ここ半年ほどの間に手に入れた本の中で、
2冊ほど、とても気に入っているものがある。
読むとなぜだか気持ちが安らぐので、いつもそばに置いて、
癒されたいときには、それを手に取りページをめくる。
 
『ほとんど想像すらされない奇妙な生き物たちの記録』~カスパー・ヘンダーソン著 X-Knowledge
『新種の冒険~びっくり生きもの100種の図鑑』~ウィーラー&ペナク著 朝日新聞出版
 
タイトルを見れば分かるように、その内容は、
変な生物や新種の生物の紹介、可愛いイラストや美しい写真である。
知らない生き物と出会ったときのワクワク、
見知った生き物の意外な生態を知ったときのドキドキは、
平坦になりがちな感情を強く刺激してくれる。
 
それにしても変な奴、多過ぎる。本を開く度に、
毎回、衝撃を受ける。毎回、「なんだろうなぁ」と呟いてしまう。
その正体を知る入り口であろう“名前”も、変だったりする。
 
ヘビでもトンボでもないヘビトンボ。
テントウムシでもゴミムシでもないニセクロホシテントウゴミムシダマシ。
結局イカなのね、タコイカ。結局サルなのね、ネズミキツネザル。
あるの!ないの!―トゲアリトゲナシトゲトゲ。コブナシコブスジコガネ。
大きいの?小さいの?―オオコクワガタ。
 
美味しそう?―ヤキイモという名の巻貝、コンペイトウという名の魚、
見てみたい!―ナンジャモンジャゴケ、テズルモズル。
可愛い?―パンケーキガメ、ミッキーマウスノキ、ダンボオクトパス。
なんかカッコいい?―ゴライアスバードイーター、ブッシュバイパー。
もう少し、名前の付け方考えようよ―オジサン、バカマツタケ、ウッカリカサゴ。
 
和名は慣習的名称でしかない訳だが、
それにしても。
 
 
我が業界にも、変な名前の楽曲がいる。
 
変なタイトルに出会いたければ、サティの作品を探せばいい。
《「犬のための」ぶよぶよした本当の前奏曲》《干からびた胎児》《右や左に見えるもの~眼鏡なしで》《いつも片目を開けて眠るよく太ったサルの王様を目覚めさせるためのファンファーレ》…。
曲のタイトルを眺めているだけで、楽しくなる。
 
アイヴズも結構「いける」と思う。
《はしご車のゴング、またはメインストリートを行く消防士のパレード》とか、
《イェール対プリンストンのフットボール・ゲーム》とか。
奇抜さは薄いが、個人的に気に入っている彼の作品タイトルは、
《弦楽四重奏のためのスケルツォ「屈することなく」》
《室内アンサンブルのための「答えのない質問」》…なんだか深い。
 
ここで浮かぶワードは“標題音楽”だろうか。
これについて語ると長くなりそうなので、またにすることにして。
押さえておくべきは、標題音楽の『標題』と音楽作品の『表題』、
この二つを混同してはならないという点だろう。
 
『表題』は、その気になれば誰にでも付けることができるが、
『標題』は基本的に、作曲者自身が付けるものである。
しかし、『表題』と『標題』は見ただけでは区別がつかない。
 
『標題』ならば、演奏者は作曲家の意を汲み取らねばならない。
だから、その楽曲を演奏するとなれば、そこに書かれてあるものが、
『標題』なのか、後付けの『表題』なのかを確認しなければならないのだ。
少々、面倒でもあるが、実際にそれをしてみると、
思いもかけぬ発見があったり、いろいろなものが見えたりして面白い。
 
やはり、“名前”には意味がある。
 
 
話は戻るが、昔流行したウーパールーパー、ご記憶だろうか?
『ウーパールーパー』、これは日本での商標名である。
英名は『アホロートル』、和名は『メキシコサラマンダー』
トラフサンショウウオ科の両生類で幼形成熟個体の総称。
 
