昨年末、『ピアノを弾く哲学者』という本に出会った。
副題は『サルトル、ニーチェ、バルト』(F.ヌーデルマン著 太田出版)。
内容はタイトルのままに、ピアノを嗜んだ哲学者である彼らが、
ピアノに何を求め、ピアノを通して何を感じ何を考えたかを、そして、
ピアノのある人生が彼らにとってどんなものだったかが書かれている。
 
ニーチェが優れたピアニストで、作曲もしていたことは知っていたが、
語られることの少ない狂気と悲しみに帯びた最晩年も、
ピアノと片時も離れず過ごしていたこと、彼が書いた楽曲などについては、
知ろうともせず、知ることもなかった。改めて聴くニーチェの作品は、
ビューローらには酷評されたらしいが、思いのほか心に沁みる。
 
それらに僅かばかりでも触れた今、彼の言葉は少し違って響いてくる。
—「ときには、遠い視野というものが必要かもしれない。例えば、親しい友人らと一緒にいるときよりも、彼らから離れ、独りで友人らのことを想うとき、友人らはいっそう美しい。音楽から離れているときに、音楽に対して最も愛を感じるように」
 
サルトルが「音楽好き&ピアノ好き」だったことは知っていたが、
彼がピアノを演奏する姿が残っているなど思いもしなかった。
少し顎を上げ、譜面を見ながら、ひどく真面目な顔で、
ゆっくり、訥々とショパンのノクターンを演奏するサルトル。
こ、こんな人だったんだ…。(どんな人だと思っていたんだ!笑)
 
音楽について、趣味でピアノを弾くことについて考える、
その中でのバルトの思考の揺らぎは、まさに音楽のようでもある。
—「音楽はいつも黙っている。駄弁でわたしの邪魔をしたりはしない。わたしの不安や不快感を何かで塗り替えようとするのではなく(そんなことをしたら余計不快になる)、ただ一時的に止めてくれる。それは一種のエポケー(判断停止)で、あらゆる意味のシステムにとっての零度のようなものである」
 
「いつか、また読もう」そう思いながら本棚に向かい、どこに入れるか、
本を片手に思案しているとき、目に留まったのが二冊並んだ本。
『寺田寅彦〜バイオリンを弾く物理学者』(末延芳晴著 平凡社)
『アインシュタインとヴァイオリン』(西原稔・安生健著 yamaha)
その隣に隙間を空け、『ピアノを弾く哲学者』を差し込んでみる。
 
並んだ背表紙から目が離せなくなる。何かがわぁっと湧き上がってくる。
少しして頭の中の混乱が収まると『納得』という一文字が残った。
 
何に?
「哲学者とピアノ」「物理学者とヴァイオリン」という組み合わせに。
 
 
「バイオリンを弾く物理学者 寺田寅彦」の随筆、
『「手首」の問題』に、こういう文がある。(長くて申し訳ない)
 
—「バイオリンやセロをひいてよい音を出すのはなかなかむつかしいものである。同じ楽器を同じ弓でひくのに、下手と上手ではまるで別の楽器のような音が出る。下手な者は無理に弓の毛を弦に押しつけこすりつけてそうしてしいていやな音をしぼり出しているように見えるが、上手な玄人となると実にふわりと軽くあてがった弓を通じてあたかも楽器の中からやすやすと美しい音の流れをぬき出しているかのように見える。これはわれわれ素人の目には実際一種の魔術であるとしか思われない。
 
玄人の談によると、強いフォルテを出すのでも必ずしも弓の圧力や速度だけではうまく出るものではないそうである。たとえばイザイの持っていたバイオリンはブリジが低くて弦が指板にすれすれになっていた、他人が少し強くひこうとすると弦が指板にぶつかって困ったが、イザイはこれでやすやすと驚くべき強大なよい音を出したそうである。
 
この魔術のだいじの品玉は全くあの弓を導く右手の手首にあるらしい。手首の関節が完全に柔らかく自由な屈撓性を備えていて、きわめて微妙な外力の変化に対しても鋭敏にかつ規則正しく弾性的に反応するということが必要条件であるらしい。もちろんこれに関してはまだ充分に科学的な研究はできていないからあまり正確な事は言われないであろうが、しかし、いわゆるボーイングの秘密の最も主要な点がここにあるだけは疑いのないことのようである。
 
