今日のグルーヴ〈451〉

かつて、移動時間というものは無駄だと思っていた。特に歩く時間は勿体ない。歩くこと以外、なにもできない時間帯である。


思索の時間? そう言えば、ベートーヴェンは、よく散歩したという。ベートーヴェンの散歩道を歩いたことがあるが、意外と短かった。何の変哲もない道だった。ベートーヴェンが周りの景色を見たくて歩いたとは思えない。ただひたすらに散歩に集中していたのではないだろうか。ベートーヴェンは、散歩の恩恵というものを体験的に知っていたのだろう。


仕事やアイディアに詰まったとき、あるいは落ち着かないとき、人々は、家を出て散歩をする。家の中でじっとしていることが耐えられる人は、ふだん充実している人である。散歩は人間が編み出した最高の叡智の一つである。


休日、本当は家でゆっくりしたい。家での過ごし方の理想は、日本茶、あるいはコーヒー、紅茶を飲み、蜜柑を食べながらラグビーの試合を見る。さらに、周りの景色に恵まれ、ジャグジーがあり、コンピュータ機器に囲まれ、さらには、防音室で音量を気にせず、音楽を聴く。


しかし、現実は、部屋の散らかりに、掃除をせねば、という強迫観念にかられ、雑念、妄念にかられ、時間がどんどん過ぎ去るのに焦りを感じのである。


そういうときに散歩は万能の薬のようなものである。適度な疲労感が充実ぶりを体感させてくれるのである。


しかし、やはりただ散歩するのは勿体ない。そこで、スマホとヘッドフォン(理想はコードレス)によるBGM付きの散歩にする。すると世界がまるで違ったものに見えてくる。リアル・タイムで自分の人生の映画を見ているかのような気持ちになるのである。思索がスムーズになり、アイディアが生まれてくる場合もある。


おそらく、潜在意識に埋もれている様々な情報や感情が解放されるからなのではないか、と想像している。


この瞬間、移動時間は、散歩によるものでも、電車によるものでも、とにかく何でも有り難いものになる。移動時間こそ、あらゆるものを生み出す宝庫のようなものである。

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