アホロートル―これをずっと「アホ面」の「ロートル」だと思っていた。
可愛いと言えば可愛いが、見ようによっては「年寄り」っぽくも見える。
それが、ナワトル語の「アトルatl(水)」+「ショロトルxolotl(犬)」=
「アショロトルAxolotl」のスペイン語読みだったなんて…。
ごめんなさい。名前の語感だけで判断するなんて。他人のこと言えません。
 
調べれば。ショロトルはアステカ神話の金星の神であり、死と炎の神。
この世に太陽をもたらすため、多くの神々が生贄としてその身を犠牲にしたとき、
嫌がったショロトルは水の中に逃げ込み、メキシコサラマンダーになったのだと。
 
名前の向こうに、無限の広がりを見る。
 
 
さて、ここで質問。
曲の名前=“曲名”とは? 
 
「“曲名”は以下のもので構成されている」
(1)ジャンル (2)番号 (3)タイトル(副題) (4)調性 (5)作品番号
 
例えば、こんな感じ。
―(ブラームスの)ヴァイオリンソナタ 第1番 『雨の歌』ト長調 作品78
 
気になるのは、やはり“数字”である。
「第○番」=『番号』は、そのジャンルにおいての順を示す番号。
「作品○」=『作品番号』は、作曲家ごとにその諸作品に通しで振られる番号。
 
一口に『順』といっても、考えてみればいろいろある。
作曲順、発表順、出版順…。大体、誰がその順を付けたのだろう?
そう言えば、作品番号のないものも少なくない。
 
「作曲家が自ら付ける場合もある」…とはいえ、
余程まめでなければ、自身の作曲リストなど作らないだろうし、
書いた日付をメモする位がせいぜい?なんて、横着者は考える。
一時期に何曲も書くこともあるだろうし…などと考え始めると。
 
「元々は楽譜の出版にあたって出版社が付けたもの」…さもありなん。
複数の出版社から刊行され、番号に混乱が生じることもあったという。
しかも、「18世紀以降は出版された1冊の楽譜を単位として与えられることが一般的だった」
よって、『作品6第1番(Op.6-1)』のように表記されるものもある。
 
…複雑だ。
 
 
非常によく目にする作品番号の「op.(オーパス)」、
『opus』=ラテン語で作品、芸術品、著作、仕事などの意。
でも、バッハは『BWV』。モーツァルトは『K』。シューベルトは『D』。
 
見慣れるというのは恐ろしい。何度か疑問には思ったはずだ。
「このアルファベットは何?」「どういう意味があるの?」と。
どうして、すぐ調べなかったかなぁ。何年も無駄にした。
 
=「作品を整理した研究者の名前(イニシャル)などに基づき、数字の前に独自の記号が付くことがある。目録には作曲順のもの、ジャンル別のものなどがある」
この際、復習の意味で、いくつか紹介しておこう。
 
ヴィヴァルディの『RV』=「リオム番号(Ryom-Verzeichnis)」
他にも『P(パンシェルル)番号』『F(ファンナ)番号』がある。
リオムはデンマークの音楽学者、パンシェルルはフランスの音楽学者、ファンナはイタリアのヴィヴァルディ協会の創設者。
 
バッハの『BWV』(Bach-Werke-Verzeichnis)
ドイツの音楽学者ヴォルフガング・シュミーダーが1950年に著した『ヨハン・ゼバスティアン・バッハの音楽作品の主題系統的目録』に基づく。
 
ヘンデルの『HWV(Händel-Werke-Verzeichnis)』
ドイツの音楽学者ベルント・バーゼルトが作成した『ヘンデルハンドブック』に基づく。
 
ハイドンは『Hob.(Hoboken-Verzeichnis)』=「ホーボーケン番号」
オランダの音楽学者アントニー・ヴァン・ホーボーケンの著書『ヨーゼフ・ハイドン主題書誌学的作品目録』に基づく。
ホーボーケンはまた楽譜の熱心なコレクターとしても知られ、5000点以上ともいわれるコレクションは現在オーストリア国立図書館に収められている。
 
モーツァルトは『K(.)』『 KV』=「ケッヘル番号(Köchelverzeichnis)」
ルートヴィヒ・フォン・ケッヘルの『モーツァルト全作品目録』による。
基本的に時系列で並べてある。ケッヘル番号は何度か改訂されているが、記載は「初版の番号(後の版の番号)」の形で表記されることが多い。
 
