マンハッタンの西を流れるハドソン河に沿って北上。車内ではアタッカQが本日の演奏曲目についてあれこれ議論の真っ最中。

到着したのは郊外のシナゴーグ。モダンな建物で、音も良さそうだ。

「スイマセン、アタッカQですぅ、だれかいらっしゃいませんかぁ…」こんな風景は、欧米のローカル公演では見慣れたものである。

初めての会場、音は悪くないが、さて、どこで弾けというのやら。

ともかく、チェロのアンドリュー・イーはピアニストのジェナ・ラプスとブラームスの練習を始める。

クァルテットの練習、外には紅葉が美しい。

ヴィオラのルーク・フレミングが本日の司会者だ。面白い話をしようとするが、最初はちょっと滑りがちかしら。

アンドリューの独奏、徳永が譜めくりである。上手では第1ヴァイオリンのエイミー・シュレーダーとルークが仲間の熱演を聴いている

アタッカQのグリーグが終わることには、もう外は真っ暗だ。「今回、始めて弾いたレパートリーなんだけど、どうだった」と、帰りの車内ではこれまた議論仕切り。

終演後のパーティではしっかり営業活動である。今度は売り子さんになってる徳永慶子。

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アダムスの《クリングホッファーの死》を聴きにニューヨークにいらっしゃるんですか、だったらその頃、私たち、演奏会がありますよ。ええ、オープンなイベントじゃなく、ちょっと変わった趣旨のコンサートで、丸一日拘束になっちゃいますけど…
 
アタッカ・クァルテット(以下Q)の第2ヴァイオリン奏者徳永慶子さんからそんな連絡があったのは、短いNY滞在の日程をあれやこれやと決めている最中だった。秋も終わりの日曜日、マンハッタンは芸術の秋(英語圏にそんな言葉があるかどうか知らぬが)らしく、アートや音楽で賑わっている。天下のメトロポリタン歌劇場は土曜日に昼夜別演目による2公演があり日曜はいつもお休みなのだが、カーネギーホールも、エヴリ・フィッシャー・ホールも、アリス・タリーホールも、マンハッタン各地に点在する教会でも、いろいろな演奏会が開かれている。
 
今シーズン、アタッカQがレジデント・アーティストを務めるメトロポリタン美術館でこそ音楽イベントはないようだけれど、ミュージアムマイルを下った知る人ぞ知るニューヨーク室内楽シーンの中心地たる美術館フリック・コレクションでは、日曜恒例のコンサートがある。この日の出演は、日本から太平洋と北米陸を越えてツアーしてきたモザイクQだ。早々と売り切れのタッグが下がっている。
 
 
かくて11月9日日曜日の午後12時45分、マンハッタンの北、西125丁目の地下鉄駅を出たところで、アタッカQのピックアップを待つことになった次第。
 
東に数ブロック行けばハーレムで、スパニッシュ・ハーレムと呼ばれるこの辺り、20世紀の末頃まではキューバやプエルトリコからの不法滞在者も多く、ニューヨーク市内でも指折りの物騒な場所だった。だが、歴代市長のマンハッタン北部清浄化の努力の成功とリーマンショックまでのアメリカ好景気のお陰で、ジュリアード音楽院近辺アッパーウェストサイドの家賃が高騰。かつてはセントラルパークの西側に大量に住んでいた音楽家たちは、どんどん島の北隅に移り住むようになっている。日本人女性の徳永さんがこの辺りのアパートに暮らすなんて、一昔前には考えも出来なかったことだ。
 
どうやら筆者が最後の乗客だったみたい。主催者差回しの大きなクルーザー車には、もうアタッカQ全員が揃い、こちらに手を振っている。お久しぶりです、と声をかけてくるのは、先頃第1ヴァイオリンのエイミーと目出度く結婚したチェリストのフェリックス君。本日は奥様のエスコート兼ステージマネージャーである。アタッカQと同世代で、世界のあちこちのコンクールでライバルとして競ったリンデンQのチェリストの筈だが…きけば、第1ヴァイオリンが南米、第2ヴァイオリンがメキシコへと結婚で移住、ヴィオラはこれまた同世代のアフィアラQ(ウェールズQが3位のときのミュンヘン第2位団体で、大阪国際室内楽コンクールにも参加している)に移籍、かくてリンデンQは活動を休止せざるを得なくなったそうな。この世界、本当に移動が激しい。「私たち、案外、地道なんですよ」と徳永が苦笑している。
 
