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トーマス教会とバッハ像。向かいにはバッハと親しかった裕福な商人ボーゼの家がバッハ博物館に

街がバッハに染まる10日間
ライプツィヒ バッハ音楽祭2015

 (6月12日~21日)

重松貴子・文

●「音楽の街」ライプツィヒ

 
ドイツの中東部、旧東ドイツの都市ライプツィヒは、ドイツで2番目に古いゲヴァントハウス管弦楽団やドイツ初の音楽学校、街の音楽の中心であった教会を舞台にJ.S.バッハ、メンデルスゾーン、シューマン、ワーグナー、マーラーなどそうそうたる音楽家が活躍した街。リングと呼ばれる旧市内を中心にゆかりの場所や建物が点在し「ライプツィヒ音楽軌道」の地図を片手に、歩いて回れる音楽史の街でもある。
 
中でも聖トーマス教会の合唱団はじめ市の音楽全般を取り仕切るトーマスカントルとして、亡くなるまでの27年間この地で活躍したバッハは、この街にもっとも大きな足跡を残し、トーマス教会の内陣に眠っている。
 
 

●10日間で100を超えるコンサート

 
この街で一番大きな音楽の催しが1904年から始まった「バッハ音楽祭」。特に今年はライプツィヒが史料に現れて1000年の記念の年ということで、毎年かわる音楽祭のテーマもカンタータ第119番より「かくも輝かしくあなたは立つ、愛する町よ!」が掲げられた。またニコライ教会ができて850年の年ということもあり、オープニングコンサートはいつものトーマス教会ではなく、バッハの指揮でこのカンタータが初演されたニコライ教会で開催され、現トーマスカントルのクリストフ・ビラーが指揮し、トーマス少年唱団、ハレ・ヘンデル祝祭管弦楽団が演奏し、幕を開けた。
 
期間中は教会や歴史的建物など30か所以上を使い、100回を超える演奏会が開かれた。ゲヴァントハウス管弦楽団の公演はもとより、ガーディナーとモンテヴェルディ合唱団、イングリッシュ・バロック・ソロイスツの「選帝侯妃追悼カンタータ」(BWV198)とモーツァルトの「レクイエム」、ヘレヴェッヘ指揮コレギウム・ヴォカーレ・ゲントによる、同じくニコライ教会初演の「ヨハネ受難曲」(1725年版)など特に人気があり、日本からもツアーが組まれていた。
 
昨年に続き2012年にバッハメダルを受賞した鈴木雅明さんがカンタータ「貧しきものは饗せられん」(BWV 75)「2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調」(BWV1043)「昇天祭オラトリオ」(BWV11)を指揮してトーマス教会に登場したのはうれしい。
 
料金も大きな公演のもっともよい席でも102ユーロで、ほぼ20ユーロくらいでいろいろなコンサートを聴くことができる。ニコライ教会でのオルガンコンサートではトッカータに始まりペールギュントからマイスタージンガーまで気軽に楽しませてくれた。
 
また日曜の朝には教会ミサも公開され、最終日21日(日)のトーマス教会でのミサはバッハの時代のミサにのっとり、トーマス教会の合唱、ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏で2時間近くかけて行われた。(もちろん無料)
 
ほかにもバッハの演奏では定評のある指揮者、ソリスト、合唱団、合奏団の演奏が朝から晩まで(9時過ぎまで明るいので)複数組まれている。石畳の街をそれぞれが目的の会場に向かってそぞろ歩き、合間に由緒あるカフェで一休みという日々。その間もちょっとした通りで金管5重奏などの演奏が聞こえる。この魅力にはまってもう何年も通っている方も多いそうだ。
 
 

