東京には珍しく降雪の日が多い冬、2013年2月5日から3日間の日程で東京クヮルテットによる室内楽の指導が行なわれた。

44年の活動の終止符を半年後に控えた彼らが訪れたのは、サントリーホール室内楽アカデミー。東京Qの輝かしい経歴は今更ここで述べる必要が無いが、世界を駆け巡る彼らがなぜサントリーホールで指導を行なうことになったか。そのために、まずは室内楽アカデミーについて簡単に触れておきたい。

サントリーホール室内楽アカデミーとは

マリオ・ブルネロ、竹澤恭子らがゲストに

サントリーホール室内楽アカデミーは、2010年に始められた若手演奏家支援の活動。音楽大学卒業程度から30歳くらいまでを対象とし、アカデミーフェロー(アカデミー生)は2年間の在籍期間に楽曲への理解だけでなく、練習の取り組み方や、演奏会の構成方法など、室内楽に対して多角的な指導を受ける。2012年6月に最初の2年間である第一期が終了し、メンバーを新たに9月より第二期の2年間が始まっている。

フェローはそれぞれのアンサンブルで課題曲を設定して練習を重ね、月1回(原則2日間)のワークショップの場では、ファカルティ(指導者)から指導を受ける。指導陣にはサントリーホール館長の堤剛(チェロ)をディレクターとして筆頭に、通常の指導ではコーチング・ファカルティとして若林顕(ピアノ)、クァルテット・エクセルシオ(弦楽四重奏)、花田和加子(ヴァイオリン)が顔を連ねる。

また年に数回、国内外で活躍する一流の音楽家をゲスト・ファカルティとして招くこともあり、これまでにもレオン・フライシャー(ピアノ)、メナヘム・プレスラー(ピアノ)、マリオ・ブルネロ(チェロ)、竹澤恭子(ヴァイオリン)、ラデク・バボラーク(ホルン)カルミナ・クァルテット(弦楽四重奏)など錚々たる音楽家が参加しているが、とうとう東京クヮルテットが訪れることになった。2月の3日間ではアカデミーで研鑽を続ける6つのグループ(弦楽四重奏3、ピアノ三重奏2、ピアノ四重奏1)が、ハイドンからバルトークまでの室内楽レパートリーにおいて、東京Qの薫陶を受けることになった。



​4人で一つの生命体



指導初日の朝10時、フェローと東京Qがブルーローズ(小ホール)に集まった。会場は通常の演奏会で使用するような縦長のシアター形式ではなく、6月に開催されているチェンバーミュージック・ガーデンを意識したような横使い。左右に広く、客席全てを広く見渡せる舞台部分に配された4席に東京Qの4人、マーティン・ビーヴァー(第1ヴァイオリン)、池田菊衛(第2ヴァイオリン)、磯村和英(ヴィオラ)、クライヴ・グリーンスミス(チェロ)は座っていた。

事務局による簡単な紹介の後に、挨拶代わりの1曲が彼らによって演奏された。曲目はハイドン作曲の弦楽四重奏曲「騎士」から終楽章。均整の取れた演奏が軽快にハイドンのメロディーを運んでいき、細部まで造り込まれていながらも余裕を持たせた音楽には、室内楽奏者が演奏中に行なう音楽の対話が聴こえてくるよう。また洗練されたアンサンブルは、「4人の演奏家」としての音楽ではなく「4人で一つの生命体」であるかのような一体感をもって統合されていた。目の前で聴き入るフェローに、これが目指すべき演奏であると言わんばかりの演奏は、これから指導を受ける若者の心にどのような火を灯したのだろうか。





東京Qの歴史を垣間見る



演奏の後は直ぐに指導へ移行した。最初の二日間はブルーローズとリハーサル室の2箇所に別れての並行レッスンで行なわれた。主に弦楽四重奏の指導を行なう池田・磯村組と、主にピアノが含まれた編成を指導するマーティン・クライヴ組である。また後者には英語でのコミュニケーションの手助けとして、英語の堪能な花田和加子によるサポートが入る。


東京Qの指導の視点は「4者4様」で、それぞれが違った観点から様々なアドヴァイスがなされるが、方法として共通することがある。まず指導する曲(楽章)を通して演奏させて、細かい部分の指導に入る前に、その音楽の全体的な印象や求められるべき雰囲気、または歴史的背景や作曲の経緯などを概論として説明するのである。曲全体のイメージを捉える上で参考になるだけでなく、エピソードとして興味深く東京Qの音楽観に惹きこまれる話であったが、それは彼らの積年の経験によって裏付けられており、室内楽奏者により一層求められる自らの音楽的追求を感じさせた。

