遅ればせながら、ようやく、
『パガニーニ~愛と狂気のヴァイオリニスト』を観た。
「1830年イタリア、敏腕マネージャー、ウルバーニの働きで富と名声を手にしたパガニーニは、私生活では女や酒、ギャンブルに塗れた堕落した毎日を送っていた。ある日、指揮者ワトソンの尽力でロンドン公演を行なうことになったパガニーニは、そこでワトソンの娘シャーロットと出会う。美しい声を持つシャーロットと音楽を通して心を通わせ、本当の恋を知るパガニーニだったが…」
(監督・脚本:バーナード・ローズ 主演・製作総指揮・音楽:ディヴィッド・ギャレット)
 
そう、あのディヴィッド・ギャレットが主演。
―ドイツ出身のアメリカのヴァイオリニスト兼モデル。8歳で国際的なオーケストラと共演。イダ・ヘンデルに師事。クラシック界での絶大なる評価に飽き足らず、ロックとのクロスオーバーに挑み、アルバム『ロック・プレリュード』では全米クラシカル・クロスオーバー・チャートで9週にわたって第1位に輝くという驚異的なベストセラーを記録した。
 
『スーパースター』『音楽界の革命児』の冠を称され、
クラシック界のみならず多くの(女性)ファンを持つディヴィッド・ギャレット、
まさに『21世紀のパガニーニ』のスクリーン・デビュー。
 
「クラシック界のベッカム」の「息を呑む超絶技巧」
「5億円の名器ストラディヴァリウス〈サン・ロレンツォ〉」
映画としての評価はさておき、話題は事欠かない。
 
「超本格的音楽エンターテインメント」…それはそうかな。
ロンドンデビュー前夜のパブでの演奏シーンはイケてるし、
恋するシャーロットとデュエットするアリアは切なく美しい。
(『あなたを想っているわ、愛しい人よ』=ヴァイオリン協奏曲第4番Ⅱ楽章)
英国国歌《ゴッド・セイヴ・ザ・キング》による変奏曲op.9もカッコいいし、
エルンスト《魔王~シューベルトの主題による大奇想曲op.26》ベースの、
ディヴィッド・ギャレットの『魔王』は圧巻だ。
 
 
「狂気」や「悪魔性」「淫靡さ」という点では、
もう一本の『パガニーニ』という映画の方がそれらしいかもしれない。
(製作:アウグスト・カミニート、監督・脚本・主演:クラウス・キンスキー) 
 
「パガニーニの狂気と弧独に満ちた半生を描く伝記音楽ドラマ」
ストーリーも方向性も、似ていると言えば似ている。が。
パガニーニ、草葉の陰で「こんなのボクじゃない!」と泣いていないだろうか。
こちらの演奏を担当したのは、サルヴァトーレ・アッカルド。
 
え? そんなのがあるの? だったら、私も観ようかな、
そう思ったあなた、鑑賞の際は背後にお気を付けくださいませ。
直視できないシーン満載なので。((R指定は?…苦笑)
 
そういえば、キンスキーは弓を左手に持っている。
演奏中の手のアップは右手に弓を持っている。適当過ぎないか(笑)。
ヴァイオリンの演奏シーンに関しては、俳優の無残な『当て振り』に、
正直がっかりすることが多いのだが、珍しくあまり気にならなかった。
キンスキーの構え方はひどいし、弓の持ち方は無茶苦茶だし、
動きも全然合ってはいないのだが。映像の狂気に飲み込まれたかな。
 
最後に吐血しながらヴァイオリンを弾き続けるシーンは、見ていて、
ひどく息苦しくなった。こんな風にヴァイオリンを弾くことがあるだろうか。
そこには、演奏会や普通の音源では絶対に聴けないアッカルドもいて。
全体的には非常に後味の悪い映画だったけれど、まぁ、よしとするか。
 
アッカルドの演奏は、乱暴に弾いていても優等生的な演奏である。
目を閉じ“音”だけ聴くと、「狂気」が消えてしまう。その点、
(「狂気」というよりは「焦燥」や「諦念」の方が色濃いものの)、
その演奏、雰囲気という点ではディヴィッド・ギャレットの勝ち? 
 
