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プレーヤー同士のお茶会や飲み会は、得てして、
くだらない話で盛り上がることが多いのだが、たまには、
真面目に音楽について熱く語り合うことだってある。
ああだこうだと口角泡を飛ばし、青臭い議論になることも。
それは、三十年前も十年前も五年前も今も同じ。
…そんなことを嬉しく感じる歳になってしまった。
音楽で食っていこうか、それに全てを注ぎ込もうかという、
癖の強~い個性豊かな面々が集まれば、さぞかし、
とんでもない状況になるのだろうと思われがちだが、不思議と、
どんな話題でも(余程性格の合わないメンバーがいない限り?)、
落ち着くべきところに、話が落ち着くのが面白い。
言いたい放題の時間が終わると大抵、あるタイミングで、
誰しもが同意を表明するような、なにがしかの“結論”に到達する。
音楽の話の先には、そういう落とし所のようなものがあるのだが、
それとは別に、『臨界点』みたいなものがあるのも面白い。
中には、もう少し突っ込んで話したいなぁ、話し足りないなぁ、
もっと聞きたいなぁ、なんて話題も少なくない。なのに、
その『暗黙の臨界点』に達すると、自然にスッと話が変わるのだ。
まあ、酔っ払っていて難しい話ができないだけかもしれないけど(笑)。
そんな話題の一つが、“呼吸”である。
何かの流れで“呼吸”の話になる。
「“呼吸”は大事だ」、オーボエ奏者が言う。
そこにいる全員が頷く。うんうんと強く頷く。
「“呼吸”は大事だよ」、トランペット奏者が言う。
「“呼吸”は大事だね」、ピアニストが言う。
「“呼吸”は大事でしょう」、声楽家が言う。
「“呼吸”は大事です」、指揮者が言う。
それで? …おしまい。
来た~っ、臨界点!
☆
かくして、共に頷いたヴァイオリン弾きは悩むのである。
皆が口にしている“呼吸”って何だろう?
自分の考えているものと同じなのかな? 少し不安になる。
自分と同じところに立って、言っているのかな?
自分と同じものをイメージして、言っているのかな?
もちろん、“演奏(法)と呼吸の関係”が互いに、
全く違うものだということは、重々承知の上だ。
臨界点がすぐ来てしまうのは、そのせいだろう。
もう一歩踏み込んでしまうと、俄然話が難しくなる。
そこにはとんでもなく深い淵が口を開けていることを、
落ちたら這い上がれないということを、全員が知っている。
だから、しかつめらしい顔つきで相槌を打って終わるのだ。
それでも、その話題を俎上に乗せ、共感を求めずにはいられない。
“呼吸”―それほど共有したいもの。それほど重要なもの。
もしかすると、“呼吸”という言葉で漠として想像されるもの、
例えば、フレーズとか、リズムとか、間とか、タイミングとか、
そんなものを頭に描いて、口にしているだけかもしれない。
うん、そういうときもあるだろう。
話の内容によっては、“呼吸”という言葉が、
“音楽”そのものを意味しているのではないかとさえ思うときがある。
『呼吸』君も、随分、大役を請け負わされたものだ。
それにしても、
これほど要の部分が異質なものが集まって、
よく同じ曲を演奏できるな、と改めて感心する。
人間関係が、すべてアンサンブルのようであればいいのにね。
内にどんなドロドロした闇や確執があっても(そんなものない?)、
互いに認め合って一つ事を成し遂げる。
何だか音楽家、カッコいいぞ。(笑)
☆
ヴァイオリンは、息継ぎの必要がない。
息を吸いながらでも、演奏ができる。
その気になれば、息を止めて演奏することもできる。
やろうと思えば、飴をなめながらでも演奏できる。
休符が全然なくたって、何の問題なく演奏できる。
近代奏法では、弾き語りは少し難しいけれど。
改めて、演奏(技法)を、
「呼吸に囚われるものと囚われないもの」とで考えてみる。
前者の代表は歌や管楽器、後者の代表はピアノや打楽器。
ヴァイオリンは?
