュンヘン音楽院でも教えるハリオルフ・シュリヒティヒと、日本でもお馴染みの地元ヘンシェルQのモニカ・ヘンシェルがヴィオラからの審査員。現役演奏家としてもうひとり加わる元シマノフスキQ第1ヴァイオリンのアンドレイ・ビエローは、ヴァイオリニストとしてこのコンクールの優勝経験があるという。残る2人はバイエルン放送のプログラム・ディレクターと、地元の音楽評論家だ。つまり審査員に外国人はひとりだけで、ジュネーブの連盟の規程からすれば絶対に「国際コンクール」と認められない顔ぶれなのだ。とはいえ、我らが大阪大会もこれくらいローカルにしてインターナショナルにして審査員を並べられたら、と羨ましくなってしまうのが本音である。
 
コンクールの規程やら優勝賞金やら、具体的なデータは公式ページを眺めていただこう。些か具体的すぎ殺伐たる表現かもしれないが、優勝団体への賞金が現レートの日本円で100万円程(大阪などメイジャー大会の3分の1くらい)、という事実からこのコンクールの規模がご理解いただけようか。
http://www.konzertgesellschaft.de/wettbewerbe/august-everding-2014/
 
 
コンクールは12月7日と8日の2日間に行われた。テープ審査の結果、ミュンヘンに招聘されたのは6団体。まずは日曜午後のミュンヘン音楽院小ホールでの予選である。
 
ナチス時代の擬似古典様式で建てられた重厚な音楽院の、意外に簡素な正面入口の重い扉を押して入ったところに、上層階に繋がる巨大な階段がある。ARD大会の弦楽四重奏部門予選会場はこの階段を上って左手のホールなのだが、今日は階段の左下の小ホールに真っすぐ向かう。正直、コンクールというよりも大学で開催されるオーディションのような雰囲気である。扉の横に掲げられた大会ポスターは、どういうわけか4羽のペンギンが氷の上から海に飛び込んでいる様子。弦楽四重奏を目指す4人にとって、飛び込む水は思いっきり冷たいぞ、と暗示してるのかと思ってしまう。
 
ちょっと大きなレッスン室くらいの小ホールに、譜面台と椅子が置いてある。数十人の聴衆は、ミュンヘン大会の弦楽四重奏やピアノ三重奏の1次予選から熱心に来ていそうな地元の室内楽好きと、あとは参加者の友人知人であろう。審査員用テーブルはその後ろに無造作に並ぶ。
 
参加団体を予選演奏順にご紹介しよう。実は、ガスタイクでの急な別件仕事が入り、予選前半は聴くことが叶わなかった。故に、コメントは後半に弾いた団体から。
 
最初に登場したピアッティQは、去る6月のボルチアーニ大会にも参加していたイギリスの団体。筆者とすれば、2011年のメルボルン以来、ロンドン、レッジョとどこに行っても出会うお馴染みの連中になってしまっている。細部の解釈などに妙に凝ったところのある、ある意味、極めてイギリス趣味の団体で、聴衆へのアピール力はある。今回は本選に進めず、残念ながら筆者は聴けなかった。某審査員に拠れば、ファイナリストとの点数は僅差で、本選に残れば聴衆賞は獲れた可能性はあるのでは、とのこと。なるほど、と思わされるコメントではある。来るイースターのロンドン大会には参加が許されたと発表されているので、恐らくは最後となる闘いに期待しよう。
 
去る5月の大阪大会をお聴きの読者諸氏には、ノーヴスQの後輩たる韓国の4人組、アベルQの名前は懐かしいだろう。ミュンヘンで勉強をしている真っ最中、学んでいる師匠は審査委員長なのだから、ここでは地元組としての登場である。安定した力を聴かせ予選を突破した。
 
ゴルドムンドQも、地元ミュンヘンで結成され、ドイツ各地で学んだ団体だ。無事に翌日に駒を進めている。
 
フランクフルトのアリスQ(AliceではなくArisで、日本語の表記が案外難しい名前である)は、ヴィオラが凄まじい勢いでアイコンタクトをし続ける。小さな教室のような会場では、チェロがバランスを欠いて大きな音量に聴こえてしまったが、きちんとしていることは確かだ。もう一度より広い会場で聴けることとなった。
 
ヴィーンのジョコーソQは、チェロ以外が立って弾くスタイル。舞台に登場してから自分らで一生懸命設営をやり直す。立ち弾きだからといって、ダウンボウに猛烈な力が込められたり、凄まじく動き回るわけではなく、音楽は至って自然。逆に見れば、些かアピールに乏しいとも言えるかも。
 
最後に登場したダフニスQは、ハノーファーで結成された団体。最近、教師として熱心に活動するクスQのオリバー・ウィルの門下で、ベルリン・トウキョウQと同門である。ベートーヴェンの作品18の3はかなり繊細で、うるさく鳴り過ぎず、中身をきちんと見せようとする音楽。難物のシューマンの3番は、楽想の多彩さを全て聴かせるには力不足と感じさせてしまったのが残念。選曲の問題もあったのだろうが、難しい課題に果敢に取り組む姿は潔かった。
 
