「響き続けるイザイ」

「演奏に要求される技術を完全に忘れるほど楽曲の音楽と叙情を、時間をかけて忍耐強く、かしこく、そして細かく勉強して吸収することが必須である。我を忘れて弾くのだ。言い換えれば、別の己(高められた存在)が弾き、神は私たちの中に入り、私たちを導き、私たちに我らの真の姿を啓示するのである。」※1
冒頭の言葉は、ベルギーの巨匠ヴァイオリニスト兼作曲家、ウジェーヌ・イザイ(Eugène Ysaÿe, 1858 – 1931)がユーリトミクス(eurhythmics)の産みの親であるジャック=ダルクローズ(Émile Jaques-Dalcroze, 1865 – 1950)に伝えた、音楽を解釈する演奏者としての信念を表した言葉である。
 
19世紀後期から20世紀初期にかけてヴァイオリン奏法に最も影響を及ぼしたと言っても過言ではないイザイはヴァイオリン奏者としてのみならず、作曲家として、そして音楽界のリーダーとして音楽の発展を包括的に促進させた芸術家だ。芸術運動などにも関わり、彼はヴァイオリンを相棒に音楽のみが伝えられる人間の特別な「何か」を訴え続けた吟遊詩人だった。
 

何故イザイの研究?

 
イザイをヴァイオリン奏法とクラシック音楽に大きな影響を残した「伝説」として扱うことが便利なだけに、彼の人生や作品を輝かしく崇められる英雄の功績として語るのはそう難しくない。しかし、彼の芸術家としての貢献の深さを本当に役立つ形で勉強していくには、感動を誘う伝記や楽曲を賞賛する解説だけではやはり物足りない。複雑で人間くさい世界背景や楽曲の欠陥と捉えられるようなところも敢えて考慮した上で、イザイが芸術家として経験したであろう「苦労」と「その苦労を克服しようとする賢さ」を推察していって、伝記や理論に基づいた分析では得られない次元の勉強が可能になってくるのではないだろうか。
 
まず始めに、世界背景として、彼が無伴奏ソナタを作曲した1923年頃の政治、経済、文化、そして美学のことを思い浮かべてみたい。その歴史認識や解釈には色々な見解があるが、激動の時代であったことは確かだ。イザイはその混乱の中で成功と挫折を経験しながら藻掻(もが)き、身体を張って、聴衆を魅了する演奏を第一に考えながら時代に合った答えを見いだしていった芸術家であったことを認識したい。見事ヴァイオリン奏法と表現の歴史を変える程の存在になったイザイ。しかしながら、第一次世界大戦後は変わってしまった社会や政治と自身の身体の衰えに充分に対応できず、第一線でのコンサートキャリアは退かざるを得なくなり、その間にも進化し続けていった作曲家としての芸も、 (楽曲の価値を認識できたごく少数の友人やヴァイオリニストを除いて)ヴァイオリニストとしての成功とは違って、生きている間も亡くなった後も、長いこと一般的には理解されずにいた。
 
21世紀にはイザイという名前がヴァイオリニストとしてよりも作曲家としての印象が強くなるとはイザイもきっと夢にも思わなかったであろう。ただ、傑作と認められた無伴奏ソナタも欠陥の無い作品ではないという姿勢でアプローチしたい。何故なら、楽曲の弱い部分や問題点を知った上で長所をどう伸ばしていくかを考えるプロセスが演奏家にとって非常に大事だからだ。イザイがジャック=ダルクローズに伝えた「技術を完全に忘れるほど楽曲の音楽と叙情を・・・かしこく・・・細かく勉強して吸収する」という言葉にはこのような部分もあると信じている。欠陥等を考慮するということはあら探しに専念するというわけではない。優れた作品を演奏でいかに傑作としての説得力を見いだしていくかの課題である。
 
イザイの生い立ちもさることながら、彼の作った音楽は非常に面白い。現代のヴァイオリニストにとってもイザイは様々な意味で格好の勉強の題材なのだ。イザイと20世紀初期に関する研究資料は少なくはなく、当時の印象派やシュールレアリスト等の芸術作品は今もなお割と身近に感じられる部分があるという大きな利点がある。言い換えれば、20世紀初期と現代の価値観はある種の似た感覚を持っているのだ。
 

イザイの無伴奏ソナタ

 
イザイの楽曲に直接関わる問題のみならず、彼の生き方や考え方、そして活躍していた環境も把握することにより、彼がどのようにヴァイオリンと共に当時の表現のニーズに挑戦していったのかが垣間見える。その研究のエントリーポイントはやはりイザイの集大成である代表作、無伴奏ヴァイオリンソナタが最適だ。
 
