今日のグルーヴ〈219〉

金管楽器の場合、最低音からハイトーンまで、一つのアンブシュアで音作りをすると、楽器がppであろうがffであろうが“鳴っている”という実感を得られる。


また、これはあくまでも個人的な感覚であるが、楽器の材質がほどよく共鳴し振動しているのを感じられ、またアンブシュアにも心地良いレスポンスがあるので、この奏法で良いのだ、という確信が得られる。


また、常に同じアンブシュアなので、どんな音域でも、またいきなりハイトーンから演奏することになっても、まるで外す気がしない。これは、金管楽器奏者にとっては永遠の夢である。ミスタッチを絶対にしないピアニストのようなものである。


さて、その問題のアンブシュアであるが、とにかく、簡単でなければいけない。リコーダーは誰が吹いても一応必ず音は出る。それくらい容易に音が出なければ意味がない。


ここからが問題である。顔かたち、体型が千差万別であるのと同じく、口や歯の状態も千差万別であるから、人によってアンブシュアは異なる、とは言いたくない。どのような状態であろうと、アンブシュア(の考え方)は共通である、と言いたい。


近年、女性の金管奏者が圧倒的に増えた。また卓越した奏者も圧倒的に増えた。このまま行けば、金管奏者から男がいなくなるのではないかと思われるが、それはともかく、男性特有の無駄で愚かな力み(私である)というものが、女性にはまるで見当たらない。ここが大きなヒントである。


かつて、アンブシュアというものは作られるものである、という先入観があった。唇を巻いてみたり、微笑みの形を作ってみたり、いろいろなことをしていたものである。


しかし、逆説的な言い方になるが、卓越したアンブシュアを作るためには、アンブシュアは作るものではない、ということを意識しなければならない。


今日もグルーヴィーな一日を!

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