今日のグルーヴ〈401〉

メディアは、電線である。電線としての仕事を全うすべきである。


1972年に、当時の首相であった佐藤栄作氏が辞任会見をしたとき、偏向的な新聞が嫌いである、テレビを優先する旨の発言を行ない、新聞の関係者らが、会見場から退場したということがあった。


自分が言ったことが正確に伝わらないということで、ずっと忸怩たる思いがあったことが、最後に爆発し、自分の言ったことがそのまま伝わるテレビを優先したい、ということになったのであろう。


しかし、そのテレビも正確に伝えてくれているだろうか。テレビにも編集という行為がある。その編集の仕方によっては偏向報道になり得るだろう。


そもそも、編集という行為自体、偏向と言いたい。


編集者はフィルター、と言えば聞こえはいいが、結局は偏向に過ぎない。編集の高度なテクニック、という耳当たりのいいことを言う人もいたが、結局は、編集行為は、人の言動を利用するものでしかない。自分で自分の意見を発しない編集者の姑息なやり方である。


書いていくうちに、編集者であった自分に、このような気持ちがあったことに気づき、我ながら驚いているが、これが本音なのだろう。


活字の編集者がやるべきことは、発言を正確に活字に直すことであり、同時に、いち早く、発言の意図を汲み取り、それを分かりやすく表現することである。そこに編集者の思惑が入ってはならない。スペースの関係で、取捨選択をするのであれば、発言者に確認しなくてはならない。


メディアが、正確に伝える媒体であるならば、その役割は大きい。しかし、メディアが、意図をもった瞬間、メディアは凶器になる。


メディアは、電線なのである。電線としての仕事を全うすべきである。


その点、ネットでの報道は、ノーカット映像の多さから鑑みて、テレビに比べれば、偏向の度合いは少ない。



おすすめの投稿