今日のグルーヴ〈246〉

哲学者の土屋賢二先生の哲学は、すべての常識を疑うところから始まる、しかしすべてに疑問を持つ行為そのものの有効性は信じているわけで、結局それは、信じる行為そのものではないだろうか。


それはともかく、その伝でいけば、世の中のすべての常識に疑問を持つことは、道を一歩進める上で有効かもしれない。実際、土屋賢二先生ご自身もそう言われている。


例えば、イチロー選手のバッティング・フォーム。と言っても昔の振り子打法ではない。現在のフォームである。


イチロー選手は、おそらくバッティング・フォームの常識に疑問を呈するところから始めたのではないだろうか。


見て驚いた。それまで理想とされている、レベルスイングでもダウンスイングでもなく、またアッパースイングでもない。


言わばダウンアッパースイングとも言うのだろうか。

考えてみれば、ピッチャーは打たれるために投げているわけでなく、バッターに打たれないためにあらゆる工夫をしてくる。近年では落ちる球の種類が豊富で、その球をレベルスイングやダウンスイングで打とうとしても、ほとんど時の運ではないだろうか。


イチロー選手はとにかく打ちにくい球を打つために、あのようなスイングを編み出したのだと想像する。実戦で数々の新記録という結果を出しているのであるから、正に常識にとらわれないことによって壁を打ち破っていることは証明済みである。


彼の強肩の秘密をオバマ前大統領が聞いたとき、イチロー選手は、ソフト・マッスル(柔らかい筋肉)と答えた。筋肉をがっちり鍛えたわけではなく、柔らかくて柔軟な筋肉に鍛えそうだ。大きな筋肉いらないとのこと。そしてあのレーザー・ビームと呼ばれる遠投を生み出したのである。


彼は、それまでの野球の常識を疑ることによって、新たな世界を切り開いた。その姿勢は、あらゆる世界で有効ではないだろうか。


常識は打ち破られる為にある。その意味で、常識はありがたい。新しい世界を築こうにも、そもそも打ち破るものがあるから楽なわけで、一から築くのは至難の業である。


例えば、ドイツ機能和声の是非はともかく、その存在のおかげで、禁則があり、それを破ることによって新しい音楽が生み出されたわけである。


明日は、楽器奏法の常識を疑う。


今日もグルーヴィーな一日を!

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