今日のグルーヴ〈187〉

玉木宏樹先生は、固定ド絶対音感教育を受けた方だが、百害あって一利なしとまで言われて否定していた。


固定ドは様々な楽曲を演奏するための器楽奏者の妥協策であるから否定はできない。


しかし絶対音感教育で作られた音感は、いつか修正しないと演奏することが困難になる。


絶対音感を持っていることを自負している演奏家はたくさんいる。


しかし、実際の演奏では、おそらく意図的にせよ無意識的にせよ、絶対音感は横において演奏しているのではないだろうか。そうでないと演奏できないからだ。


厳格な絶対音感を持ってしまうと、多少の音程のズレが気持ち悪くなり、アンサンブルをすることは困難である。平均律の絶対音感であるからだ。


それから、チューニングのAが、442Hzでないと、気持ち悪いとなってしまったら、444や440の国では演奏できない。修正するのにとてつもない時間と忍耐を要する。


仮に442だけで演奏することができたにしても、そもそも耳に柔軟性がないからアンサンブルができなくなる。やったとしても、濁った聴くに堪えないものになりかねない。


そもそも、人間が歌を歌うときに、絶対音感などまるで関係ない。


絶対音感を持つということは、人間が機械に近くなるということだ。それは人間性を否定する行為、芸術を否定する行為である。


というわけで、玉木先生は相対音感を主張されていた。革命的音階練習にはたくさんの意味があったが、相対音感に自然に馴染む効用もあった。


ところで、絶対音感と相対音感の定義は確認しておいた方がいいかもしれない。驚くべきことに相対音感という言葉も概念も知らず、耳の良いこと、音程の良いこと、なんでもかんでも、それは絶対音感のなせるわざだと思っている人がいたからだ。


今日もグルーヴィーな一日を。

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