今日のグルーヴ〈327〉
今年も、吹奏楽コンクールの季節になった。テレビのおかげで吹奏楽コンクールが社会的に知れ渡るようになって久しいが、最近は、中学の部門、高校の部門では、女の子しかいないように見える。男女共学であるにも関わらずである。
それどころか、マーチングバンドですら、女の子ばかりであったりする。
男の子はいったい何をやっているのだろうか。サッカーとか野球なのか。
しかし、実際のところ、男の子より女の子の方が、楽器は何を吹いても上手いようである。総じて、男の子のように妙な無駄な力みがなく、リラックスしているから、女の子の方が上手くなるのは必然だろう。
近い将来、日本のオーケストラの管楽器奏者は女性ばかりになってしまうだろう。
ところで、吹奏楽コンクールの賞が、金、銀、銅の制度になってから、40年以上が経つが、最高の賞である金賞を複数の団体が獲得するから、何か達成感がいまいちなのではないだろうか。
かつては、厳格に、第1位、第2位、第3位はそれぞれ一つの団体、と決められていたから、全国で第1位になるのは、甲子園で優勝するくらい至難の業であった。
それでは酷である、ということからか、複数の金賞団体、銀賞団体、銅賞団体として表彰することになったようである。
しかし、今でも、とりあえず点数は付けられているのだから、金賞の中でも点数の差があって、第1位というのは事実として存在しているのである。
金、銀、銅賞制度にしたところで、順位はあるのだ。それはネットで調べられる。
だから全国大会で金賞を獲ったからといっても、点数の違いはあるのだから、第1位でなかったら嬉しくないのではないか。
芸術の世界に点数を付けたり、順位を付けるのはそもそもおかしいという意見もあるが、だったら、吹奏楽コンクールを廃止するか、もしくは出なければいいのである。しかし、吹奏楽コンクールを廃止してほしいとは誰も願わないだろう。皆順位にこだわっているのだ。
そもそも芸術だと思うから、芸術に優劣、点数の差などあるのだろうか、という疑問、自己矛盾が生じるのである。
吹奏楽コンクールは、芸術の世界ではない。勝負の世界なのである。
であれば、やはり勝ち負けをはっきりさせるべきなのではないか。
金賞団体を増やして、ほどほどの達成感、満足感を持つ団体を増やしてどうするのか。これでは中途半端である。
参加することに意義があると言っているオリンピック、パラリンピックでさえ、厳密に順位をつけるではないか。
もし、3位以上は全員金メダル、6位までは銀メダル、それ以下は全員銅メダル、と言われたら、誰も参加しないだろう。
1,2,3位制度の復活を何故希望するのか。それは復活させることによって、かつてのような歴的な名演が誕生するだろうと思うし、それを望むからだ。