今日のグルーヴ〈243〉
ベートーヴェンの展開力の凄さには、いつも感銘を受ける。勿論、ベートーヴェンだけでなく、音楽史上、燦然と輝く作曲家は、展開力のある人ばかりに違いない。クラシックの魅力というのは、99パーセント展開力である。
ここで言う展開力と言っているのは、勿論、ソナタ形式等の形式に則った展開力や変奏力、という意味もあるが、本当に凄いと思うのは、主題、テーマそのもの自体にも変奏、展開があるところだ。
例えば、ベートーヴェンを第九の一楽章の冒頭の天地がひっくり返るような主題。これ自体、タ、ターン、の繰り返しであるし、第四楽章の誰でも知っている主題も、突き詰めれば二小節のメロディが展開されているだけである。
運命も主題と言うのは、冒頭のタタタ、ターンだけである。そのあとはテーマなのか、すでに展開なのか、主題と展開との境が分からない。
ブラームスの四番のシンフォニーの第一楽章冒頭のテーマも、四分音符と二分音符だけに集約されるだろう。
人間の思いつきやインスピレーションのようなものは、本当にごくごく短くシンプルなものである。そこから、どうメロディに展開させるのか、そして勿論、いわゆる形式に則った展開をどのように形作るのか、そこが本当の実力であるに違いない。
展開のさせ方として、形式や規則といったものが勿論役に立つが、しかし、これはあくまで作曲家にとって便利なものであって、本質ではない。あくまでも作曲家個人の推敲、産みの苦しみによって生まれるものに違いない。
そしてもっと言えば、ごくごく短いシンプルなものの積み重ねこそ、そしてその展開そのものこそ、グルーヴに違いない。
今日もグルーヴィーな一日を!
メロディは、後期の一部を除けば、ほぼ分かりやすく単純なものであるが、そこからの展開のさせ方は、
どの作曲家もテーマを展開させるが、