リンカーンセンター室内楽協会の本拠地アリスタリー・ホールの前に並ぶ演奏会の告知に、本日のパシフィカQ演奏会もある。

告知の中には、こんなものも。ホロコーストをテーマにした合唱作品のNY初演で、売り切れである。第2次大戦の悲劇は、今も芸術の世界ではヴィヴィッドなテーマなのだ。

隣のメトロポリタン歌劇場では、上演を巡り賛否両論の大騒動になったアダムス作曲《クリングホッファーの死》が上演されている。パレスチナゲリラのシージャックでユダヤ人男性が殺された史実をオペラ化したこの作品、イスラエル支持派市民の抗議行動でメト・ライブでの世界映像配信が中止になり、上演も危ぶまれていた。ちなみにラン女史に「貴方はあのリブレットに作曲出来ますか」と尋ねたら、慎重に言葉を選びつつ、「私はあの作品をリブレットも音楽も知りませんのでお答えしかねます」とのこと。

ラン女史のプレコンサート。霊感を与えられた画家ナンバウムの作品が投影されている。

演奏会が行われるアリスタリー・ホール。ブロードウェイ側から眺めたモダンな姿。ジュリアード音楽院の東側低層部分を占めている

アリスタリー・ホールはジュリアードQや東京Qも演奏を重ねたマンハッタン室内楽の中心地だ。喝采を浴びるパシフィカQは、今やすっかりアメリカ室内楽界のど真ん中にいる存在となっている。

終演後、楽屋で作曲者と歓談する仕掛け人、チェロのブランドン・ヴァモス。

ニューヨーカーのマスミは友人に取り囲まれ、作曲者もなかなか近寄れない状態だった。

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去る6月17日、サントリーホール・チェンバーミュージック・ガーデンで、このイベント初の試みが行われた。東京のサントリーホール、ニューヨークのリンカーンセンター室内楽協会やボストン・セレブリティ・シリーズらが参加する「ミュージック・アコード」、それにロンドンのウィグモアホールが共同で委嘱し、イスラエル人作曲家シュラミット・ランが作曲した弦楽四重奏第3番《燦・凶・礫・憶》の日本初演である。このフェスティバルの初回でベートーヴェン弦楽四重奏全曲を3日間で弾き切るというとてつもない力業を披露してくれたパシフィカ・クァルテット(以下Q)が再登場し演奏を担当したこのコンサート、「アッコルド」編集部もフェスティバルのイチオシとして推薦していた。
http://www.accordescmyobi.net/#!-by/cccs
 
様々な議論を巻き起こしたキュッヒルQベートーヴェン・チクルスに隠れ、影が薄くなってしまったのは否めないにしても、披露された新作は会場に居合わせた聴衆から現代作品には異例の圧倒的支持を受けた。第1ヴァイオリン奏者シミン・ガラトナも、「これまで私たちパシフィカQは随分と沢山の作品を委嘱してきましたが、委嘱を続けていて良かったとホントに思いました。やっとレパートリーにしたい曲が出て来ました」と、終演後の楽屋で高揚感を隠さなかったものである。
 
5月にトロントで世界初演されたこの作品、6月の東京に続き10月12日にシカゴで演奏され、来年3月16日にはウィグモア・ホールでヨーロッパ初演される予定になっている。11月7日のアリスタリー・ホールでニューヨーク初演は、新設されたインディアナ大学音楽科弦楽四重奏セクション責任者となったパシフィカQが、ジュリアード音楽院で学びリンカーン・センター室内楽協会2のレジデンシィとして研鑽を積んだ地に、アメリカ合衆国を担う中堅としての実力を示す場でもある。日系ニューヨーカーのヴィオラ奏者マスミ・パー・ロスタードとすれば、文字通りの故郷への凱旋だ。イスラエルを除けば世界で最もユダヤ人聴衆が多いであろう場所で、アウシュビッツで殺されたユダヤ人画家に霊感を受けた作品がどう受け止められるのか。現場に居合わせるべく、秋も深まるマンハッタンへと向かった。
 
