今日のグルーヴ〈296〉

チャイコフスキーのバレエ「白鳥の湖」には、白鳥のオデットと黒鳥のオディールが登場するが、それぞれ、同じバレリーナが踊る。黒鳥を悪女、白鳥を聖女、と捉えるならば、白鳥の湖は、女性の両面性を描いたものであると私には思える。


全く正反対の性格の役を一人で踊るので、バレリーナにとって、すべてにハイ・レベルなものを求められる点で正に見せ所満載である。


建前上、悪は忌み嫌われ、善が尊ばれるが、悪女と分かっていながら、男は惹かれていくから、そう物事は簡単にはいかない。


そもそも女性は、男を迷わせるという意味において、すべて悪女であると言っては言い過ぎだろうか。


また、現代のような複雑な時代になれば、悪と善とに簡単に色分けできるはずもなく、グレーもあって、しかもグラデーションもあったりするから、さらに話は迷路になるわけだが、だからこそ人間は面白いとも言える。


しかも人間は、そのつもりがなくても、時代と場合によって、結果的に悪になってしまうことがある。


例えば、江戸時代、武士による切り捨て御免が許された時代だが、今から見れば、悪そのものであるが、武士本人には、罪の意識が無いのである。かほどに、人間の心というのは、変化し、頼りのないものである。しかし、それは本人の責任というより、時代がそうさせたのである。


共謀罪が心配なのである。表面的にはテロ対策のため、と言われているが、果たして、そこでとどまるのだろうか。例えば、節税の相談をしたら、脱税かもしれないということで、共謀罪に問われかねないという。


だんだんとエスカレートし、拡大解釈され、心の領域にまで及ぶのが怖い。そもそも人間は疑心暗鬼に駆られたら、どうにも制御がきかない生き物である。人間の自由な心の働きにまで制御が及びかねない。そして、心の萎縮になりねない。それによる文化的、経済的損失は計り知れないのではないか。

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