今日のグルーヴ〈251〉

dマガジンが誕生し、すでに普及しているApple Music

やAmazonプライムやhulu、青空文庫といったクラウド・コンテンツと合わせたら、知りたい新しい情報、読みたいもの、聴きたい音楽、見たい映画、映像等は、ほぼ居ながらにしてすべて手に入る時代になった。


なにしろ便利である。ゴシップ記事や、夏目漱石や芥川龍之介の、あの小説の読みたいと思ったあの一節がすぐに読めるし、ブラームスの三番のシンフォニーの第2楽章が今聴きたいと思ったときに即座に聴くことができるのである。また、あの映画のあの名場面が今見たい、と思ったらすぐに見ることができるのである。


ググれば、知りたいと思った大抵のことは知ることができるのと同じくらい手軽になったのである。


凄い時代になったものだ。


居ながらにして欲しいものすべてが手に入る時代になったら、誰もコンサートに行かないのではないか、映画館に行かないのではないか、と思いがちだが、それは逆である。


例えばコンサートやライブはなくならないだろう、と直感的に思う。聴衆は演奏家やアーティストと同じ空間と時間を共有することを未来永劫望むに違いない。


同じように映画には映画館でなければ味わうことのできない迫力等の魅力がある。


そもそもコンサート会場やライブハウスや映画館は社交の場でもある。オフ会のような性格も帯びるだろう。贅沢で貴重な空間なのである。


紙媒体も同じように贅沢で貴重な媒体になっていくだろう。文字であるならば、紙で表現しようと、モニターで表現しようと文字に変わりはないというのはとんでもない話である。紙でなければ絶対に出ない味がある。


文学、文字情報は紙でなければ内容が伝わってこない、とよく言われるし、とにかく紙で読みたい、と言う人はたくさんいる。実は私もそうである。


ただ紙で読むのは、本当の愛読書といったものに限られるのではないだろうか。何故ならば、紙媒体そのものが高価で貴重なものになる時代がもうすぐくると思うからだ。週刊誌等は、紙で読む必要は私にはない。


紙媒体を読む人は、大変お洒落で、気品のあるハイソな人、ということになっていくように思えてならない。


もし可能であるならば、本音を言うと、私は活版印刷で読みたいくらいである。私は活版が写植オフセット印刷になった時点で、紙媒体の重要な魅力がたくさん失われたような気がしてならないのである。


活版印刷で印刷された印刷物の場合、よく見ると分かるが、紙はプレスされるので、活字の部分は多少凹んでいるのである。この感触こそが、私にとって紙媒体の最大の魅力なのである。


しかし、現代において活版印刷というのは、名刺以外不可能に近い。もし、本気でやろうとしたら、ものすごくコストがかかる。大変な贅沢品なのである。


昔、活版からオフセットへの過渡期に、前代未聞の活版オフセット印刷なるものを体験したことがあるが、DTP活版印刷なるものがもし誕生したら、真っ先に飛びつくかもしれない。

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