ベートーヴェンは、「自身によって作品番号を管理した最初の人」と言われている。
『Hess(ヘス番号)』というのをよく見掛けるが、これはスイスの音楽学者W.ヘスによって作成され発表されたもので、『op.』でも『WoO』のどちらでもないものに付けられる作品の番号である。
 
まだまだある。
パガニーニの『MS』=音楽学者マリア・ローザ・モレッティとアンナ・ソレントによる。
メンデルスゾーンの『MWV』=ラルフ・ヴェーナーによる学術的作品目録による。
シューベルトの『D』=音楽学者オットー・エーリッヒ・ドイッチュによる。
リストの『R』=ドイツの音楽学者でリスト博物館の館長でもあるペーター・ラーベによる。『S』はイギリスの作曲家で音楽学者のハンフリー・サールによる。(現在は「サール番号」のほうが多く使われている)
バルトークはハンガリーの音楽学者セールレーシ・アンドラーシュによる『Sz番号』、ブダペスト・バルトーク研究所所長ラースロー・ショムファイによる『BB番号』、音楽学者のデニス・ディーレによる『DD番号』の3種を持つ。
 
ちなみに、『WoO』はドイツ語のWerk ohne Opuszahl=「ヴェルケ・オーネ・オプスツァール(作品番号なしの作品)」の略語。
これを付ける意味は「番号はないけれど、あなたの存在は認めているから安心してね」…こんな感じ?
 
『opus postumus』(オプス・ポストゥムス)は『遺作』。
『Anh.』はアンハングAnhangの略で、『付記』『補遺』の意。
作品番号の後につく「a」や「b」は改訂版などの版の区別をつけるためのもの。
 
 
目録を作り、作品番号を振る。
音楽学者や研究家の人達の努力と苦労を思う。
 
出版社によって違っていたり、
根拠になる自筆の譜面が紛失していたり、
楽譜の断片しかなかったり、曲が未完だったり、
書いたという記録しか残っていなかったり、
本人の作かどうか分からないもの(疑作)があったり、
偽作・贋作があったり、別の人の手が入っているものがあったり。
その上、作品数が多いとなると…。
ようやくまとめて発表すれば、また作品が新たに発見されたりもして。
 
シューベルトの『D』番号を作ったドイッチュは、その目録の序文で、
「自分の名前の略記としてではなく、あくまでもシューベルト作品を表す記号として『.』を用いずに使ってほしい」と述べている。
つまり、「D.384」ではなく「D384」という風に記してほしいと。
『.』にこだわるドイッチュの気持ちを考える。
 
そこにある数字は、
演奏したいと思う楽曲が、その作曲家のいつ頃の作品で、
どんな作品を書いていた頃に書かれた曲なのか、
どういう経緯でその曲を書くに至ったのか、
突き詰めれば、その時代がどういう時代で、
その曲がその時代にどういう意味を持っていたのかを、
そして、どう弾けばいいのかさえ教えてくれることがある。
 
ヴァイオリン曲は、意外にタイトルの付いた曲が少ない。
タイトルや副題のない『曲名』は味気なく、
少しばかり取っ付きにくいかもしれない。でも。
 
その怜悧な印象さえある“曲名”を、
そう、例えば、
《J.S.Bach Violin Sonata No.1 in G minor, BWV 1001》
などという“曲名”を口の端に乗せれば、
心には熱いものが滾り、
頭には豊かな情景が浮かび、
身体には沸々と力が漲ってくる。
 
名前らしい名前を持たない曲名。だが、
それでもしっかりと、曲名はその曲の音の葉を、
我々ヴァイオリン弾きに伝えてくれる。
 
それを受け取れるか否かは、あなた次第。
…ということなのだろうか。

 

ヴァイオリン弾きの手帖

ヴァイオリニスト、ヴァイオリン教師 森元志乃

第101回ムウヲオアヱエユイユエアオウ

Anders Hillborg:muo:aa:yiy::oum ~Latvian Radio Choir 

© 2014 by アッコルド出版