 
アリス、ゴルドムンド、アベルの3団体が進んだ翌8日の本選会場は、ミュンヘンの旧王宮、レジデンツ内のオペラ劇場裏手の教会である。実は、全く同じ時間に200メートルも離れないヘラクレス・ザールでは、2004年ミュンヘン大会の覇者で今世紀に突如登場し一気に若手弦楽四重奏団のナンバーワンとなってしまったエベーヌQがコンサートを開いている。翌週のシャンゼリゼ劇場でのコンサートをもって脱退が発表されている創設メンバーのヴィオラ奏者マチュー・ヘルツォクが、ミュンヘンで演奏を披露する最後の機会である。筆者とすればそちらにも心動かぬ筈はないが、こればかりは仕方ない。涙を呑んで…などというと、若い弦楽四重奏に失礼だ。新鮮な演奏に大いに期待しながら、会場に向かった。
 
主催する協会が弦楽四重奏シリーズの会場にも使う教会の響きは、案外と纏まっていて、見かけの広さから心配される類いのものではない。正装が好きなこの街の聴衆らしく、本選ということでフォーマルな服装の聴衆ばかり。協会会長らの長い演説が終わって、やっと演奏が始まる。コンクールであろうが自分らのペースを崩さないのは立派なものだ。
 
まず登場したアリスQの印象は、基本的に前日と違うものではない。ただ、流石にこの団体のパワーには狭すぎた昨日の空間に比べると、より伸び伸びと振る舞っているのが印象的であった。前日同様、時間の制限が厳しく全楽章弾くわけにいかないこのコンクール、演奏する楽章の選び方も重要となってくる。モーツァルト《不協和音》では、やはり第1楽章序奏とアレグロ主部の対比が大きなポイントだろうし、第2楽章の聞き所の第1ヴァイオリンとチェロの対話などがどこまで表現できるかがポイントだろう。正直、力があることは判るが、ギリギリまで何かを強調するやり方ではなかったのは、慎重になったのか、この団体のキャラクターなのか。無論、相変わらずチェロはこの会場でもアンバランスなほどパワフルである。もうひとつ、故郷の作曲家ヒンデミットの2番終楽章も、想像したほど技巧をぎらつかせることもない。正直、筆者にはこの団体は些か未消化で終わった。もう少し聴いてみないと判らぬ、というのが本音。
 
会場の聴衆から暖かく迎えられたゴルドムンドQは、モーツァルト《狩》の冒頭から3楽章までを披露。柔軟な響きのアンサンブルの中でもはっきりしたアクセントのダイナミックスを開示する音楽は、21世紀最初の10年代にドイツ圏で一世を風靡したアルバン・ベルクQ流派の最若手かと思わされた(プロフィルに拠れば、文字通りヨーロッパのあらゆる著名な先生に習っているようだ)。第3楽章で第1ヴァイオリンが細かい装飾を入れたり、今風の流行にも敏感そうである。後半はリームの第4番。この空間でのリームは興味深い。フレーズをユニットのように扱い、あまり猛烈な暴力性は感じさせない。新世代の叙情派リーム解釈が生まれてきているのだろうか。
 
最後に登場したアベルQ、客席には仲間の姿も多い。この団体もモーツァルトは《不協和音》の冒頭2つの楽章。中声がしっかりしており、とてもバランスの良い団体で、些か皮肉に言えば、とても上手な学生さん、という感はぬぐえない。アクセントの付け方がベートーヴェンの作品18のsfを聴いているような気がしてくるのは、意識的な解釈なのか、それともそうなってしまっているだけなのか。後半はバルトークの第4番を全楽章披露する。良くも悪くも、綺麗で、細部まで歌い込んだバルトークで、ローカルなパワーとはちょっと違う。方向性は判るしあり得るとは思うものの、このやり方で説得力を与えるにはまだまだ成すべき事は多かろう。
 
結果は、第1位にアリスQ。第2位にアベルQが入り、聴衆賞を獲得したゴルドムンドQは3位に終わった。結果からすれば、ドイツ語圏各地の音楽大学で学ぶ若い弦楽四重奏の国内大会のような様相で、結果にもある種の志向(嗜好?)をハッキリと感じさせる、いかにもちゃんとしたローカル大会であったと言えよう。多彩な趣味の有り様と、そういうものがある重要性をあらためて感じた大会であった。

ミュンヘン音楽院正面の大階段下に、会場の案内が。いつものARD大会では結果の掲示が山のように出されているスペースの奥が、今日の予選会場だ。

第75回

アウグスト・エファーディング・コンクール見聞録

電網庵からの眺望

音楽ジャーナリスト渡辺 和

© 2014 by アッコルド出版