今日のグルーヴ〈343〉
いわゆるクラシック音楽の形態は、ソロ楽器のピアノとのデュオからオーケストラ、オペラまでいろいろあるが、近年、これらの形態での新作の名曲でポピュラーな作品はあるのだろうか。
勉強不足かもしれないが、すぐに思い出せない。
思い出すのは、ポピュラー、ロック、ソウル、アニソン、などである。
いわゆるクラシックは、前衛音楽に行き着いたあと、迷子になってしまったかのようである。
その一因に、メロディ不足があるのではないか。
よく、メロディは枯渇したとか言われる。確かに、ショパン、ブラームス、チャイコフスキーといった大作曲家に美味しいメロディは全部持って行かれた感もなくはない。
しかし、果たしてそうなのうだろうか。
木彫りの彫刻などは、その木の中に、眠っているものを掘り出すのである、という考え方がある。作曲の世界も、大自然、人間、世界、宇宙に眠っている音楽、そしてメロディを紡ぎ出す作業なのではないか。
その作業に枯渇ということがあるのだろうか。
数年前、その壁を打ち破るが如く、彗星のように表われた作品が、スキャンダルまみれだったことが、クラシック作品の誕生不足にさらに追い打ちをかけたが、その作品自体には、人々は感動したのである。おそらく求めていたのであろう。
あくまでも、想像であるが、クラシック作曲家が最も直面する課題は、メロディに対する“照れ”なのではないか。あるいは、ドイツ機能和声の呪縛なのではないか。クラシック音楽史のすべてをなぞってきた挙げ句、もし照れまくってしまっていたとしたら、聴衆は、今後もずっとクラシック以外のジャンルに行ってしまうだろう。