ヴァイオリンは多分、その中間だ。
「え? 何? その中途半端な感じ」
「『囚われない組』じゃないの?」
「息を止めてでも演奏できるって言ったじゃない」
確かに、そういう意味での呼吸の制約はない。しかし、
まったく呼吸運動に囚われていないのかというと、そうではない。
ヴァイオリン弾きは、いつも実感している。
ボウイング動作と呼吸が密接な関係にあることを。
だって。
ダウンを弾きながら、息を吸い続けるのは何だか苦しいし、
アップを弾きながら、息を吐き続けるのは思いのほか難しい。
変なタイミングで呼吸すると、ボウイングが混乱することがある。
それはそうだ。ボウイングのダウン&アップには、
個人差=構えた時の楽器の角度や、弦ごとの角度差はあるものの、
大なり小なり、腕の上下動が伴う。そして、その、
腕の上げ下げは胸郭の開閉(=呼吸)と密接な関係にあるのだから。
吸息運動=横隔膜が下がり、外肋間筋が収縮によって胸郭が広がると胸腔内の容
積が大きくなる。これによって肺が拡張し、空気が肺内に流入。
呼息運動=腹壁筋の収縮によって横隔膜が挙上し、内肋間筋が収縮することによ
って胸郭が小さくなり、胸腔内の容積が小さくなる。拡張した肺が縮小、収縮して空
気が排出される。
そういう意味では、ヴァイオリン&ヴィオラは、
同じヴァイオリン属でも、チェロ&コントラバスたちとも少し、
呼吸法やその学習内容が、違うかもしれない。
☆
だとすると、『ボウイングと呼吸法』について考える前に、
『姿勢&構え方と呼吸法』についても考えるべきかもしれない。
ヴァイオリン弾きの腕の活動範囲は、胸より上が主である。
胸郭が開いて呼吸もしやすそうだし、実際そうなのだが、
上半身のどこかに力みが生じて、その状態で固まったりすれば、
それはそれで、自然な呼吸を妨げてしまう可能性がある。
「肩は上げるな、すくめるな」と言われる所以?
両肩を前に出す、左腋を閉じる、右肘を下げる(カマキリ奏法)、
こうした胸郭を締めてしまう姿勢もよくない。
小さく縮こまった姿勢では、息を深く吸うことができない。
(こういう姿勢は精神的にもマイナス志向になるらしい)
楽器をグッと押さえ付ければ、喉が閉まって深く息を吸えない。
楽器をギュっと挟んで歯を食いしばれば、息が止まってしまう。
ヴァイオリニストの首や喉元がスッと美しく見えるのは、
(幾人かの愛すべきぷよぷよヴァイオリニストは除いて)
自然な呼吸の確保、ということにも理由があるのかもしれない。
こういう風に見てくると、ヴァイオリンは、
『呼吸障害』を引き起こしやすい楽器?
ということはつまり、緊張を引き起こしやすい楽器?
それは、大変だ!
