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今日のグルーヴ〈379〉

小樽で、思いがけず日本銀行の旧小樽支店に寄り、歴代の銀行券の展示を見た。


同支店は、現在は札幌支店に吸収されたが、建物自体は金融資料館となり、一般公開されている。そこには、様々な展示があるが、なかでも歴代お札のデザインは懐かしかった。


私が子供の頃は、一万円札も五千円札も千円札も、聖徳太子であった。五百円札は岩倉具視、百円札は、板垣退助であった。


意外と銀行券の肖像は変遷している。実を言うと、千円札が野口英世だとは意識していなかった。まだ、夏目漱石のつもりだった。もっと言えば、個人的には伊藤博文の千円札が、デザインと言い、色合いといい、一番好きである。


かつての聖徳太子の一万円札は、サイズも今より一回り大きく、いかにも一万円札としての威厳と権威と重厚感があった。子供心ながら、憧れであった。将来、初任給で一万円札を拝むことが夢であった。


ところが、私が働き出した瞬間、聖徳太子は、福沢諭吉にとって代わられたのである。サイズが元のままであればまだしも、小さくなってしまったのにはがっかりした。尤も、すでに給与は銀行への振り込みではあったが。


この資料館は、ルネサンス様式を取り入れ1912年に建てられものであるが、初めて見るのに何か懐かしかった。


私が大阪に住んでいた頃、似たような雰囲気の建物がもっとあったように思う。勿論、小樽は大阪のような大きな都市ではないが、昔の都市の風情を残しているような気がした。


日本は、ビルでも家でも、どんどん改築していってしまうが、ヨーロッパの大都市、特にパリやウィーンなどは、古い建築を無闇に壊さない。ウィーンなど、その街並自体、ほぼベートーヴェンの時代からさほど変わっていないのではないか。


尤も、電化製品もそうだが、家やビルも寿命を短くして、どんどん建て替えることによって、新たな需要と供給を生み出すことが、経済の活性化には必要なことなのだろう。しかし、歴史を知る上で、何らか手段で残してほしいものだ。


昔の日本を垣間見たいと思ったら、北海道、という方法がある。




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