今日のグルーヴ〈337〉

世の中には、絶対に解決しない様々な不条理や理不尽があるが、嫌でもこれらと鉢合う場面が多々ある。ただ、これらにどのように対応、対処するかの選択は自分にある。


例えば、受動喫煙の問題。

言った言わないの問題。

原発の問題。


これらの問題が解決するイメージがまず浮かばない。


私は、煙草をそばで吸われることにどうしようもない嫌悪感がある。おそらく小児喘息だったことがいまだに影響しているのだろう。


嫌煙者の立場から喫煙者と議論したことがかつてあるが、今は議論しない。心の問題ゆえに、しても無駄であるからだ。


言った言わないは、国政レベルでもあのレベルなのだから、一般国民のレベルは推して知るべしである。


原発の問題は、利権等の欲が勝るか、人間の良心が勝るかの問題なのではないか。


心の問題ゆえに、これらの問題には、真っ向から対抗することはできないし、無駄である。


ところで、先人達は、人間の心を説得することより、洗脳、オルグすることを考え、そのために音楽を利用してきた。


例えば、教会音楽で使われるオルガンは文字通りである。ヴァーグナーの音楽はヒトラーに利用された。またショスタコーヴィチも当局からの圧力で、プロパガンダ作曲家と思われていたこともあるのである。尤も『ショスタコーヴィチの証言』が発表された以降、彼に対する評価は正反対になったが。


音楽だけは聖域である、と願っても、オルグの道具になってしまうのである。不条理が新たな不条理を生み出すのである。


そこで、どうするのか。人間は、放っておいても、無駄なことや醜いことを考えてしまう、欲ばりな生き物である。夏目漱石は、晩年に則天去私という境地に達した。しかし、よく考えてみると、これも、則天去私という名の欲なのではないか。


最近共感を覚えるのが、無念無想である。

それも欲である、と言われれば、反論できないが。


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