息子の引っ越し先で、大家さんから、

「これ、読んでおいてくださいね」と渡された“ゴミ分別表”に、絶句した。

もはやそれは“表”ではなく“小冊子”だ。しかも、かなり厚手の。

確かにこれなら、「見る」ではなく「読む」だろう。

 

溜息をつきながら、パラパラと目を通す。

多分、これは、『親切』の一つの形。

いざ、分別となると、「これは何ゴミ?」と悩むことは少なくない。

そういったものを一つずつ「これは○○ゴミです」と明記すれば、

これ位の厚さになっても、まったく不思議ではない。

 

分かってもらいたくて、つい説明が長くなる自分がいるから、

その『親切』の意味が、痛いほど分かる。

かといって、「分厚い取扱説明書」に辟易している自分もいるから、

その上、「分からなかったら、電話した方が早いわよ」なんて、

親切切り捨て発言が、大家さんの口から出たりもするから…。

 

「“形”や“言葉”にする」難しさを感じつつも、

今回は、少し別のことが気になる。

手に重い分別表を閉じ、思うのだ。

「分ける」って難しいんだなぁと。

 

我が町では、ペットボトルと缶は同じ収集容器に入れる。

でも、アルミ缶は別だ。なので、我が家のゴミ箱も、

『ペットボトルと(アルミ缶以外の)缶』と『アルミ缶』に分けてある。

なのに、気付くと、缶は全部『アルミ缶』の方に入っている。

「アルミ缶以外の缶はこっち!」と、時に声を荒げてみたりもするが、

その気持ちが分からなくはないだけに、大抵は黙って入れ直す。

…だって、缶は缶だもの。一緒にしたくなるのが自然というもの。

 

いや、そういう気持ちとか感覚の問題ではなくて。

 

「分ける」ことの難しさ、「線を引く」ことの難しさ

。 そんなことを考えてしまったという話。

 

 

「ヴァイオリンソナタって何ですか?」

 

生徒さんから繰り出された質問に、こう思った。

― 来た。来たぞ。

 

“ソナタ”とは? “ヴァイオリンソナタ”とは?

この質問に、ちゃんと答えるのは難しい。

「“ソナタ”は、ソナタ形式で書かれた楽章を含む3~4楽章からなる器楽曲のこと」

「“ヴァイオリンソナタ”は通常、ヴァイオリンとピアノの二重奏によるソナタをいう」

こんな感じで、お茶を濁すことはできる。

 

でも、それではいけない!と心の奥底で誰かが叫ぶ。

でも、でも、二巻にまとめてあるコンパクトな音楽辞典ですら、

『ソナタ』についての記述は3ページにも及ぶ。

これを説明するとなると…。

 

よしっ! 気合いを入れ、口を開こうとすると、

続けて飛んできた質問は、

「ヴァイオリンソナタって、どこを捜せばいいんですか?」

え? …どこを? 探す?

喉の辺りにびっしり詰まった言葉と気合いが行き場を失う。

 

要するに、

“ヴァイオリンソナタ”のCDを捜しに行ったとき、

どの棚を見ればよいのか分からなかった、と。

 

「『ソナタ』っていうコーナーがなくて…」

「『室内楽』ってなかった?」

「え? “ヴァイオリンソナタ”って『室内楽』なんですか?」

「ええと…」

「“ヴァイオリンソナタ”って、ソロ曲だと思ってました」

「あぁ…」 「

『ソナタ』のCDはいっぱいあるのに、なんで『ソナタ』ってカテゴリーないんですか?」

「…」

 

 

グルグル回って、結局、難問と向き合うことになる。

“ソナタ”の説明から行くべきか。

“分類”について語るべきか。

ここは、やはり、“分類”だろうか。

 

関係者以外もよく覗くであろうWikipediaを見てみると、

“セールス・鑑賞上の分類”なんていうものが載っている。

「CD店、図書館、音楽関連書籍ではしばしば以下のように分類される」と。

 

『交響曲』『協奏曲』『管弦楽曲(管弦楽のための音楽から上記2つを除いたもの)』

『室内楽曲』『器楽曲(独奏曲)』

『声楽曲(歌唱を主体にしたものからオペラを除いたもの)』『オペラ』

『音楽史(古典派音楽より前、すなわち中世音楽・ルネサンス音楽・バロック音楽)』

『現代曲』

 

そう言われれば、販売店などではこんな感じの分類が多い気がする。

「西洋音楽の時代区分」「演奏形式による分類」「一般的な認識」、

こういったものを基に、できるだけ誰にでも分かる分類にしようと思うと、

こういう風になってしまうのだろう。

 

ちなみに、amazonのクラシックTOPカテゴリーはこうなっている。

ミュージック>クラシック>

『交響曲・管弦楽曲・協奏曲』『室内楽・器楽曲』『古典・バロック』『オペラ・声楽』『バレエ・ダ ンス』『宗教音楽・教会音楽』『現代音楽』『ブラス』『ライトクラシック』

 

なるほど。分けておいて、一つのカテゴリーにする。

これは、よい手かもしれない。

これなら、 例えば、“ヴァイオリンソナタ”が何者かを知らない人でも、

『室内楽・器楽曲』にあるであろうことは、凡そ想像できる。

 

そういえば一度、《グレゴリオ聖歌》のCDを探しあぐねたことがある。

『音楽史』にもなく『声楽曲』にもなく『宗教音楽』にもなく、

見つけたのは『ヒーリング・ミュージック』特集の棚だった。

…まあ、それに違いはないけれど。

 

 

― 室内楽 chamber music(英) musique de chambre(仏) Kammermusik(独) musica da camera(伊)

