今日のグルーヴ〈272〉
運転者の高齢化による事故が社会問題となっている。大変重い問題であるが、その問題以前に、前々から思っていたが、交通の社会全体の民度が問題であるように思えてならない。
例えば、黄色信号は止まれであるが、交差点に入りかかっていて、安全に止まれない場合は、周りに注意してすみやかに交差点を出る。この定義を逆手にとって都合よく解釈して、結果、無理矢理信号に突っ込んでくる車ばかりである。
何故そのような事をするのだろうか。そんなに急ぐ必要などないだろう。信号待ちするのがそんなに嫌なのか? 右折車に譲るのが損した気分にでもなるのか? どうせその先の信号で信号待ちするのである。せこいとしか言いようがない。
このようにされると右折する車にとっては、右折できるはずのタイミングにも関わらず、車が突っ込んでくるので、本当に不愉快のみならず危険極まりない。
黄色信号に限らず、安全運転を心がけようとすると、じれったく感じるのだろうか、後続の車は、エンジンをものすごくふかして煽ってきたりする。本当に心の狭い人達である。そんなところで自己主張してどうする。
安全に運転しようとする行為は、運転に“自信”のある人からは、ヘボな運転に見えるらしい。一見要領の良さそうな運転で事故を起こすくらいならヘボな運転で結構である。
交通事故は、油断が原因の一つであるが、実際に無理な危険な運転も存在していて、それも原因の一つである。
自動車のスピード、力、性能といったものは、およそ人間の理性の及ぶ範囲を超えている。ゆえに、車に乗った瞬間、人格が変わってしまう人もいる。
日本は世界の中では、礼儀正しい民族などと言われるが、車社会においては、傍若無人であることを自ら認識すべきである。自戒も込めて。