クァルテットを乗せた車は、マンハッタン東からハドソン河に沿ってターンパイクを北上する。北緯40度を越え、日本なら秋田や北海道の南端に相当するマンハッタン郊外は、11月2週ともなればもう紅葉もおしまい。鮮やかな赤がどす黒い土色に代わり、ハドソン河西の森から吹く風に飛ばされる。秋の光の中を走り、高速を下り、なだらかな丘に落葉広葉樹が茂るニューヨークの郊外住宅地に入る。ゴルフ場の中に街があるようなノンビリした住宅群が点在し、ジャンクションにアウトレットがあり、上空をケネディ空港やラ・ガーディア空港への旅客機が降下していく。
 
後ろの座席では、ヴィオラのルークとチェロのアンドリューとが、ブラームスのチェロ・ソナタ第1番について盛んに議論している。どうやら今日の演奏会、ルークが曲の説明などをするらしく、昨晩、原稿を作っていたみたい。でも、どうしてアタッカQの演奏会なのに、ブラームスのチェロ・ソナタなのかしら。
 
「今日の演奏会は、パーキンソン氏病研究を支援する団体の資金集めなんです。私たちアタッカQは、縁あって毎年この演奏会で弾かせていただいてます。今年で9年目かしら」と徳永。ピアニストさんが入り、メンバーとの二重奏ソナタをいくつかやり、最後にクァルテットを披露するのが恒例とのこと。今年はソナタ担当はアンドリューとエイミーで、ルークは司会者。徳永さんはといえば、「あたしは譜めくりです!」
 
45分も走って到着したのは、緑に囲まれたモダンな建物。どうやらシナゴーグらしい。去年までは学校の講堂のような場所を使っていたが、今年からはこの美しいユダヤ教会が舞台になる。傾斜の緩やかな円形劇場風の造りの空間で、なんと、中央部が舞台後ろに向かって緩やかに傾斜している。会場についてはメールでの連絡はあったものの、まさかこんな空間とは思っていなかったアタッカQの面々、ドカンと据えられたピアノの後ろに傾斜を気にせずに椅子を並べるか、それともピアノの横の狭い空間になんとか譜面台を立てるか、いっそのこと立って弾こうか、しばし喧々囂々の議論となる。
 
そうこうするうちにピアニストさんも到着、ともかくピアノの横の平らな場所で弾いてみよう、と練習開始。ここまで来ればもう、毎度ながらのアウトリーチ型コンサートの定番手順が淡々と進む。演奏者たちが真剣に浚っては議論する後ろでは、名残の紅葉を逆光から美しく染めていた秋の日があっというまに傾き、聴衆が三々五々集まる開演時間の3時半に向け、釣瓶落しで日は傾く。赤と黄色の背景の光も、刻々と変化していく。そう、これがアメリカ合衆国北東部の、とっても寂しい秋の夕方。
 
パーキンソン氏病患者さんやその御家族、専門医など、200ほどが席を占める。想像したよりもカジュアルな空気で、聴衆は殆どが顔見知りのようだ。
 
まずは主催団体の理事長さんが演説台に登壇。この協会の過去の献金によって病気に対する研究がどれほど進んだかを説く。続いて、この病気の患者でもあり、リハビリを続ける紳士がアタッカQを紹介。大拍手の中にルーク君が迎えられる。いつもの天然っぷりでは流石に対し切れない場とあってか、しっかり原稿を眺めながら、「ヴィオラ・ジョークを紹介しましょう」と会場を沸かせつつ、楽曲を紹介していく。日本のアウトリーチ教育ではちょっと対応出来ないタイプの司会業である。
 
軽妙…というにはちょっとぎこちないルークの司会に続き、演奏が始まる。まずはアンドリューのブラームス。重厚一方ではない、リリカルな要素を前面に出した演奏だ。車の中で「ブラームスの中でいちばん良いところだぜ」とアンドリューが司会担当にプッシュしていた第2楽章のトリオは、思い入れたっぷりに歌い込まれる。続いてエイミーの弾くドビュッシーのソナタ。再びルークが登場し、友人の作曲家が書いた短い無伴奏チェロ曲の世界初演も行なわれた。
 
