今日のグルーヴ〈384〉

ネットの様々なサイト、動画サイト等によって、我々は真の情報化時代を迎えた。と同時に、我々は常に難しい選択を強いられることになった。


我々は、自分でも気がつかないうちに、既存のメディアに依存して、自分で考えたり判断したりすることを放棄していたのではないだろうか。


時代を作ろうとしている既存のメディアにとって、そうなれば事は簡単である。世論を自由自在に操ることができるだろう。


しかし、ネットの登場によって、既存のメディアに対する疑問が少しずつ芽生えてきている。


既存のメディアで、報道内容が民主主義的に決められるとは思えないし、そもそも、そんなことをしている時間もないだろう。


しかし、実はそれでいいのではないか。偏向報道であろうが、何であろうが、一つのメディアからだけでなく、様々なメディアから偏向的な情報を知ることによって、我々はむしろ逆説的に偏向しない情報を得ることができるのではないだろうか。


それにプラスして様々なサイトによって、我々は、以前よりはるかに偏向しない情報を得ることができるようになったのではないか。


情報過多により、常に難しい判断や選択を迫られることになるが、知らないうちに戦争になっていた、なんてことになるよりはるかにましである。


それよりも判断や選択を面倒に思い、放棄して、なるようにしかならない、という日本人独特の哲学に、結局は落ち着いてしまいかねないような気がして恐ろしい。


我々が判断基準にする常識や理想というものは、時代によって変化するから、我々は混乱し悩むのである。


いつの時代でも、揺るがない絶対的な判断基準というものはあるのだろうか。ある。おそらく幾つになろうが変化しない消え去ることのない良心といったものなのではないか。

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