「純器楽であること、器楽主体であること」

「2名以上10名内外くらいまでの奏者によるもの」

「各パートがそれぞれ単独の奏者によるもの」

「原則として室内ないしは小さい会場での演奏に適した合奏であること」

 

こうした説明の前に、

「室内楽の定義のようなものは時代によって変化してきているが…」

という但し書きが付いていることが多い。

音楽用語はこうした語彙が多くて、本当に困ってしまう。

 

「そうですか。ヴァイオリンソナタは『室内楽』なんですね」

「そう」

「でも、同じヴァイオリンとピアノのための曲でも、例えば、

クライスラーの《愛の喜び》は『室内楽』じゃない、と」

「そういう曲のピアノは伴奏だから」

「『ソナタ』のときのピアノは、伴奏じゃないんですか?!」

「そう」

 

淡々と会話を進めながら、またしてもモヤモヤが始まる。

 

だって、ピアノが「伴奏」みたいなソナタもあるし…。

ヴァイオリンが「伴奏」みたいなソナタもあるし…。

大体、昔はピアノがなかったし…。

いや、だから、ソナタというのは時代によって…。

 

今、みなが真っ先に想う“ソナタ”の形になるまでに、

おおよそ、4つの時期を過ごしてきたと辞典には書いてある。

 

― ソナタ準備期(1650年以前) ガブリエリ、ロッシ、マリーニ…

― バロック・ソナタの時代(1650-1750) G.B.ヴィタリ、バッハ、ヘンデル…

― 古典派ソナタ成立の時代(1750-1790) ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン…

― ベートーヴェン以降の時代(1790年以降) シューベルト、シューマン、ブラームス…

そして、19世紀末からは更に「独創的な形のソナタ」が作曲され始める。

 

例えば、バッハ、モーツァルト、ブラームス、ドビュッシーと並べて、

その“ヴァイオリンソナタ”を聴けば、その違いが「耳」にはよく分かる

 

 

実は、先の『室内楽』の説明には、続きがある。

「音楽的に高度の充実を指向する真面目な内容のものであること」とか、

「聴き手を必要とせず演奏される音楽」とか。

「一緒に演奏することの社会的・音楽的喜びが重要な要素の一つ」

こんな一文が付加されている説明文もある。

 

『室内楽』と『器楽曲』。

 

声楽優位だった時代はどこへやら、器楽は立派に自立している。

今や、カテゴリー順を見ても器楽曲の方が先だ。(深い意味はない?)

 

それぞれの楽器が完成を見、その魅力を存分に発揮できるようになり、

「器楽によって演奏される音楽」=『器楽曲』は恐るべき発展を遂げた。

 

狭義の『器楽曲』=『(協奏曲や小品などの)独奏曲』は、

その名の通り、独奏楽器の魅力を伝え、

それを、聴き手に楽しんでもらうことが第一義となる。

 

でも、『室内楽』はそうではないのだ、それだけではないのだと、

書き手たちは伝えたいのかもしれない。

 

弾き手の感覚でいえば、

『室内楽』には、『独奏曲』にはない「内向き」な部分がある。

奏者が第一に考えているのは、聴き手のことではなく、

楽曲のことであったり、一緒に演奏するメンバーのことであったりする。

 

一方は「人を楽しませるための曲」

もう一方は「自分(達)が楽しむための曲」

こんな説明をすると、叱られるだろうか?

 

ヴァイオリンとピアノ、

同じように二人で演奏していても、

心の向いている方向が違う?

 

レッスンで「何か弾いてみたい曲ある?」と尋ねたときに、

“ヴァイオリンソナタ”を挙げられると、ちょっと困ったなと思う。

レッスンができない訳ではない。

でも、ピアノと合わせてこその『ソナタ』だから…。

 

 

話は戻るが、我が町では“ヴァイオリン弦”は「燃やせるゴミ」である。

どこでもそうなのかと思っていたら、地方自治体によって違うらしい。

それもそうか。

 

例によって、分別一覧表の「規模」はそれぞれ違うが、

“弦”に関しては、載っているものと載っていないものがある。

載っていても、調べた限りでは“ギター弦”を想定しての記載が多い。

ちょっと、悔しかったりして(笑)。

 

ひどく素っ気なく「一般ゴミ」で括られているところもあれば、

「弦:燃やすゴミ 金属製のものは小さな金属類へ」

「ギターの弦:燃えるゴミ 金属製の弦はしばってその他金属」

 

こんなに丁寧なのもあった。

「弦:丸めた後、とがったところをテープで巻くなど、

指などに刺さらないように日常ゴミで少量ずつ出してください」

誰か指に刺してしまった人がいるのかなぁ…あれは結構、痛い。

というか、どれだけまとめて捨てたのだろう?(笑)

 

ふと、気になって調べてみたら。

「ギター:燃やすゴミ 弦ははずして燃えないゴミ。エレキギターは粗大ごみ」

エレキギターは粗大ゴミなんだ…。

 

まさかと思って、さらに調べてみたら。

「バイオリン:燃えるゴミ」

 

燃えるゴミって。燃えるゴミって。

もしかすると、いい香りが立ち込めて…。

燻製チップにしたら、きっと…。

いや、そんなことを考えるなんて。

ごめんね、ヴァイオリン。

 

ああ、楽器たちよ。

どうか、君たちが、

焼却炉や埋め立て地に行くことがありませんように。

ヴァイオリン弾きの手帖

ヴァイオリニスト、ヴァイオリン教師 森元志乃

第56回 そなた、なに奴っ!

© 2014 by アッコルド出版