●AUSGEZEICHNET

― 優れた若い演奏家のコンサート

 
その幾多のコンサートスケジュールの中にAUSGEZEICHNET(英:excellent)という公演が5公演あった。旧交易会館(Alte Börse)の美しい建物のホールで開催されるこのシリーズはバッハ演奏に秀でた若い演奏家が出演する演奏会で、今回もブルージュ国際古楽コンクール2014チェロ部門1位、マックス・ロスタル国際ヴァイオリン・ヴィオラコンクール2012(3年に1度)ヴィオラ部門2位、そして音楽祭の一環として偶数年に開催される「バッハ国際コンクール」の2014年のチェンバロ、ヴァイオリン、ピアノの優勝者がそれぞれ1公演ずつ出演した。
 
日本人初ヴァイオリン部門1位の岡本誠司さんはAUSGEZEICHNET4に登場。冷たい雨の中、開演の30分前には続々と人が集まってきて、定刻には250ほどの席が満席。日本人もちらほら見受けられるが、ほとんどはバッハファンが1位の東洋の青年の演奏に興味津々というところだろうか。
 
 

●国際バッハコンクール1位

岡本誠司の無伴奏

 
舞台の上に何もないシンプルな空間に、たった1台のヴァイオリンが鳴り始めると、聴衆の息が詰まるように感じられる。そのくらい緊張感のあるビーバーのパッサカリアは、聴衆の心をつかみ、詩を朗読するように聴かせてくれた。終わったとたんに近くの青年が小さく「ワーォ」と洩らした声に思わず顔がほころんだ。
 
 続くバッハのパルティータ第2番に聴衆の期待が一層膨らむのがわかる。彼のバッハは日本において少々毛色が違い、あえて言うならコンクール受けしない。「コンクールではバッハをはじめとしたバロック、古典派の作品を弾くラウンドで苦戦することがよくありました」と笑うが、たとえばシャコンヌにおいても過度な演出はせず、時にドラマチックに、時に淡々と音を紡ぐ。彼が譜面台に立てるのはバッハの直筆譜のコピーで、その書かれた様子から、バッハが大事だと思う音やフレーズなどを感じながら弾くのだと言う。
 
その静かな、渾身のバッハが終わった途端、聴衆が立ち上がり「ブラボー」のスタンディングオベーション。耳の肥えた本場の聴衆が、もはやひそやかに感動してはいられないと立ち上がり、声をあげたワン・シーンだった。
 
 続くテレマンの無伴奏ヴァイオリンのための12のファンタジー(第7番)のあともスタンディングオベーションで会場は大盛り上がり。聴衆の緊張もとけて、最後のイザイの無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番では、1楽章の初めバッハのパルティータ第3番の前奏曲が顔を出すとクスリと笑う余裕も出て、バッハに対抗するような一風変わったこの曲を十分楽しんでいた。
 
 20歳にして古楽器も含め、楽器や奏法をいろいろな面から学び、研究を重ねてきた彼の知性と感性のバランスの良さ。休憩もなしで、難曲と感じさせることなく、集中を切らさずに演奏しきる技術と体力、すべてにおいてどれほど恵まれているか(努力を重ねているか)を思い知ったし、同時に集中を切らさない聴衆の力も素晴らしいと思った。
 
あとで岡本さんと「日本だとなかなか集客が難しいプログラムだったかもしれないですね」と冗談を交わしたが、私もしんどい時は行かないかもしれない。もちろん考えに考えて最後に飛行機の中でプログラムを変更したそうで、印刷された演奏会プログラム(2ユーロ)には、改定プログラムが挟み込まれていた。聴衆をうならせた曲目と曲順は、熟考の勝利に違いない。
 
 

●また来年

 
最終日、18:00 毎年音楽祭の最後を締めくくる、トーマス教会でのロ短調ミサ曲(ラーデマン指揮、ゲッヒンゲン聖歌隊、バッハ・コレギウム・シュトゥットガルトによる最新版での演奏)で幕を閉じた。終演後の出口で手渡されたのは、来年の音楽祭プログラム。日本から直行便がないのが少々つらいが、来年は6月10日から19日までとのこと。ICE(ドイツ高速鉄道)を利用して周辺の都市も手軽に訪ねられます。旅の予定に組み込んではみてはいかがでしょう?

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