 
パシフィカQ公演の前、ブロードウェイに面したアリスタリー・ホールからジュリアード音楽院を挟み奥にあるローズ・スタジオで、作曲家のプレトークが行われた。朝にシカゴから到着、明日にはとんぼ返りする合間を縫って、筆者に10分間のインタビュー時間を割いてくれた作曲者は、予想した通りのいかにも知的な女性。「髪の毛を切ったんで、プロフィル写真と違って判らなかったでしょ」と素敵に笑っていらっしゃる。東京での日本初演を聴いた印象を率直にぶつけてみた。短いやり取りなので、以下、ほぼ全文をそのまま掲載する。
 
 ――東京での演奏は大成功でした。ところで、日本初演を聴いた率直な質問をさせていただきます。作品は非常に感動的で、タイトル無しでも充分に成り立っていると私には感じられたのです。あの《燦・凶・礫・憶》という印象的なタイトルを、どのように考えたら良いのでしょうか。
 
ラン:私にとって、この作品のように音楽以外の要素が存在している場合でも、真に大切なのは音楽そのものです。音楽は他の重要な要素なしでも自立していなければなりません。音楽には、まず純粋な音楽として接するべきです。しばしば標題音楽とか絶対音楽とか区別して議論されますけれど、音楽は純粋に抽象的な存在で、何かを示すわけではありません。ですが、そんな純粋に抽象的な音楽が、人間的なレベルで言いたい何かをハッキリ示すことも、またしばしばあります。私たちは人間です。生きていて、人生、歴史、様々なものが自分が書く音楽の形式の周囲に存在しています。最も偉大な音楽のいくつかに、ある特定の主題を扱っているものもありますね。例えばオペラがそう。でも、《ドン・ジョヴァンニ》であれ《ファルスタッフ》であれ、私が素晴らしいと信じる最も偉大なオペラは、語られていることがなんであれ、音楽として純粋に素晴らしい。私は両者をそれほど分けて考えるつもりはありません。共に偉大たり得る可能性があるのです。重要なのは、弦楽四重奏を書くという作業に於いて、このテーマは私にとって極めて個人的な意味があったということです。
 
――作品を書くためのインスピレーションを得た、ということですか。
 
ラン:そうです。この作品の誕生には、ひとつのストーリーがありました。パシフィカQが私にこの作品を書いてくれと言ってきたとき、ひとつリクエストがありました。その当時、彼らはメトロポリタン美術館のレジデント・アンサンブルでした。ですから、なんらかの形でヴィジュアル・アートに関連した作品が欲しい、というのです。ちょっと漠然とした話過ぎますよね(笑)。それで、何か考えてることがあるの、って尋ねた。すると、私たちは大戦間時代の芸術のことを考えている、という。私はユダヤ人で、イスラエル人でもあります。真っ先に考えたのは、第2次大戦とホロコースト、それがもたらしたものでした。その瞬間に次の方向に向かえました。最初は特定の美術作品が念頭にあったわけではありません。その直後、私は3ヶ月間ローマに滞在しました。ローマのアメリカ・アカデミー、素晴らしい場所でした。文字通り24時間自分の仕事に没頭でき、素晴らしい人々に囲まれていたときでした。そこで、多くの友人が出来、沢山の議論もしました。ある友人との会話でこの委嘱について話すと、ふたつのことを示してくれた。ひとつはアウシュビッツで殺された画家フェリックス・ヌスバウムのこと。それと、メトロポリタン美術館で行われるワイマール時代の美術展についてです。両者には関係なく、ナンバウムも展示会の対象から少し後に作品を遺していますが、そのメトロポリタン美術館での展示会の題名が非常に暗示的でした。それが題名になっています。
 
――確かに刺激的な言葉ですね。
 
ラン:そして次第にそれらの全てがひとつの形を取っていき、ひとつの楽想になって、今の題名が与えられたのです。私にとってとても大事なのは、音楽を通して記憶(メモリー)を作り上げることです。「メモリー」とは、所謂「メモリアル(追悼)」ではありません。命を与え続けることです。
 
◇◇◇◇◇◇◇◇
 
慌ただしいインタビューで触れられなかったものの、続くプレトークで明かされた事実のいくつかを、箇条書きで補足しておこう。
 
・パシフィカQとは、彼らがニューヨークでの徒弟時代を終えてシカゴ大学に最初の拠点を置いたとき、シカゴで現代音楽シリーズをやっていた関係で知り合っている。彼らに現代曲の演目など多くのアドヴァイスなどした。リゲティ、シーガルなどの作品を紹介したのはラン女史である。この作品も、パシフィカQの個々人のキャラクターを良く知った上で書かれている。「彼らは所謂現代音楽の狭い意味での専門家ではありません、それが重要です。」(シュラミット・ラン)
 
