今日のグルーヴ〈196〉
日本は、受動喫煙対策が世界の中で最低レベルらしい。厚労省の発表によると、受動喫煙によって、肺がん、虚血性心疾患、脳卒中、乳幼児突然死症候群で死亡する人は、年間に1万5000人に及ぶそうだ。交通事故の死者の約3倍である。
知り合いで肺がんで死んだ人は何人かいる。皆ヘビー・スモーカーだった。本人は、覚悟の上で喫煙していたのだろうが、周りの煙草を吸わない人間に対してどう配慮しようとしたのだろうか。受動喫煙によって肺がんになってはたまったものではない。
歩き煙草も、周りは安全では無い。煙草の煙は実験によると6メートルに及ぶそうだ。目に見えなくても煙草の煙を無意識に吸っているらしい。考えてみれば、他人が吐きだした煙を吸わされるのもたまったものではない。喫煙空間のそばを通る時もたまったものではない。
私が子供の頃、家の中で、父は当然のように煙草を吸っていた。私が小児喘息だったにもかかわらず、その影響というものを誰も意識したことはなかった。ただ父も50歳を境にぴたりとやめた。元々そんなに好きでもなかったという。その後、長寿を全うした。
昔、新幹線も禁煙ではなかった。夏、エアコンと混じり合って出てくる煙草の臭いもたまったものではなかった。
小田急のロマンスカーは、今全面禁煙だが、その昔、喫煙車両があった。間違ってその車両に乗ってしまったことがあった。皆、乗った瞬間から、煙草に火を付け始めた。何十本という煙が立ち上り、しかも、一本吸い終わるとすぐに二本目に火を付けていた。
一両の中に何台もの空気清浄機が備え付けてあったが、まるで用をなさなかった。煙で霞んで見えた。私は誇張でなしに命の危険を感じてデッキに立っていたことがあった。
大学生の頃、クラブ活動の仲間はほとんど煙草を吸っていた。煙草を吸うのが大人への仲間入りの儀式のようなものだった。私は吸わなかった。楽器、それも管楽器を吹くのに何故煙草を吸うのか、まるで理解できなかった。
何十年ぶりかの同窓会で、仲間のほとんどが煙草をやめていたことを知った。
分煙なども始まっている。しかし、酒場などでは、分煙など有名無実である。いまだ受動喫煙はなくならない。
受動喫煙対策に関して日本は世界の後進国であることを改めて意識しなければならない。
今日もグルーヴィーな一日を。