物理学的に考えてみると、一度始まった弦の振動をその自然の進行のままに進行させ、そうしてそのエネルギーの逸散を補うに足るだけの供給を、弦と弓の毛との摩擦に打ち勝つ仕事によって注ぎ込んで行くのであるが、その際もし用弓に少しでも無理があると、せっかく規則正しく進行している振動を一時邪魔したり、また急に途中から別なよけいな振動を紛れ込ませたりしてそのために音がきたなくなってしまうのである。そういうことのないようにするためには弓がきわめて敏感に弦の振動状態に反応して、ちょうど弦の要求するエネルギーを必要にしてかつ有効な位相において供給しなければならない。
 
この微妙な反応機巧は弦と弓とが一つの有機的な全系統を形成していて、そうして外部からわがままな無理押しの加わらない事が緊要である。
このように楽器の部分としての手首、あるいはむしろ手首の屈曲を支配する筋肉は、少しも強直しない、全く弛緩した状態になっていて、しかもいかなる微細の力の変化に対しても弾性的に反応するのでなければならないのである」(昭和7年3月、中央公論)
 
こんな言葉で、我らヴァイオリン弾きは語らない(語れない?)。
でも、考えていること、学んでいること、していることはと言えば、
まさに、その通りなのである。そして、さらに感動するのは、
ヴァイオリン弾きが読んでも、(他分野の人が書いたものに時にある)
感覚的なズレが全くないということである。
 
個人的には、こんなイメージがある。
「ピアニストは常に『どう弾くか』を考え、
 ヴァイオリニストは『どう聞こえるか』を考える」
 
一人で練習する時も、聴衆の前で演奏する時も、
ピアニストが対峙しているのは、ピアノであり、自分である。
一方、ヴァイオリニストが向く先にあるのは、
伴奏者であり、相方であり、聴き手であり、ホールである。
 
内向きのピアノ、外向きのヴァイオリン。
 
だとしたら、これが正解なのかもしれない…なぁんて考える。
 
「ピアニストは哲学者で、
 ヴァイオリニストは物理学者である」
 
 
寺田寅彦、音楽界的には部外者感があるかもしれない。
夏目漱石の『吾輩は猫である』の水島寒月のモデル、
「天災は忘れた頃来る」という警句を残した人物、
そう聞けば、ぐっと身近になってくるが、何しろ、
科学と文学・音楽を融合・調和させた随筆を多数残していて、そこには、
音或いは音楽、当時の音楽事情に関するものもたくさんある。
 
寺田寅彦がヴァイオリンを手にするまでの件は、ちょっと面白い。
きっかけを作ったのは、これもまたヴァイオリンを弾く物理学者だった。ただ、
そのヴァイオリンは「物理教室所蔵の教授用標本としての楽器」だったが。
 
1896年(明治29年)熊本の第五高等学校に彼は入学する。
そこで出会ったのが、その物理学者で教師の田丸卓郎である。
ちなみに寅彦は、この五高で英語教師 夏目漱石とも出会っている。
“科学と文学の融合”は自然なことだったのかもしれない。
 
ある日、所用あって寅彦は同級生と「田丸先生の下宿」を尋ねる。
—「その要件の話がすんだあとで、いろいろ雑談をしているうちに、どういうきっかけであったか、先生が次の間からヴァイオリンを持ち出して来られた。まずその物理的機構について説明された後に、デモンストレーションのために『君が代』を一ぺん弾いて聞かされた。田舎者の自分は、その時生まれてはじめてヴァイオリンという楽器を実見し、はじめて、その特殊な音色を聞いたのであった」
 
多分、一瞬でヴァイオリンに惚れ込んだのだろう。
そして、彼はそのときの心境を、漱石に話したに違いない。
『吾輩は猫である』11章での、長い長いヴァイオリン談義の中で、
こう「寒月君」は語っている。
—「それ(店頭に吊るされたヴァイオリン)がね、時々散歩をして前を通るときに風が吹きつけたり、小僧の手が障さわったりして、そら音を出す事があります。その音を聞くと急に心臓が破裂しそうな心持で、いても立ってもいられなくなるんです」
 
必死で金を工面して、ヴァイオリンを買わんと店に走る寅彦。
—「『財嚢を敲ひて金8円80銭を出しバイオリン一個』を手に入れる」
当時一ヶ月の仕送りが12円だったらしいし、借金を返すのに苦労したとある。
そうまでして手に入れたヴァイオリンだ。余程嬉しかったのだろう。
雨が楽器によくないことは重々理解していたであろう彼が、
「細雨折々下る」中、近くの山に登ってヴァイオリンを弾いたとある。
 
そうして、寮生活に馴染めなかった孤独な彼の、
よき友人となったヴァイオリンは、その後一生涯、
寅彦の傍に寄り添うこととなる。寅彦とヴァイオリン。
 
教師と生徒として出会った夏目漱石と寺田寅彦だが、
その交流と親しさの度合いを見れば、十分に“友人”である。
そして、漱石の「洋楽へのアクセスポイント」は寅彦だった。
 
