今日のグルーヴ〈165〉
写真植字(写植)による活字が文字組され、オフセット印刷になってからは、手が真っ黒になることもないため、女性も植字の仕事をすることができるようになった。
写植の文字は書体の種類も豊富で、いろいろなイメージを実現しやすかった。活版印刷はゴチック体と明朝体の2種類だけだった。
ゆえに写植の登場で、誌面は、実に美しく、ヴァラエティに富んだものになった。あまりにも書体の種類が多いので、ついいろいろ使ってみたくなるのであるが、それは逆にデザインのセンスを問われることであった。
また写植の文字組は詰め打ちが美しく、読みやすく美しい文字面であった。
私が最初に経験した活版印刷は、活字の変化に乏しいものだったので、タイトルなどは、写植の書体を使って、凸版にしたりしたものだった。
しかし、写植も、電算写植が出現する前、校正するのが困難であった。
写真植字というのは、つまり、活字が写真のように紙に印字されているわけであるから、一文字直すのにも、そこだけ薄く切って剥がして、別に印字した活字を貼り込むという、いかにもアナクロの世界であった。下手に貼ると曲がってしまうのである。
ゆえに編集者は、完全原稿を求められたのである。しかしそうは言っても、実際問題、無理である。完全原稿を作ったとしても、印字で間違えることもあるし、原稿的にどうしても修正しなければならない状況は必ずといっていいほど起きる。ゆえに、写植で印字されたものも、校正・修正作業はどうしてもついて回ったのである。
であるがゆえに、そのうち、電算写植が登場してからは、校正して赤字が出たら、そのページ、あるいは印刷台(印刷するとき8ページや16ページをまとめて一つの台にするのである)全部まるごと印字し直すということになった。
この写植も、その後の使い回しができないため印刷が終わった後は、捨てるしかない。あれだけたくさん打った活字が、その後、デジタル・データとしても残らないのである。
例えば、雑誌の連載をまとめて、一つの本にしようとしたときに、新たに印字しなくてはならない。
勿論、写植が主流になるのと並行して、原稿はワープロやパソコンで文字データするようになってきたので、デジタルデータは残っている。
しかし、そのデータの内容と写植の内容とは一致しないことがほとんどであるから、データは修正しなくてはならない。結局、新たに書き下ろしするのに近いことになるのである。
DTPの誕生は目前だった。