 
パガニーニが降臨して以降、その血を受け継ぐ者が次々と生まれる。
『第二のパガニーニ』たちだ。
世間がそれを望んだのか。演奏者がそうありたいと願ったのか。
 
例えば、シヴォリ。例えば、エルンスト。例えば、バッジーニ。
彼らはみな神童と呼ばれ、華麗な超絶技巧を誇った。
その技術がどれほどだったのかは、彼らの作品を聞けば分かる。
 
―シヴォリErnesto Camillo Sivori(1815–1894)
 イタリアのヴァイオリニスト、作曲家。
 パガニーニに弟子入りを許された唯一のヴァイオリニストとして名を遺す。
 1846年にメンデルスゾーンの協奏曲の英初演を行なっている。
 リストなどの主要な作曲家や演奏家と親しく交わり、共演もしている。
 
―バッジーニAntonio Bazzini(1818-1897)
 イタリアのヴァイオリニスト、作曲家、ヴァイオリン教師。
 少年時代にパガニーニの演奏に接して影響を受ける。
 《妖精の踊り作品25》は超絶技巧の曲として有名で、演奏頻度も高い。
 
―エルンストHeinrich Wilhelm Ernst(1814-1865)
 モラヴィア生まれのユダヤ系ヴァイオリニスト、作曲家。
 ウィーン音楽院でヨーゼフ・ベーム、ヨセフ・マイゼーダーに学ぶ。
 「パガニーニの後継者」としてヨーロッパ中を演奏して回り、
 室内楽にも力を入れ、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲など多くを世に広めた。
 
当時、エルンストはヨーロッパにおいて重要な音楽家だった。
彼を語るとき、ベルリオーズやリスト、ワーグナー、ショパン、メンデルスゾーン、アルカン、クララ・シューマン、ヨアヒム…錚々たるメンバーの名が共に挙がる。
 
「重い病に臥せるこの名ヴァイオリニスト(=エルンスト)のために資金を得ようとブラームスが自らのそしてエルンストの曲で二度のコンサートをウィーンで主催した」というし、
「私が共感を持つ人、そして芸術家=エルンストはヴァイオリンを用いて、彼が完璧に習得している音楽という言語の中で詩を語ろうとした」とベルリオーズは語り、
ヨアヒムをして「知りうる限り最大のヴァイオリニスト」と言わしめた。
 
でも、世間の人は、シヴォリもバッジーニもエルンストも多分知らない。
“超絶技巧曲”を何曲か友人に続けて聞かせたら、同じ人の作品かと聞いてきた。
うっと詰まる。そう言われれば、そこにあるのは、作曲家の個性ではなく、
ヴァイオリンの個性だ。だからこそ、聴衆に与える感動は時代を越え不変。
 
ふと考える。“超絶技巧”って何なのだろう?
それは人が生まれ持つ「何かを極めたい」という欲求、
そこから来ていることは間違いないのだが。実際、
その追究はヴァイオリンが生まれた時点から始まっている。
 
 
音大の入試課題の一つがパガニーニのカプリスだったりする、
そんな時代に生まれ育ち、巷に“ヴィルトゥオーソ”が溢れる今に生き、
改めて、超絶技巧の存在意義は? なんて考えてみる。
 
神々しいまでに煌めく音の乱舞に、うっとりする人もいる。
音の集中砲火に脳細胞を掻き回され、失神してしまう人もいる。
押し寄せる音の妖しい揺らめきに、官能をくすぐられる人もいる。
デーモニッシュな身体の動きに、恐怖を感じる人もいる。
そして、打ちのめされるヴァイオリン弾きもいる(笑)。
 
何らかの感動を生むのなら、そこに十分な存在意義がある。
そういうことだろうか。それでいいのだろうか? 
ヴァイオリン界の技術力アップにも貢献している。
だからきっと、それでいいのだろう。それに溺れさえしなければ。
 
パールマンが好きだ。でも、彼の演奏スタイルが好きなのではない。
Q.じゃあ、何が好きなの? A.彼の演奏している姿が好き。
 
だって、楽しそう。観ているだけで、楽しくなる。
それに、幸せそう。観ているだけで、幸せになれる。
 
ヴァイオリン弾きなら分かる。
なかなか、あんな素敵な笑顔で演奏できない。
作り笑いではない、自然な笑み。
時折、むぎゅむぎゅと小さく動く口元が可愛い。
 
超絶技巧の曲を難なく弾きまくる、彼ら、
『超』が付くヴィルトゥオーソ達に共通するのは、
実に「楽に」弾いているということだ。全然、力が入っていない。
 
ギュッとヴァイオリンを挟み込んでいるように見えるときでも、
力が入っているのかと言えば、そうではない。
大体あんな曲、どこかに力が入っていたら弾けない。
 
だけど、いざ弾くとなると入っちゃうんだよね。力が。
特に譜面が黒かったりすると。それに、超絶技巧じゃなくたって、
「しっかり」持たないと不安になっちゃったりすることもある。
 
 
ヴァイオリン弾きに起きる肩こりの原因の一つは、
歯の“食いしばり”“噛み締め”にあるという。
 
弾いている最中に、頭痛がしたり、眼の奥が痛くなったり、
弾き終わって楽器を下ろした時に、顎や歯に痛みを感じたり、
演奏中、顔が強張ってしまったり、ずっと無表情になってしまっていたり、
アンサンブル仲間のアイコンタクトや笑顔に応えられなかったり、
…そんな経験はないだろうか?
 