イザイと親しかったヨーゼフ・シゲティ(Joseph Szigeti, 1892 – 1973)は「その[無伴奏ソナタの]重要な特徴はこの[イザイという]類いの無い奏者の奏法の要素が込められていることであろう。」※3と述べていることから、この無伴奏ソナタはイザイの奏法が至る所に現れている。
 

イザイの奏法

 
イザイは音楽の歴史の中で取り分け発展が多い時代で活躍していた。そして、彼のヴァイオリン技法の貢献があってこそ今私たちが認識する「ヴァイオリン」の持つ音色や多彩な表現の枠があると言っても過言ではない。
 
イザイは恩師のヴュータン(Henri Vieuxtemps 1820 – 1881)とヴィエニャフスキー(Henryk Wieniawski 1835 – 1880)から吸収したものを自身の時代の表現のニーズに合わせる工夫を重ねた。
 
弓はヴィエニャフスキーの力強い歯切れとヴュータンの濃厚な重音の鳴らし方に加え、非常に滑らかな移弦の技術を完成した。左手では中指で一つのポジションで弾ける音域の枠を広げ、半音シフトを上手く組み合わせて当時新しかった半音主義やペンタトニック音階を多用する音楽を滑らかに弾けるようにし、その流麗なフレーズ作りによってそれまでは無かったレベルの迫力と豊富な音色の変化を実現した。
 
ヴィブラートの使い分け方も大きく広げ、指使いもそのヴィブラートの使い方を意識したものが見られる。そして、これらの要素を全てイザイが1912年から1914年に録音した小品で確認できる。ただ、シゲティによると、その録音ではイザイの技芸は「わずかにしか悟れない」※4と言うのだから、イザイの全盛時代の芸の輝きは誠に凄まじかったのだろう。
 
あいにく、イザイの活躍していた時代のニーズを一絡げに語ることは難しい。ただ、大まかな背景として、技術が基本的に極められるところまで極められ、超絶技巧の競り合いの時代も終わり、今度は音楽の解釈に重点を置くように少しずつ変わっていった時代だと言える。
 
その状況でフランク(César Franck, 1822 – 1890)やフォーレ(Gabriel Fauré, 1845 – 1924)やドビュッシー(Claude Debussy, 1862 – 1918)の複雑な和声や滑らかな旋律を表現豊かに弾く課題が出てきた。また、象徴主義の美学が広まり、音楽もそれに大きく影響された。「音」と「音色」、そして楽曲のモチーフの持つ意味とその楽曲の中での表現の変化などが大きな課題になっていった。
 
イザイが自作でよく使う左手の指と指の距離を縮めて弾く並行6度の半音音階、そして素早い移動によってそれまでは考えられなかった重音を表現する工夫は彼の生きていた時代のニーズに応えようとした発展とも言える。
 

象徴主義

 
数ある芸術運動の中、恐らくイザイを最も強く影響したのが象徴主義だろう。※5 象徴主義を簡単にまとめると、それは象徴を通して内面から湧く心境や想像を表現する美学だ。※6 象徴に意味や感情を託し、その重ね方や工夫で深い想いを間接的に伝えようとするのが特徴で、そのため、現実逃避を誘うような幻想的な雰囲気を漂わせる作品が多い。
 
代表的な例として、
絵画では画家のモロー(Gustave Moreau, 1826 – 1898)や
クノップフ(Fernand Khnopff, 1858 – 1921)、
文学では作家のユイスマンス(Joris-Karl Huysmans, 1848 – 1907)や
詩人のマラルメ(Stéphane Mallarmé, 1842 – 1898)や
劇作家のマーテルリンク(Maurice Maeterlinck, 1862 – 1949
の作品が挙げられる。
象徴主義の文芸を元にしたドビュッシーの作品とその工夫が取り分け有名だ。※7
 
芸術運動の数も多く、美学についての意見交換や対立が盛んだった時代に象徴主義は他の芸術運動にも大きな影響を与え続けていった美学の一つ。そしてベルギーはその運動の中心的な国だった。建築ではアール・ヌーヴォー(Art Nouveau)が広く認められ、象徴主義の作品で多用された天使や蝶や植物などの象徴をモチーフにした美しいデザインが日常的な存在にまでなった。あいにくいくつものアール・ヌーヴォー建造物はその後取り壊されてしまったものの、今でもブリュッセルには当時建てられた素晴らしいアール・ヌーヴォーの建物や建造物が残っている。アール・ヌーヴォーの家具なども今は貴重な骨董品だ。イザイは日常的にアール・ヌーヴォーのモチーフなどに囲まれた世界で生活していたことが伺える。
 
メッセージ:
 
