今日のグルーヴ〈224〉

もうこの世の音楽において、メロディは出尽くしたと思われている節があるが、プロコフィエフによれば、音の組み合わせは無限にあるらしい。


実際、ポップス、映画音楽、歌謡の音楽は、とりあえず新曲が出続けている。


メロディが枯渇したと思われている理由の一つに、現代の作曲家が易しいメロディを書くことに照れまくっていることがあるような気がしてならない。


その点、歌謡の世界やポップスの世界ではむしろポピュラーなメロディを切望しているように思える。そもそも、難しいメロディや音楽を聴く聴衆は少ない。大多数の聴衆は易しいメロディを求めている。自分がすぐに歌える歌、口ずさめるメロディを本能的に求めているように思える。


現代作曲家がどう考えているのかはさておき、メロディ枯渇の打開策として、コンピュータを使って組み合わせる、という作業はすでに始まっているが、かたや、それを否定する考えもある。実際、単に音を組み合わせても99パーセントは、ゴミのようなものかもしれない。


しかし、コンピュータの実力は侮れないところまで来ている。コンピュータ将棋や囲碁のソフトは今や、善し悪しは別にして、トップ棋士を破るほどの力を付けてしまっている。


いずれ人間の感性の部分にまで及ぶに違いない。それは時間の問題だろう。そのようなコンピュータに音楽を作らせることは、人間性を冒涜することになるのだろうか。


コンピュータの能力を利用するのは人間である。人間が主体性を失わない限り、コンピュータに音楽を作らせることはありだと思うし、また、自分の探していたメロディ、そして広く音楽全体を探求する道具としてこれほど役立つもの、有り難いものはないと言いたい。


谷崎潤一郎は、源氏物語を現代語に翻訳しているが、その作業にかかる労力は膨大なものであったに違いない。もし、彼の文筆活動の時期に現代のコンピュータがあったなら、彼はきっとコンピュータの検索置換の機能を利用したに違いない。


今日もグルーヴィーな一日を!

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