フェリックス君によって平土間からピアノが退けられ、譜面台が並び、いよいよアタッカQの登場だ。背景のガラス窓の向こうは、もうすっかり夕闇だ。披露されるのはグリーグの弦楽四重奏曲。一歩間違えばミニチュア弦楽合奏になりかねない作品だけに、曲の評価を巡っては車内でも様々な意見が飛んでいた。精密に、ひとつとして音をこぼすことなく弾き切り、ともかく楽譜そのものに語って貰おうではないか、というクァルテット側のコンセプトはハッキリしている。この会場でも騒々しい響きにならないようコントロールする匙加減は、常設団体ならではだ。北欧風タランテラの狂騒に、大拍手で演奏会が終わる。果たして今日、パーキンソン氏病研究のための資金がどれほど集まったのか、残念ながら筆者には知る術もない。
 
演奏会終演後、別室でのミニパーティだ。こういう場所での社交がきちんと出来るか、これまた北米で音楽家として生きて行くには大事な要素なのである。さて、シナゴーグでのイベントは終わったけれど、まだもうひとイベントがあるという。主催団体の理事宅でのプライベート・パーティだ。「ここのサーモンがね、それはもう、最高なんです。」(徳永)
 
スタッフの車に分乗し、真っ暗い夜をナビに導かれ理事長宅へ向かう。冬を前にしたニューヨーク・シティ郊外住宅の空気はすっかり乾燥して、もうピリリと冷たい。コンサート聴衆の半分くらいが来てしまったのではないかと思える程の盛況ぶりに、興に乗ったアタッカQは楽器を取り出し、《アメリカ》終楽章を弾き始めた。どうやら毎年恒例のお待たせアンコールらしい。文字通りの「室内楽」である。今日は主催者側が運転手を用意されてるので気楽にシャンパンを煽れるアンドリュー、大いに盛り上がり、エイミーからヴァイオリンを取り上げ、両膝に挟んで即興演奏を始めた。十三夜を過ぎ、欠け始めた月も見下ろす、秋の夜長の音楽の宴。
 
 
ターンパイクから臨む夜の帳も落ちた日曜のマンハッタンは、どこまで人の灯りが広がる広大な丘だ。でも、反対のハドソン河の側を眺めれば、とても人が住むとは思えぬ真っ暗な森が寂しく続くばかり。この強烈な寂しさを人間の力で強引にねじ伏せて暮らしていくのが、北米で生きるということ。それがマンハッタンの北であれ、どんな深い山奥でも人の手が入りどこか優しい日本列島とはまるで違う、極北の新開地だ。グリーグの曲ってさぁ、などとあれやこれや議論しながら、この寂しさを克服していくことこそが「文化」なのである。文化は生きていくのに必要なもの。だって、そうじゃないと、とてもこんな場所では生きられっこない。
 
私たちは250丁目くらいだから、ワシントン橋まで行かないで下りてくださいますか、そう、そこからはナビします…。まずはエイミー夫妻をアパートの前で下ろす。ブロードウェイとは名ばかり、ミッドタウンの華やかさの欠片もない生活道路を南に下り、150丁目で名司会者ルーク君をドロップオフ。小さな郊外ツアーの振り出しの125丁目駅下に戻れば、もう夜の10時をまわっている。じゃあ、年末に東京で。ええ、来年4月の《十字架上の七つの言葉》、多分、聴きに来ますよ。お休みなさい、お気を付けて…。
 
こうして、アタッカQの秋の日曜日が終わった。明日はルークのアパートで練習だ。次のマンハッタンでの演奏会は、今シーズンのレジデント・アーティストを務めるメトロポリタン美術館でのヤナーチェク。資金集めパーティでの演奏も、世界最大の美術館でのレジデンシィも、どちらも同じだけ大事なアタッカQの普通の仕事である。

秋の日曜日の郊外出張、集合場所はマンハッタンの西を延々と上った125丁目駅。一駅前のマンハッタン音楽院の先辺りで、ブロードウェイの下を走っていた地下鉄1号線が地上に顔を出す。観光客など一切いない、庶民の街だ。

第72回

アタッカQと秋の日曜日

電網庵からの眺望

音楽ジャーナリスト渡辺 和

© 2014 by アッコルド出版