今日のグルーヴ〈313〉

小学校から現在に至るまで、いろいろな先生と遭遇したが、思い出すと、様々な個性の持ち主の目白押しであった。


いろいろな個性の先生と出会うということも、勉強の一つなのではないか。


クラスの仲間との出会いは勉強にしたくはないが、学校の先生というのは、一人の人間をじっくり観察し、勉強する上で格好の題材のように思える。


先生も人間であるから、完璧でないのは当然ではあるが、子供心にも、この先生はいったいどういうつもりなのか、疑問に思うことも多々あった。


振り返れば、尊敬できる先生よりも、疑問に思う先生の方が圧倒的に記憶に残っている。これはこれで勉強になるのである。


小学校の高学年になると、低学年の教室の掃除も義務でさせられたのだが、ある低学年のクラスの女性の先生が、掃除の仕方が良くない、と言っていつも怒っていた。我々上級生としては、きちんとやっているつもりであったが、毎回必ず感情的に怒るので、ほとんど、言いがかりにしか聞こえなかった。


口を開けば怒っている、という人だった。なんでこんなに怒ってばかりいるのか、不思議だった。ヒステリーとか、ハラスメントという言葉は後に知ることになる。


あるとき、私の担任の先生にその先生の話をすると、担任の先生は苦笑するだけだったが、その表情からは、“ああ、やっぱりね、そうなのよね、私たちも困っているのよ、ごめんね、もうすぐ卒業だから、それまで我慢してね”と、明らかに読み取れた。以心伝心とはこのことか。あの先生は、大人同士でも怒ってばかりいたのだ。


私は、サンタクロースの存在を幼少の頃から信じたことはなかったが、幼稚園の頃は、大人は完成された人間、もしくは聖人君子である(その時このような言葉は知らなかったが)と漠然と信じていた。


学校の先生は聖人君子であるという幻想は小学校の時すでに完璧に崩壊したのであるが、興味深い先生、尊敬できる先生は、その後登場する。(続く)




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