モーツァルトのイメージが変わった……
「五回シリーズで始めたこの企画ですが、もう四回めで、本当にあっという間という感じです。」
──今回の+ワンというのは。
「プログラムの最後にメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲の1番演奏しますが。これが+ワンです。モーツァルトの作品を演奏し、一つだけ別の作曲家を演奏する、というjのが+ワンの意味なんです。」
──今回、トリオを演奏しようと思われたのは?
「前回までモーツァルトのソナタが多かったですが、形の異なったものも演奏することでお客様にも楽しんでいただけると思いましたし、私自身が室内楽が好きなのですね。モーツァルトに対して、この3,4年の間に、私自身が変化してきているんです。以前ソナタを弾いていた自分と今の自分とでは、モーツァルトに対する思いが変わってきています。ヴァイオリンという楽器をとおしての表現の仕方が自然と変化してきている自分に気がついて、それは嬉しいことなんです。」
──どのような変化が。
「モーツァルトの演奏は、以前はピュアで美しく、というものが自分の中にあったのですが、いろいろな世の中の事件があったり東日本大震災や悲しいことあって、皆が立ち上がっていくときのいわば時代的な背景が自分の中にあるのかな、と思うのです。
最初に演奏するK.304のソナタは、モーツァルトが母親を亡くしたことが背景にあって作曲されたものですが、以前の私ですと、その悲しみや不安というものを表現することだけに気持ちがあったのですが、でも、実はモーツァルトがこれから立ち上がろうとしているところが、そして母親の死を転機としているところが、この作品感じるられるようになったのですね。そこが以前の私とは変化してきたところだと思います。
モーツァルトがただ美しいとか、ピュアだとか、とそういうイメージはなくなりました。もっと力強いものを感じます。勿論優しく語りかけたりチャーミングなものもたくさんありますが、モーツァルトの根底にはもっと深いものがある、と思うようになりました。その深さの方に惹かれます。
モーツァルトって、強さも弱さも、激しく出さないようなところがあって、でも、それは表面的なことであって、内面は激しいものがあっても、号泣したいようなことがあっても、冗談でかわしてしまうようなところがあるように思うのです。どの作品にもそう感じます。勿論、子どもの頃、若い頃の作品は、天真爛漫で、チャーミングで、いたずらっ子が存分に出ていますが、K.304あたりから大人になったモーツァルトを感じます。」
──共演されるイタマール・ゴランさんについて。
「やはり尊敬の念を持っています。私が変化してきたことによって、さらに彼のピアノを私は必要としている、という気持ちですね。深いところのモーツァルトを表現するためには、彼の力は凄く必要です。彼はまず音色が美しい。そして彼はユダヤ人ですから、民族としての深いものを内面に持っていらっしゃいます。彼は日本文化が大好きで、相撲、禅、伝統芸能といったものにとても興味を持っている方です。」
深いところのモーツァルトを
──モーツァルトはライフワークの一つですが。
「そうですね。ただかつては、今より気楽に弾いていたのですが、今になって、深さを知るにつれ弾くことの難しい作曲家であると、つくづく思います。
というのは、シンプルな中に陰影を載せるときに、でも、音符には何も書いていないので、そこをどのように演奏するか、というのは考えさせられるところです。最初は、時代背景のことなどを考えたのですが、今は、私の個性、音楽も、モーツァルトに載せないと、私のモーツァルトにはならないと思うのです。
ここ何年か、外国の方々と共演したり、ヨーロッパの空気を吸ったりしてみると、だんだん自分が変わってきて、今までも感じてはいましたが、日本人としてモーツァルトを弾くとき(モーツァルトばかりではありませんが)、こういうところが難しいということに気がつきました。言葉の問題も大きいですね。」
──モーツァルトの三番のトリオを選ばれたのは。
「これは、直感で好きだな、と思った作品です。イタマールのソロから始まるのですが、たぶんこのソロは凄く綺麗に弾いてくださると予想ができます。それが楽しみでこの曲を選んだくらいです(笑)。
メンデルスゾーンの1番は、常にあたためてきた作品ですし、メンデルスゾーンらしい作品ですね。メンデルスゾーンというとコンチェルトですが、コンチェルトでは気づかなかったことが、この作品から気づかされます。深みにはまりますし考え込んでいかされるような作品です。
トリオは名手が三人いればという形態ですが、私は純粋に室内楽として演奏したいと思っています。宮田大さんとイタマール・ゴランさんとのアンサンブルですが、国を超え、年齢を超え、どのように演奏されるか楽しみにしていただければ、と思います。」
──宮田大さんとの共演の経緯は。
「メンデルスゾーンのトリオを演奏することが決まったときに、どなたにお願いしようかということで考えたのですが、今、正に輝いていていて、メンデルスゾーンがこの曲を作曲した年齢に一番近い、若き宮田さんのフレッシュなメンデルスゾーンと、私のような歳を経た者のメンデルスゾーンとの会話が、うまくコラボされればいいな、ということでお願いしました。」
──この一年で変化したことは。
「この歳になってくると、体のメンテナンスという意味では、決してこれ以上は若くはならないということは感じるところです(苦笑)。でも音楽はまったくそれを意に介さないところがあります。私をどんどん高揚させてくれます。気持ちと体とのギャップをどのように解消したらいいのか、ということをよく考えます。いずれにしてもタフにならないといけない。ふだん日頃から、私なりに鍛える、ということをしています。」
取材:青木日出男
「私自身のモーツァルトを」
ヴァイオリニスト
中澤きみ子さん
コンサート直前インタヴュー
インタヴュー
ヴァイオリニストの中澤きみ子さんが、モーツァルトの誕生日に贈るコンサート「モーツァルト+1シリーズ」が4回目を迎える。
今回の+1、抱負をうかがった。
モーツァルト+1シリーズVol.4
中澤きみ子
宮田大
イタマール・ゴラン
2014年1月25日(土)開演13時30分
浜離宮朝日ホール
モーツァルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第28番ホ短調K.304、ピアノ三重奏曲第3番ト長調K.496
メンデルスゾーン;ピアノ三重奏曲第1番ニ短調Op.49
詳細:コンサートオフィスアルテ
03-3352-7310
Kimiko Nakazawa,Vn
新潟大学を卒業後、ザルツブルク・モーツァルテウム音楽院にて研鑽を積む。
1991年よりウィーン室内管弦楽団コンサートマスターのルートヴィッヒ・ミュラーらと「アンサンブル・ウィーン東京」を結成。
1995年、ベルリン・フィルの首席奏者を中心とした「インターナショナル・ソロイスツ・カルテット」のメンバーとして、ヨーロッパ各地の音楽祭に出演。
2000年、文化庁芸術家海外派遣員としてオーストリア・ウィーンに滞在。その後、ウィーン室内管弦楽団、東京フィル等と共演。
2007年、フィリップ・アントルモン指揮スーパーワールドオーケストラ全国ツアーでソリストを務めた。
2011年から「モーツァルト+1」と題して、毎年モーツァルトの誕生日に贈るコンサートを開催。
CDのリリースも多く、モーツァルトのソナタ全集(pf.イェルク・デムス)、及び協奏曲全集(アントルモン指揮・ウィーン室内管弦楽団)が高い評価を得ている。
国内外における国際ヴァイオリンコンクールの審査員や国際音楽祭の講師として、また尚美学園大学及び同大学院客員教授として後進の指導にあたっている。
使用楽器は、ストラディヴァリウス「ダ・ヴィンチ」1714年(宗次直美氏より貸与)