「弦楽専門誌ストリング」での2008年10月号から廃刊までの連載で、約3年に渡り、イザイの無伴奏ソナタ第5番、第1番、と第2番のお話をさせて頂きました。「ストリング」での連載を読んで下さっていた方々にこの場をお借りして改めて感謝を申し上げたいと思います。そして、今回はその「ストリング」の精神を引き継いだウェブ・マガジン「アッコルド」での記事を読んでいただき、ありがとうございます。
 
このブログ記事を皮切りに、アッコルドと日本ヴァイオリンのご協力で11月の15日と16日に日本ヴァイオリンのサロン・デュオで4回のレクチャーに渡り、イザイの無伴奏ソナタ第4番のレクチャーと演奏を開催できることになり、とても嬉しく思っています。詳細はこちらから
 
皆様とブログ、そして11月では実際の対面で、イザイの研究を分かち合っていければ幸いです。お会い出来るのを楽しみにしております。
 
レイ・イワズミ
※2
ウジェーヌと弟のテオフィール(Théophile)のカリカチュア、ベルギー王立図書館より MusMs 161-II-148
※2
 
※1
 «Il faut être si entièrement imprégné de l’idée et de l’émotion musicale d’une œuvre longtemps, patiemment, intelligemment et méticuleusement étudiée, qu’en l’interprétant on oublie complètement la technique que l’on s’est imposée. . .[sic.] On joue sans savoir ce qu’on fait. Autrement dit, c’est un autre moi (un moi supérieur) qui joue et c’est l’être universel qui nous pénètre, nous dirige et nous révèle à nous-mêmes.»
Émile Jaques-Dalcroze, Souvenirs: Notes et Critiques (Paris: Editions Victor Attinger, 1942), 51.
訳:レイ・イワズミ
※3
 
 “What gives them significance is that they are a repository of the ingredients of the playing style of this incomparable interpreter.”
Joseph Szigeti, With Strings Attached, Second Edition (New York: Alfred A. Knopf, 1967) 116.
訳:レイ・イワズミ
※4
 
 “A glance at some of the pages showed me that here was indeed a work in the making that would permit later generations to reconstruct a style of playing of which the inadequate Ysaÿe recordings give us barely a hint. These recordings were made when he was past his prime, the repertory he drew upon was anything but representative, and the recording techniques were, of course, still primitive.”
Szigeti, With Strings Attached, 118.
「[まだ未完成だった無伴奏ソナタの]数ページに目を通した時、私は、この作品を通して、イザイの残した録音ではわずかにしか悟れないイザイ流の奏法が後世のヴァイオリニストによって復活させられるようになると分かった。イザイの録音は彼が既に衰え始めていた頃に作られた上、選択されたレパートリーも代表的とは言えず、何より、録音技術が原始的だった。」
訳:レイ・イワズミ
※5
 
その他に主に挙げられるのは印象主義、超現実主義、表現主義、新古典主義。印象主義や超現実主義に関してはストリング2008年11月号、2011年5月号参照。
※6
 
例えば西洋文化で犬は「忠誠」の象徴とされることが多々あります。古代からその暗黙の理解で画家や作家は犬が作品に「忠誠」というコンセプトを仄めかすことを把握した上で工夫をしてきました。
※7
 
代表的なのが
マラルメの“L’après-midi d’un faune”
に基づいた
“Prélude à l’après-midi d’un faune”
(「牧神の午後への前奏曲」)や
マーテルリンクの
“Pélleas et Mélisande”
を台本としたオペラの
“Pélleas et Mélisande”(「ペレアスとメリサンド」)。
イザイ演奏と研究の権威として、
世界的に認められているヴァイオリニスト、
レイ・イワズミさんが、
11月15日(土)、16日(日)の
二日間に亘って、
イザイの無伴奏ソナタ第4番
ゼミナールを東京で行なう。
詳細はこちらから
お申し込みは、こちらから
 
このゼミナールでは、ソナタ第4番の神秘と謎を解明し、演奏と質問を交えて解説されるのであるが、それに先立ち、レイ・イワズミさんのライフ・ワークの一つであるイザイ研究の紹介を綴っていただいた。
 
世界的イザイ研究の一端を垣間見ることができよう。
(アッコルド編集部 青木日出男)

ヴァイオリニスト

レイ・イワズミ

この記事の書誌情報は以下のようにお願いします:

レイ・イワズミ (2014年10月4日). 「響き続けるイザイ」.アッコルド出版.[http://www.a-cordes.com/#!20141004iwazumi/cqpc]. 20XX年XX月XX日閲覧.

あるいは

Ray Iwazumi, "Hibikituzukeru Ysaÿe," à cordes, 2014-10-03 [http://www.a-cordes.com/#!20141004iwazumi/cqpc], accessed 20XX-XX-XX.

photo: Hirohisa KOIKE

© 2014 by アッコルド出版