歯と歯が一日に接している時間は、食事の時を含めて、
15分~20分程度なのだそうだ。それ以外の時間は“安静空隙”といって、
歯と歯の間に1~2mm程度の隙間が保たれている状態が正常。
食べ物など物を介在していないときに歯が噛み合っているのは非生理的で、
顎や筋肉などに、不要な緊張が生じていることになるのだと。
 
「噛みしめている時に奥歯にかかる力(咬合力)を測定したら、健康な成人男性で最小 27.5kg、最大100kgの値を記録した」との記述も見た。
恐ろしい。そんな大きな力が奥歯に掛かっているなんて。だからか。
左の奥歯がすり減った欠けた抜けた、というヴァイオリン弾きを知っている。
 
ヴァイオリンは左側に構える。顎で挟むような姿勢である。つまり、
不自然な噛み締めを起こしやすい危険性のある楽器ではある。しかも、
その学習や演奏にはストレスが掛かり、緊張する場面も少なからずある。
となると。プレッシャーによる緊張がきっかけともなって、
 
「歯を噛み締める」→「咀嚼筋(閉口筋)が動く」→「首や肩などの多くの筋肉が同調する」→「腕の動きに制約ができる」&「身体の反応が悪くなり、動きが鈍くなる」&「呼吸が浅くなる」&「息を止めてしまう」→「さらに緊張が増す」→「集中力が落ちる」→「失敗する」
 
“食いしばり”は、気を付けないと癖になると聞く。
その必要がなくても、ストレスがなくても、緊張していなくても、
ずっと食いしばったまま、なんてことに。(パソコン作業なども危険らしい)。
結果、顎関節症や歯周病、身体の歪みやそれに因る疾患を引き起こすことがあると。
歯そのものにも負担が掛かり、欠けたり割れたり「過労歯」になることも。
 
やはり、姿勢や構え方の指導には注意と配慮が必要なのだ。
いや、それ以前に自分か。
とにかく、「しっかり持ちなさい」は要注意語彙?
 
 
大昔「芸能人は歯が命」なんてフレーズがあったが、
ヴァイオリン弾きも、日頃から歯や顎のコンディションに留意せよと。
 
例えば、食いしばらないように気を付ける。
例えば、歯の噛み合わせが悪いなら改善する。
例えば、歯の手入れをまめにする。
 
顔のストレッチもいいらしい。
1)グッと眉を上げ、おでこに力を入れ、視線は上、唇をすぼめて前に突き出す。
2)パッと力を抜き、顔全体の筋肉が緩んでいくのを意識する。
3)目を閉じ、目蓋に力を入れ、眉を寄せ、唇を固く結んで、奥歯をきつく噛む。
 (顔のパーツをグッと中心に寄せる感じ)
4)パッと力を抜き、顔全体の筋肉が緩んでいくのを意識する。
5)口を閉じ、頬を左右交互に膨らませる。
 
力は入れ過ぎないこと。入れる時間は5~8秒くらい。
筋肉の緩みをじっくり感じることがポイント。
これは、前方注意かな。相当ひどい顔になる。(笑)
 
この“筋肉弛緩法”は肩や腕、手など他の部位にも使える。
指の感覚を確かめるのにも有効。ぜひ、お試しを。
 
最後に、『噛み締め』とは全く無縁な世界にお連れしよう。
別な意味の超絶技巧、別な意味の官能美がそこにはあって。
別な意味の高揚感、別な意味の幸福感に満たされ。
心がホコホコに、頭がポワポワに、身体がボムボムになる。
 
ヴァイオリンって、本当にボーダレスで、
本当に何でもできちゃう、最高の楽器だね!

 

ヴァイオリン弾きの手帖

ヴァイオリニスト、ヴァイオリン教師 森元志乃

第113回

リンゴをかじると血が出ませんか?

David Garrett - Io Ti Penso Amore (Feat. Nicole Scherzinger)

David Garrett – Erlkönig

Sivori "Nel cor più non mi sento"―Mauro Tortorelli

Bazzini "La Ronde des Lutins" ―Eugene Chepovetsky.

Ernst "Last Rose of Summer" ―Ruggiero Ricci

Itzhak Perlman - Virtuoso Violinist (Paganini, Bazzini)

David Garrett – Kashmir

Máiréad Nesbitt- Granuaile's Dance 

Salvatore Accardo - Paganini "Nel cor piu non mi sento"

© 2014 by アッコルド出版