何とか、呼吸を制約しない姿勢を獲得せねば。あ、でも、
逆に言えば、呼吸が楽にできる姿勢がよい姿勢ということか。
そう言えば、腹式呼吸じゃないとダメか?とよく聞かれる。
実際のところ、胸式と腹式は混在していて且つ腹式の方が優勢なのが普通。
主に胸郭を動かして呼吸運動をすることを胸式呼吸といい、
腹部の運動によって横隔膜を動かして行うもの腹式呼吸という。
もし、腹式呼吸云々と注意されたなら、それは、
息を深く吸えず、浅い呼吸や不自然な呼吸で演奏していたり、
呼吸するときに肩が上下して、楽器に不要な動きが加わっていたり、
そんな問題が起きているのだと理解すればよい。
必要と思えば、世間が言う『腹式呼吸』を勉強すればよい。
☆
呼吸法。
要求されているものは、声楽家や管楽器奏者のそれとは違うが、
ヴァイオリンの演奏が通常の呼吸だけでは賄えないのも事実だ。
かといって、これは、
演奏中にあれこれ考えたり、ひどく意識して行ったりするものでもない。
呼吸のタイミングも誰に倣わなければならないというものでもない。
ただ、
つい息を止めて弾いてしまう、(が故に)過緊張になりやすい、
いつも音が固く、音色に伸びや響きが足りない、音量幅が狭い、
左手の動きが鈍い、弓が速く動かせない、均等な動きが苦手、
全弓や弾き切りなどのダイナミックなボウイングが不得意、
こういう傾向がある場合は、
それやこれやの原因が、“呼吸”であることも少なくない。
呼吸(法)を勉強することで解決できる問題があれば、
日々の練習で解決して身体に覚えて貰おう、という発想でいけばよい。
とにかく、中途半端に演奏動作と呼吸がマッチしている楽器。
運動が要求する呼吸と、音楽が要求する呼吸が違うことは多々ある。
ダウンは息を吐きながら弾く方が弾きやすいし、
アップは息を吸いながら弾く方が弾きやすいが、当然、
いつも、そうしている訳ではないし、
そうしなければいけない訳でもなく、そうできる訳でもない。
ワンボウの間で何度も呼吸することもあるし、
一呼吸の間に何往復ものボウイングをすることもある。
『逆呼吸』にして音色に抵抗感を出す奏法もある。(ブラームスなどでよく使う)
「一つのフレーズは一息で」といった注意をよく耳にするが、
せっかく、息継ぎが音に出ないヴァイオリン、
無理に呼吸で具現化する必要はない。それよりは、
「一息で弾いているように聴こえる演奏法」を身に付けた方がいい。
一方で、ヴァイオリンには『弓の返し』という問題がある。
弓の返しと呼吸のタイミングが一致すると音(音楽)が切れやすい、
ということもあって、呼吸のタイミングを弓の返しとずらす、
そんな練習もある。レガート習得には必須課題だ。
深い呼吸を求められることが多いが、ずっとそれでいい訳ではない。
浅い呼吸で緊迫感を出したり、呼吸を止めることでパワーを溜めたり。
長いフレーズ、やっぱり一息で弾いてみたいと思うこともあるだろう。
たっぷり息を吸うことは覚えたい。ゆっくり吸う時間がないときもあるから、
瞬時にたくさん吸えるようになっておきたい。やはりトレーニングは必要か。
ヴァイオリン得意の持続音、なのに意外と苦手な白玉音符。
呼吸が浅いと、弓が震えたり、音が掠れたりすることがある。
このロングトーン、ワンボウを一息で弾くのも一つの方法だが、
間でそっと数回呼吸をすると、また違う音色になる。
思い出した。学生の頃、シューベルトのソナチネのレッスンで、
「歌うように弾かなければいけないのに、一体呼吸はどうなっているんだ」
そう叱られ、まず与えられた課題がボウイングしながら歩くことだった。
呼吸法でレッスン4時間。その間、弾いたのはわずか4小節(笑)。
「基本的に息が浅い!大体、構え方が固い!」と、こてんぱん。
ロングトーンをいろいろな呼吸で弾くという宿題が出て…。
シューベルトさんはどこへ行ったの~っ。
メニューインが言っていた。
「呼吸法に意識を向けることは、将来必ず役に立つ。身体に生命力が満ち、自分自身
の状態に敏感になり、さらに疲労に対する抵抗力がつく」
ヴァイオリン健康法?
ヴァイオリン弾きの手帖
ヴァイオリニスト、ヴァイオリン教師 森元志乃
第117回
息を吸って~吐いて!
J.S.Bach. Partita for flute solo
Glenn Gould - 04. Beethoven, 15 Variations With Fugue, Op.35 'Eroica'
大変そうに見えてしまう…
この人は楽しそうに歌っている…
Franck: Sonata in A major 1st movement; Noé Inui & Vassilis Varvaresos
耳を澄ますと呼吸が聴こえる…
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