今日のグルーヴ〈440〉

愛煙家から、禁煙ファシズムなる言葉が作られ、また禁煙を主張するならば禁酒を言わないのはおかしいといった論理が展開され反撃されている。


嫌煙をファシズムと決めつけるのは理解できない。禁酒を持ち出してくるのは論点や論理のすり替えなのでは。禁酒は別の話である。


私は嫌煙家ではあるが、人の嗜好の自由や人権を奪おうなどという暴挙を犯すことなど意図しない。ただ、嫌煙家の目の前や近くで吸って、空気を汚さないでほしいと思う。


仮にもし服を汚されたりしたら誰でも怒るであろう。それと同じである。空気を汚されたり服に匂いを付けられたりしたら、嫌だ、と至極当たり前のことを言っているだけである。


しかしそもそも、何より危険である。煙草を吸っている人はたいてい煙草を持つ手を下に伸ばしているが、この高さが、ちょうど子供の顔の高さなのである。私の息子が幼少の頃、何も分からず、煙草を吸っている葬儀の列席者の集団に駆け込んだとき、私は「危なーい!!!」と絶叫したことがある。


そして火事の原因の一位が今でも煙草の火なのである。


吸う人の健康を慮って、何人もの人に注意したことがあるが、もはやどうでもいい。人の言うことを聞いて止めるような人は絶対にいない。自分で止めるしかないのである。ただ、自分で止める頃には手遅れの場合もある。


人によっては、煙草を吸おうが何しようが、やたらに体が強く長寿な人もいることはいる。がしかし例外的である。どちらにしてもどうでもいい。


ただただ、煙草の危険と匂いと副流煙を避けたいだけなのである。


ところで、わずかな記憶しか残っていない幼少の頃、煙草の葉を入れる樽を作っている家に世話になったことがあるが、この樽の木材が実にいい匂いだった。最高にいい匂いだった。この木(オーク材?)の匂いを嗅ぐと、心は落ち着くし、何より、久しぶりに青田の匂いを嗅いだときのような郷愁と幸福感があった。

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