オーケストラと違い室内楽では、指揮者という絶対的に音楽をリードする存在がいない。それゆえ弦楽四重奏では、楽曲に取り組む際に4人の音楽家自身によって進むべき方向を模索しなければならない。時には個々で出し合うアイデアが衝突するときもあるだろう。その度に彼らは、同じ音楽に取り組む同僚としてお互いにコミュニケーションを取りながら、東京クヮルテットとしての音楽を作り上げてきた事を感じさせるのである。



あるレッスンの一コマで池田が語った。
「もし電話でベートーヴェンと話が出来るなら、僕が尋ねたいことは100では足りないと思う。同じフレーズが続くのにスフォルツァンド(sf)があったり無かったり。どのように弾き分けるのか聞いてみたい。でも残念ながらそんな事は出来ないから、僕たちは自分たちで考えなければいけないんだよ。」
東京Qが備える数多のレパートリーに関して、きっと同じ事を繰り返し思い、それでも自分たちで音楽を作ってきた。それが今の彼らの活動の礎になっているに違いない。レッスンではボウイングやアーティキュレーションの付け方などの細かい弾き方の指導も丹念に指導されるが、彼らは同時に、室内楽奏者としてあるべき姿、自分自身で解決を見出す姿勢を教えたかったのだろう。



1コマ70分のレッスンが、2部屋同時並行で1日6コマ行なわれるので、最初の2日間は1日12コマの指導が行なわれた事になる。教える方も教わる方もハードな日程だったが、両者共に充実していた時間を過ごしているようだった。

アカデミーでは指導の合間に指導者と受講者とがコーヒーなどを啜りながら会話を楽しむ。ここで交わされるコミュニケーションも大切なひと時のようで、音楽から少し離れた話題で人間としての素顔に触れることが出来る。演奏旅行でのエピソードや家族の話など、東京Qは言葉の会話でも機知に富んでいて、フェローとの距離も少しずつ縮んでいく。



​厳しくも建設的なアドヴァイス



最終日である3日目はリハーサル室に全員が集まって、4人が同時に指導にあたる。指導する側の人数がこれまでの2日間に比べ2倍になった訳だが、そのことによる混乱や滞りは全く感じさせず、4人が交代で適切な意見を積み上げていく。

世界中で指導を続けてきた東京Qは、指導者としても超一流であり、いかなる細部においても妥協を許さない鋭い視点は、若気に満ちた受講生の演奏における課題を、たちまち浮き彫りにしてしまう。厳しくも建設的なアドヴァイスは、まるで後継者を探す職人の眼差しのようであった。



3日間のワークショップを終え、アカデミーフェローには目指すべき目標の余りの高さに、改めて困惑してしまった者もいたようである。しかし一つ一つの課題をクリアしてゆき、自分たちの音楽を作り出せれば、いつか室内楽奏者として活躍出来る日が来るではないだろうか。
間もなく栄光の歴史に幕を降ろす東京クヮルテットだが、その継承すべきDNAは室内楽の活動が盛んな場に残されて、初めて本当の意義を持つ。サントリーホール室内楽アカデミーには今後とも、東京という場所で室内楽の振興を図りながら、東京クヮルテットがその音楽を残せる場になるよう、弛まぬ発展を期待したい。

東京クヮルテット Tokyo String Quartet

桐朋学園で故・斎藤秀雄の薫陶を受けた4名により、1969年にジュリアード音楽院で結成された。1970年、ミュンヘン国際コンクールで優勝。以来、世界を舞台に活躍する。メンバー交代を重ねながら、活動を続けてきたが、今年6月(2012〜2013シーズン終了時)をもって引退することが発表された。


マーティン・ビーヴァー(第1ヴァイオリン)
池田菊衛(第2ヴァイオリン)
磯村和英(ヴィオラ )
クライヴ・グリーンスミス(チェロ )

2月ワークショップ レポート
ゲスト・ファカルティ:東京クヮルテット

池田菊衛、磯村和英の両氏による指導風景

マーティン・ビーヴァー、クライヴ・グリーンスミスの両氏による指導風景

サントリーホール室内楽アカデミー

​2013年2月5日(火)~7日(木)
於:サントリーホール

 (ブルーローズ、リハーサル室)
取材:アッコルド編集部
写真提供:サントリーホール

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