『吾輩は猫である』の「猫」はこう語る。
—「元来この主人は何といって人に勝れて出来る事もないが、何にでもよく手を出したがる。俳句をやってほととぎすへ投書をしたり、新体詩を明星へ出したり、間違いだらけの英文をかいたり、時によると弓に凝ったり、謡を習ったり、またあるときはヴァイオリンなどをブーブー鳴らしたりするが、気の毒な事には、どれもこれも物になっておらん。その癖やり出すと胃弱の癖にいやに熱心だ」
 
実際、漱石とヴァイオリンとの出会いは遅く、学ぶ時間もなかった。
しかし、一度芽生えたヴァイオリンへの興味と愛情は回り回って、
結果的に長男の純一をヴァイオリニストにすることになる。
純一、大正15年ベルリンに留学、ブダペスト音楽院に遊学、
帰国後は東京交響楽団のヴァイオリニストとして活躍している。
 
 
最初に出会ったのは、「随筆家 寺田寅彦」だった。
それこそ何かをきっかけに手にした『柿の種』(岩波文庫)。
そしてそれこそ一瞬で惚れ込んで、しばらく手放せなかった。
 
—「眼は、いつでも思った時にすぐ閉じることができるようにできている。しかし、耳のほうは、自分では自分を閉じることができないようにできている。なぜだろう」
(大正10年3月『渋柿』)
 
こんな文があるからというだけでなく、
彼の作品を読んでいると、彼が“耳の人”だと分かる。
それだけでも、シンパシーを感じてしまう。
 
さて、もう一人の「バイオリンを弾く物理学者 アインシュタイン」、
彼がヴァイオリンを愛奏していたことは有名なので知っていたが、
幼少期からしっかりヴァイオリンを学んでいたとは知らなかったし、
その腕前も文字で見るばかりで、それ以上の興味も持たなかったのだが…。
 
日常的にその演奏を楽しみ、公の場でも好んで演奏していたアインシュタイン。
物理学者である友人マックス・プランクにピアノを弾かせ、
プロのチェロ奏者を呼んでベートーヴェンのピアノ三重奏曲を弾いたとか、
ピアニストの友人A.シュナーベルとアンサンブルをしたとか。
 
ちなみにこのとき、アインシュタインが演奏中何度も数え間違えるので、
シュナーベルに「君は数も数えられないのか」と呆れられたらしい。
よかった。アインシュタインが数えられないなら、
我々ヴァイオリン弾きが数えられなくても当然だ(笑)。
 
さて、アインシュタインは大正11年に来日している。
寺田寅彦は、東京帝国大学で彼の講演を聞き、
続いて催された帝国ホテルでの歓迎晩餐会にも臨席している。
そこでアインシュタインは、余興としてではあるが、
ベートーヴェンの《クロイツェル・ソナタ》を弾いたのである。
 
その演奏を寺田寅彦がどう思ったかは分からないが、
彼が「この曲を弾きたい!」と思ったことは間違いない。
その後、ジンバリストの《クロイツェル・ソナタ》を聴いて、
「自分のヴァイオリンはホーマンの3の中頃迄 前途遼遠」
と書いている。しかし、やると決めたことは諦めない彼は何年も掛けて、
《クロイツェル・ソナタ》を弾けるようにしている。素晴らしい。
 
寺田寅彦は、よくこう口にしたという。
「ねえ君、不思議だと思いませんか?」
 
ヴァイオリンには不思議がいっぱい詰まっている。
ヴァイオリニストは不思議をいっぱい抱えている。
 
アインシュタインが、寺田寅彦が、夏目漱石が耳にしたであろう、
スマートなジンバリストの《クロイツェル・ソナタ》を聴きながら、
目の前にある不思議の箱の蓋を開けて、そっと覗いてみる。
今日はどんな不思議が見えるだろう?

 

ヴァイオリン弾きの手帖

ヴァイオリニスト、ヴァイオリン教師 森元志乃

第108回

哲学者はピアノを弾き、

物理学者はヴァイオリンを弾く。

The Music of Friedrich Nietzsche - Albumblatt

Chopin - Nocturne Op. 15 No. 3 in G minor; Jean-Paul Sartre

Albert Einstein NEVER BEFORE HEARD: Plays Violin - Mozart Sonata in B-flat

KV378

Beethoven "Kreutzer Sonata" Zimbalist-Bauer Rec.1926

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