今日のグルーヴ〈429〉
受動喫煙規制の大幅後退が厚生労働省で検討されているという報道があった。これに関しては、自民党内からも怒りの声が上がっている。
年間、1万5千人もの人が、受動喫煙が原因で亡くなっているのである。
にもかかわらず受動喫煙規制の大幅後退を進めようとするのは暴挙である。このまま行くと飲食店の九割、つまりほとんど喫煙可、ということになってしまうらしい。
店を禁煙にしたら、店の経営に支障が出る、というのが受動喫煙大幅後退派の意見だが、むしろ後退した方が、店の経営に支障が出るのではないか。何故なら、今、成人の喫煙率は、30パーセントを切っている。これに未成年の人口を加えたら、トータルで煙草を吸わない人の方が多いのである。
もしこの案が通ったら、いったいどうなるのだろうか。
下手をしたら飲食店内で客同士の争いが始まるのではないか。
喫煙家と嫌煙家は、絶対に相容れない。話し合いなど、そもそも無駄で、最終的には喧嘩になって終わりである。これは、家庭でも、会社でも、地域社会でも、世界中どこでも共通している。これは私の経験からの実感である。
ゆえに、飲食店内で喫煙可と嫌煙家とを一緒にすることなど、絶対に無理である。私は分煙されていない店には入らないし、中途半端な分煙の店に入ってしまったら、店の人にひとこと言って出てしまう。いまさら喫煙家と一緒にされたらたまったものではない。
喫煙家の表情を見るに、昨今の規制で、相当フラストレーションがたまっているようであるが、嫌煙家にとっては、もっと長い年月のフラストレーションがたまっているのである。
小児喘息であるにも関わらず家の中で受動喫煙。学生時代、楽器を吹いているにも関わらず、周りは喫煙家ばかり。会社では、コンピュータの前で我が物顔で喫煙家が幅をきかす。
たとえ国の規制が後退したとしても、喫煙者は、煙草が嫌だ、迷惑だ、と言っている人が現実にいるのだから、迷惑の掛からないところで喫煙することを心がけるべきなのではないか。
路上喫煙も、人がいる場所であるから迷惑である。しかし近年、路上に投げ捨てられたフィルターぎりぎりまで目一杯吸っているような吸い殻が目立つようになった。
今ようやく分煙が定着しだしたにも関わらず、後退させるのは、世界の流れから取り残される行為である。
ただ、仮にこの後退が現実になったとしても、最終的には飲食店の判断次第なのではないかと思うのであるが。