・ホロコーストで失われた命で考えるべきは、「そこで殺戮された人が創り出す可能性があったもの」である。
 
・アートとの関わりで作品を書くとしても、もっとも可能性が低いのが弦楽四重奏だと思っていた。構想の最初から古典的な4楽章を意図していたわけではない。第1楽章は日常の人生の美しさに始まる。第2楽章は皮肉なマシン、メカニカルで醜い笑い。アンコールに使えるような音楽である。第3楽章は作品の中心となる。第4楽章は「メモリー」。自分が作品を書いている理由は記憶の尊厳である。作品は単に画家やホロコーストのメモリアルではなく、未来に続くように終わる。
 
 
数年前に今時のガラス張りのモダンなロビー空間へと改装されたアリスタリー・ホールだが、内部は基本的に以前と変わっていない。日本の聴衆の常識からすれば「室内楽ホール」には広すぎる空間であろうが、ニューヨークではここが室内楽の中心地なのである。
 
聴衆が高齢者中心となるのは、欧米のクラシック演奏会では今更嘆く気にもならない事実だ。若い姿があるとすれば、隣のジュリアード音楽院から出て来た学生だろう。高齢者が多いとは、シュラミット・ランが新作に掲げた題名の意味を自分のこととして理解し得る人々もまた多い、ということ。去る7月のヴァインベルクの歌劇《パサジエーレ》同様に、この作品の標題が他人事ではない人々が、またここに集っている。無論、この作品のために来た、という強い緊張感とは違う。昨年までメトロポリタン美術館のレジデンシィを務めていた団体(今シーズンは大阪国際コンクール前回の覇者アタッカQが後を引き継いでいる)の久々の里帰りを楽しみにする人々だ。
 
昨今では珍しいスタイルとなりつつある「巨大空間の隅々まで音を伝えるための弦楽四重奏奏法」をきっちりと披露してくれたハイドン《日の出》に続き、ランの新作が演奏される。隣のビルでのプレトークに参加した聴衆はそれほど多いわけでもないが、客席は特別な空気が支配する。明朗な第1楽章、滑稽で狂気すら感じさせる第2楽章を経て、個々の奏者の特性を際立たせた緩徐楽章の第3楽章は、作者が全曲の中心と語るに値する深みを感じさせた。終楽章でのマスミの独奏は、記憶を遠くに運んでくれるかのよう。
 
些か作者の言葉に印象づけられ過ぎた聴き方をしてしまったかもしれないが、確かにそう感じれたのだから、こればかりは仕方あるまい。曲が終わるや、聴衆はスタンディング・オーヴェーションで客席の作曲者を讃えた。なお、後半のメンデルスゾーン作品80を弾き終えたパシフィカQは、(作曲者がプレトークで暗示していたように)ランの第2楽章を披露した。肩の力が抜け、楽譜の娯楽性が前面に出た、気落ち良いアンコールであった。
 
終演後に楽屋でパシフィカQと歓談する作曲者に拠れば、この作品にはパシフィカQに2年間の独占演奏権があり、細部の手直しなどあり得るので、出版はまだ先になりそうとのこと。「弾きたいと皆さんが出版社に言ってくれれば、なんとかなるかも」と笑っている。モダンでありつつも、特別な現代音楽ファンならずとも接し易く、聴けばその真摯さに圧倒的な印象を与えられる作品の開花に関与出来たなど、サントリーホール・チェンバーミュージック・ガーデンはなんと幸運な花園であることか。

シカゴ在住のイスラエル人作曲家シュラミット・ランは、物静かで知的な女性。バレンボイム指揮シカゴ響で委嘱作品が演奏されたことも。東京の成功を伝えると、「東京にも行きたかったんですが…」とちょっと残念そう。

第71回

国際共同委嘱作品

NY初演

電網庵からの眺望

音楽ジャーナリスト渡辺 和

© 2014 by アッコルド出版